伊藤悠可
記者・編集者を経て編集制作プロダクトを営む。
易経や左伝の塾を開講
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Posted by Nishio at 2006年12月02日 09:18 | コメント (3) | トラックバック (0) | Clip!!
小林秀雄が鎌倉の丘の上に住んでいるという一点で身が引き締まり、澄みきった鋭い眼で見られているような気がしていたと、追悼文にそんな表現をした人があった。今、本が手元にはないので記憶でものを言うのだが、巷の一読者にすぎない私にも、当時その哀惜の気持ちが伝わってきてしんみりさせられたことであった。訃報は早春にほころんだ梅が終り、桜はまだ遠い三月一日だったことを覚えている。西暦だ元号だと混乱させられ、また自分がせわしない仕事に入り、数々の過去のエポックを昭和何年と思い出すのが下手になり、小林さんの亡くなられた正確な年も忘れていたが、今調べてみると昭和五十八年三月一日である。
最晩年に毎日新聞で今日出海との対談が連載され、これは本にならなかったが、ヤケッパチの最期のべらんめえが放たれていて、今日出海は寂しそうで寡黙な聞き役に回っていた。これを読んだとき、日本の曲がり角を私は感じた。いや曲がり角ではなく、時代の転落を小林秀雄の言葉から感じた。あまりにも不機嫌な対談だった。それから二十余年の時が流れた。
時代の人がいなくなると、時代もまた終るのである。そう決めつけて良いと最近は思う。自分にはそうした信仰めいたものがある。空気ががらりと変わる。何も三島由紀夫の場合のセンセーションを言っているわけではない。静かな詩魂の人、深淵な思索家こそそういうことが言える。当人が時代ごと何かを持ち去るのである。大地をずっしりと抑えていた要の石が取り払われた気がした。
禅の世界には他宗にみられない孤高な貴族性があって、例えば道元が只管打座(しかんたざ)でひたすら岩のように日日修行をしていさえすれば、この世の中は安定している、という絶対信頼の思想が存在する。小林秀雄を同じように見ていた人がいたと思う。
小林秀雄が鎌倉の丘の上で息をしていた。その息づかいがそのまま詩魂や思索と重なっていた。鎌倉からの視線を感じて生きた人もあったし、亡き後も、ある問題に遭遇して先生ならどう答えるだろう、と心中で対話する人があった筈だ。氏の熱烈な読者ならばそういうことであろう。だが、同じ思想の列でも運動家という種類の人にはなかなか理解しがたいことである。
保守と呼ばれる人々は歴史の連続性だとか、伝統思想の継承だとか、先人の魂だとか、そのようなことばかり書き語り叫んでいるのだが、それがどうしたというのだろう。文字通り保守的な〈表題〉だけを連呼していたら、それすなわち保守だというつもりだろうか。
小林秀雄は偉かったという話を書きたいのではなく、小林秀雄がいつも警鐘を鳴らしていた〈スローガンの遊戯〉が始まっていることが、最近感じられてきて厭な気分なのである。
小林秀雄は『歴史の魂』と題する講演の最後にこう語っている。
「今日、日本の危機に際して、諸君が注意して周囲を見渡されたならば、眼を覆はんとしても不可能な現実の姿がある一方、如何に様々なスローガンが往行し人々がこれに足をとられてゐるかがおわかりの筈だと思ふ」
「わが国の言論界、思想界は嘗て空疎なスローガンにおどらせられ、充分に味噌をつけたのである。それが今日のジャーナリズムを見てゐると、又同じスローガンの遊戯が始まってゐるのである。さういふものと僕等は戦はねばならぬ」
〈スローガンの遊戯〉と戦うことこそ、「それが詩人の道でもあるとともに、実践的な思想家の道であると信じます」と氏は言っている。この講演は開戦間もない昭和十七年であり、状況は今と比べるべくもないが、小林秀雄の信念が平時有事で揺れ動いたためしはあるまい。
歩き出した安倍政権に対する疑問や評価は今ここで問題ではない。今、政治権力に傾斜して〈教育〉などで花火を打ち上げている知識人は、もともと自身の言葉を持たないという驚くべき知識人が多いのだが(知識人と呼ばせてもらって良いものかどうかわからないが)、大衆をかき集めて運動の笛を吹いている。
どうやら政治家とタッグを組んで、という意味らしい。それは日本語では〈野合〉というもので、知識人が最もしてはならないことだと記憶している。こちらの頭がおかしいのだろうか。「安倍晋三を首相にするために」という合言葉がどこからか出始めたときに、ああ、ここも後援会事務所なのか、と思って家に帰りたくなった。
知識人は、政治家や官僚が「文化」や「伝統」という言葉を使い出したら、あなたたちは一番それらとは遠い存在だから、「どうか口出ししないでくれ」というべきなのだ。安倍首相の「美しい国、日本」も、本来余計なことである。
政治権力への傾斜というのは、時の権力者に知識人として認めてくださいという行為である。筋違いの人にハンコを押してもらう行為である。そのような人がどうして政権を批判し、審判できる立場を取り返せるのか、私にはまったくわからない。私たちが目撃しているのは〈スローガンの遊戯〉よりもっとグロテスクな世界なのだろうか。
つづく







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