福地 惇(大正大学教授・新しい歴史教科書をつくる会理事・副会長)

1 今やその讒謗に応答する
西尾幹二氏の「インターネット日録コメント欄」に頻繁に寄稿するバガボンドなる者が、六月後半期にゲストエッセイ欄に10回連載された拙稿「昭和の戦争」に対して、その初回から強い疑義を唱えて讒謗してきた。「大東亜戦争肯定論」を思想とする副会長が「新しい歴史教科書をつくる会」にいるのは許せないと抗議してきた。その物言いの横柄さから、一瞬、いかなる思想・宗教の筋に繋がる高等審問官なのかと訝しんだのである。
それにしても、放浪者を自認する御仁が、国民子女に善い歴史教科書を提供しようとする「つくる会」の命運を案じているとは意外である。危険思想の副会長は退陣せよと言う心も、つくる会運動を支援すればこそなのであろう。ならば、つい先だってつくる会年次総会が開催された際に、福地罷免動議を出せばよかった。それが可決されれば、私は粛々と退陣したであろうに。
ところで、バガボンドは拙稿の「はじめに」を読んだ途端にこう言った。「日本が中国に大軍を展開した目的は何か?福地さんという人はとんでもない『思想』の持ち主である。(中略)大切なことは日本が中国(支那大陸)で『何を』しようとしていたのか、ということである。日本は中国で(他の国々と同様)一定の『権益』を所有していたが、要は、その権益の『程度』である。今後の論述で、たぶん彼は、『日本は他の列強に比べ特別強大な権益を持っていた。それは蒋介石政府を無視することが出来るほどの権益・権限だった』ということが前提にするだろう」と。本論を読む以前に、私が述べることが分るというのだという。また、第1回を斜め読みしただけで、論旨を主観的に予断して「エッセイ」だとも讒謗した。主観的なつまりは「自分に都合よい得手勝手な判断」から、そして浅薄な歴史知識から、気侭な予断を述べて、私に喧嘩を売って来たのである。
勿論、拙論を読んでくださった方々には、彼の予断が的外れだったことが判明している筈だ。彼の議論は、私が見落としている重大な歴史事実や思いも付かない斬新な解釈を提示しようとする真面目な批判とは初めから別物だったのである。
匿名で敵を誹謗中傷する陰湿な行動はやめて、こいつは許せないと思うならば、堂々と名を名乗った上で実践行動するがよいと言いたい。そのような訳だから、最初のコメントを見て、相手にするに値しない奴輩だと思った。また、素っ頓狂な言い掛かりつける匿名者と議論するのは、私の好みに元来合わない。それで、私はこれまで彼の讒言や挑発を聞き流して来た。だが、バガボンドは、西尾ブログで真面目な議論者間の論争でも礼儀も節度もない不毛な議論を継続している。そこで、問題提起者として何等かの応答は責務だと思い直し、ここに無礼な讒言に対しする若干の所感を述べたいと思う。
2 「昭和の戦争」は国際政治に目配りした近代日本史概説である
拙稿「昭和の戦争」は、ペダンチックな学術論文ではない。言うなれば、国際政治の中での近代日本史概説である。ここで論述意図と公表経緯を簡明に述べておこう。
第一、現在日本国民の歴史常識では、大東亜戦争の正式呼称は憚られ太平洋戦争として定着し、この戦争は日本軍国主義の悪辣な大陸侵略戦争だったことになっている。だが、この常識は、歴史の事実に適合するであろうか。これが私の問題関心である。
第二、「昭和の戦争」は、実に複雑な国際政治状況の中で、謀略的にして強力なある国家群によって誘導されたようにして生起したと理解できる。日本の「侵略戦争」とは、気安くは言えない複雑な性格を帯びた戦争である。常識を疑わねばならぬ。日本人の眼で近代国際政治の中での戦争を見ることが必要である。明治維新から大東亜戦争に至る間の国際政治の中での日本を通史的に検討した。菲才を顧みずに考察した結果、あの戦争は「侵略戦争」とは言えず、壮大な「国際謀略の渦に巻き込まれた戦争」、「国際的抑圧勢力への対抗戦争」、いわば「防衛戦争」であった、と観るのが正しいとの暫定的結論に達した。だが、その見方を妨げる障害物がある。それは、歴史の真実を善悪転倒する目的で創作されたのが「太平洋戦争史観」別名「東京裁判史観」なのである。
第三、実は、「邪悪な侵略戦争」という観念は、戦後の国家体制を支えるイデオロギーである。我が国体(くにがら)を軽視・軽蔑する、軍事を排除する、外交を他国の信義に委ねる異型の国家体制、実は国家といえない国家体制を支える基底に「日本は戦争犯罪国家だ」とのイデオロギーがある。体制とイデオロギーは車の両輪である。私は、この状態を「敗戦国体制」と「敗戦国イデオロギー」と名付けている。日本侵略国家論、戦争犯罪国家論が国際世論となり、国民常識となっている。この現実が擬似国家日本を正常化しようとする時に、最大の障害物になっている。(「敗戦国体制」については、拙稿「敗戦国体制護持の迷夢」正論誌二〇〇四年三、四月号連載で論じたのでご参照願いたい)
第四、要するに、この旧敵国連合によって巧みに仕組まれた冤罪を晴らす手段は、正しい歴史像を作り上げることによって虚偽の歴史像を断罪し排除することである。それ以外に有効な手立てはない、と愚考するのである。
第五、この小文は、ある教育機関の講義案として纏めたものであるが、ここに縁が有って西尾幹二氏の日録のゲストエッセイ欄に掲載させて頂いたと言う訳である。
さて、戦勝諸国、特に米国の日本占領統治の目的は、日本民族を自己喪失者に改造して、二度と再び米国に対する軍事的脅威になることを阻止する点にあった。日本人の勇気と自信を剥奪して自己喪失者へと誘導し、衰亡させることにあった。目的達成の手段は、大日本帝国を最大限に卑しめること、戦争犯罪国家の烙印を深々と押しつけること、であった。これが所謂「太平洋史観・東京裁判史観」というイデオロギーだ。その謀略と姦策の展開過程は単純ではなかったが、占領期間中に進駐軍権力に同調した左傾化した我が同朋が、社会主義革命や共産主義革命を夢見て、祖国の歴史を貶めて捩じ曲げる、利敵行為に勤しんで、大きな成果を挙げた。これこそが、自らの手で招き寄せた第二の敗戦である。征服者の米国は利敵行為者を実に有効に活用した。彼らの目的は、買弁的日本人の手によって見事に達成されたのである。
私は日本民族の自力による自己挽回、つまり民族の歴史の正統への回帰、そして真の独立主権の回復を強く希求している。サンフランシスコ平和条約締結以後の戦後日本政治の大目的は、この問題でなくてはならなかっただろうと思っている。そして、我々日本人が占領政策によって自己喪失のカラクリの箍を嵌められた原点には、あの大戦争に対する捩じ曲げられた評価の問題が深く横たわっていと睨んでいる。この問題を解く鍵は、「昭和の戦争」の解釈=評価問題の内にあると睨んでいる。
拙稿執筆の背後の動機は以上である。拙稿の本論そのものは、飽く迄も戦争の歴史を軸にした近代日本史考察であり、そこから得た一応の結論が「昭和の戦争」は侵略戦争に非ずなのである。そのことは、「はじめに」と最後の「現下の課題」に表明してある。バガボンドは、これに噛み付いてきた。要するに、彼は「敗戦国体制護持論者」のようだから、私の思想を危険で異質な者と嗅ぎ取ったのであろう。それはそれで正解であるが、大東亜戦争の歴史的意義をどう捉えるかの問題では、完全に論点が食い違っていて、議論にならないのである。
3「昭和の戦争」を考える視座が完全に食い違っている
バガボンドが拙稿を「大東亜戦争肯定論」だと決め付けて批判するのは自由である。旧敵国側は、我が国が二度と再び彼らの軍事的脅威にならないようにとの高度の政治目的で「太平洋戦争史観・東京裁判史観」を日本人に刷り込む様々な策略を弄した。これを肯定するのも、確かに自由であるが、日本民族の尊厳と独立を回復する方法とは正反対のものであることを知れねばならない。
問題に核心は、「昭和の戦争」の歴史の真実とその意義を自らの眼と頭でしかと見定めたいと思うか、その問題は既に結論が出ているのだから、今更再検証は不必要だと思うか、そこが「昭和に戦争」を考えるための最初の視座の相違なのである。
私は歴史の事実を直視すれば「昭和の戦争」はこう理解できると言ったのである。だが、バガボンドは初めから聞く耳を持たずに、「太平洋戦争史観・東京裁判史観」は正しいし、それを守りたいと思っている。そうであるから拙稿に激しい怒りを覚えるのであろう。わが日本国民が正気に戻ることを恐れる支那・朝鮮や日本の左翼が、「つくる会」に異様な怒りを示す情念と相似形である。いまさら、「東京裁判史観」批判でもあるまいという雰囲気も見せているから、バガボンドは、親米実利主義者のようにも見受けられる。
いずれにせよ、形振り構わぬ実利主義的政治家や実業家が、金満国家さえ維持できれば、支那・朝鮮から軽蔑されようが、米国の属国に甘んじ続けることになろうが、金儲けさえできればよいとする。歴史の真実にお構いなしに「中国人民・韓国国民の痛みも考慮せよ」、「日中貿易の将来を考えろ」「日米同盟を強化しよう」として、首相靖国参拝問題や歴史教科書問題を政治取引の材料にして恥じない。この二つは、いずれも内政事項である。支那・韓国のこの問題に関する言い掛かりは、どんな屁理屈をコネとも歴然とした内政干渉である。
自尊心を喪失させられ独立主権を制限されたままにノウノウと時を過ごし、徒に経済成長だけを達成した我が国に対して、支那・朝鮮が「太平洋戦争史観・東京裁判史観」をあたかも自分たちの権利・既得権益であるかのようにして活用し、我が国に揺すりタカリ攻勢を掛け続けるのも、その外交行為で自らの国益を高め、自尊心を高めることが出来ると学習したからに他ならない。我が国内に潜在的敵国である彼らに同調・宥和する勢力が存在するから、なおさら調子付くのである。
現時点においては、支那・朝鮮は、間違いなく我が日本の敵対勢力であるから軍事的脅威なのである。米国のCIAも竊に蠢動している雰囲気も徐々に高まっている。我が国は相変わらず大陸と太平洋の東西両方面から挟撃され続けているのだ。
そんなことには無頓着な連中は、あるいは支那・朝鮮に同調し、あるいは米国の庇護に益々縋ることが我が国に国益保護の要諦だと信じているかのようである。愚かにも潜在的敵対者に徒に媚を売ることが、我が国益を守る所以だと錯覚している。このような政治姿勢を買弁的日和見主義者と言うのだ。お飯(マンマ)が鱈腹食えるならば、我が国を打ち滅ぼしたいと考えている敵対勢力の奴隷になっても、経済アニマルとして生存できれば本望だとする情けない精神の持ち主とでも言う可きか。だが、奴隷にされては、肝心の目的である経済アニマルとして生存し鱈腹お飯(マンマ)を食いたいという儚い願望も許し続けてもらえるのかどうか。その方面への配慮は、果たして如何なものだろうか、是非とも知りたい所である。
4 常識を疑うことから知的探求は始まる――歴史を知るとは
バガボンドよ、君の言い掛かりは歴史論議ではなく、戦後の常識なり世論に忠実な立場からの単なる自己の狭い見解の独白に過ぎない。なぜならば、明治維新なり日露戦争なり日韓併合なりスターリンの対日戦略・東アジア戦略・世界戦略なり満洲事変なり幣原外交なり西安事件なり盧溝橋事件なり、その他諸々の叙述の論点に関して歴史の事実に基づく対抗解釈が全くないからである。政界筋の論議や朝日新聞的・NNK的なメディアの論調や共産支那政府・韓国政府の日本非難の議論を鸚鵡返しにするような全く独創性のない低い水準の発言である。ブログ愛好者のようだから、インターネットにおける上澄情報を聞き混ぜての浅薄な知識で、この世の中の森羅万象を理解したかのような気分に浸っているのではないか。
何故ならば、君は、6月15日の最初のコメントでこう反発を示した。「どんな屁理屈をつけようと、中国でその政府の許可なしに日本軍を好きなように展開した。いつの時代にもこんなことが正当化できるはずがない」と。これは如何にも幼稚で大人としては極めて異様な見解である。鈍すぎる歴史感覚と浅薄な歴史知識の持ち主であることの自白である。日露戦争後の大陸事情の変化に対応して日本軍は大陸の戦線に繰り出した。支那との抗争が遂には米英そしてソ連との戦争へと発展した。どうしてそうなってしまったのか、その事情を拙稿「昭和の戦争」は論述しているのだ。「中国でその政府の許可なしに日本軍を好きなように展開した」などと言う戯言が通用する平板で単純な政治・軍事状況では全くなかったと言うのに、何とも能天気な発言ではないか。
20世紀に入って以降の我が日本周辺の事例だけでも、次のことが挙げられる。ロシア帝国の沿海州占領、満洲およびモンゴル侵略、英国の印度植民地化や支那大陸での諸利権獲得、ドイツ・フランスの植民地拡大と支那要所の租借権獲得、米国のハワイやフィリピン侵略、これら諸々の国家行為が何時どのようになされたか。その時、支那やフィリピンやベトナムやハワイの王様や政府はどう反応したのだ。日本が全く軍事行動に出なかったと仮定したとき、どのような東アジアの勢力地盤の変動が予想されるか。
また、現在只今でも、君の国際正義は国際政治の場で一般化しているのか。米国・イラク戦争において、アメリカはイラクのフセイン政権の「許可」を得てから軍事力を展開したのか。世界は広いので類似の事例を列挙すれば十数行を必要としよう。また、現在の時点で韓国の竹島占領、共産支那の尖閣列島地下資源発掘、ロシアの千島列島、樺太占領、みな日本政府に「許可」を得てからの行動か。君はどう考え、どう答えるのか。何時の時代にも普遍的に存在する国際政治の常識は、「弱肉強食」の論理なのである。
それよりも何よりも、「昭和の戦争」の本質を尋ねる際には、それこそ気が遠くなるような膨大な史料の山がある。専門歴史研究者でない君でも、北京議定書なりポーツマス講和条約なり対華二十一カ条要求なりリットン調査団報告書なり塘湖停戦協定なりヤルタ協定なりポツダム宣言なり、「昭和の戦争」を少しでも考えたい者が是非目を通すべき最低限の基礎的史料を見なくてはならない。それらを真剣に熟読して、自分の頭で解釈し理解しなくてはならない。そんな営為に取り組んだことがあるのか。恐らくないであろう。歴史論争を挑むならば、歴史事実の取上げ方とその解釈の異同を以て厳しい批判や議論を構築されんことを望む。歴史を知るとは歴史の事実(史料批判が大事)を踏まえて自分の世界観・人間観を以て解釈を加えることである。
なお、私の「昭和の戦争」概説には一箇所たりとも「大東亜戦争肯定論」の用語は出てこない。歴史の事実を精査すると、拙稿「昭和の戦争」のように叙述できると私は言ったまでである。思考の順序は、始めに肯定論ありきではない。私の拙い史的考察の結果は、かくの如くであり、それを第三者が「肯定論」だと評価するのは自由である。だが。君は、論述内容を理解しようともせずに、ただ独善的判断に問答無用とばかりに「大東亜戦争肯定論」は許せぬと叫喚する。それは批判ではなく、自己の見解が正しいと確信してそれを他人に無理矢理にでも押し付けたいとする妄言である。駄々っ子のような脆弱な精神から発せられた感情的で情緒的な言い掛かりではお話しにならない。歴史の事実に基づいた解釈問題を軽視するようでは、議論の余地は最初からありえないのである。
要するに、私は我が国の歴史の尊厳と光輝ある国の在り方を復権したいと思っている。「敗戦国体制」と「敗戦国イデオロギー」を打破せずして、その目的を達成することは困難だと考えている。それに対してバガボンド、君は戦後の敗戦国体制と敗戦国イデオロギーを「保守」しようとしている。それでは日本民族の自立と尊厳の回復はありえないであろう。民族の異様な変質と衰亡を希求する「保守主義者」とは、語の矛盾であろう。亡国の思想を「保守本流」と自称する転倒した発想は、詭弁であり危険である。君に日本民族の将来を思う真心があるならば、以後倒錯した大言壮語は慎まれるよう切に希望する次第である。
最後に、スペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセイの箴言を掲げよう。
「現代の特徴は、凡俗な人間が自分が凡俗であるのを知りながら、敢然と凡俗であることの権利を主張し、それをあらゆる所で押し通そうとする所にある。………大衆はあらゆる非凡なもの、卓越したもの、個性的なもの、特別な才能をもったもの、選ばれたものを巻き込んでいる。すべての人間と同じでない者、すべての人と同じように考えない者は、締め出される危険に曝されているのだ。だが、この『すべての人』が『すべての人』でないのは、明らかだ」(オルテガ『大衆の反逆』白水社版58頁)
(了)
管理人からのお知らせ
現在日録コメント欄は、一部議論がかみ合わない状態が続いています。
これは、おそらく論述すべき内容が、一部人格攻撃になっていることなどに起因しているように思われます。
事実、解釈、意見の相違はどのように発表なさってもかまいませんが、その目的が人格攻撃になってしまっては、感情的な行き違いが起きるもとです。
そこで、今後このような不毛な行き違いを避けるために、投稿をする時のルールを設定します。
基本的ルール
◎コメント欄の投稿において、事実は事実としてお互いの認識の違いを議論することは良いが、そのことから派生しやすいお互いの人格への言及、評価、形容などは極力避けること。
◎このルールに反していることに気がついた時点で管理人は警告を発し、投稿者も注意しあうこと。
◎再三の警告に従わない時、最終的に管理人が判定し、適当な期間、投稿を自粛していただきます。
このような方針で今後管理していきますので、宜しくお願いいたします。
Posted by Nishio at 2006年08月29日 14:00
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つくる会は、頭から湯気を出す人が立ち上げた。西尾先生しかり、藤岡先生しかり。警告される人格攻撃であるかも知れないが、反西尾思想の者ではないが、小生は何度も、退去命令が下った様なこのブログでは有ります。
膨大な組織運営に湯気出す人は不向きだ。組織運営は政治家的人間の得意分野。当に、対米追随が国益である現在は、教科書もそのように書け!と言われて書く。アメリカンスクールの出番になった。
不平等条約を克服したいという念願を忘れなかった嘗ての日本は、不平等が居心地良いと思う者が仕切る日本とは別物国家である。我々は、別の国家に住んでおるのだし、民俗も民族も多少なり変異した国民になっておるんだ という意識はあります。
洗脳された状態にあって、どこがどう洗脳されたのかがもう分からない。「嘘人間」の民族になった今や、再生といいましても、再生する元が、洗脳思想であるから、所謂、日本再生はムリかもしれません。常識的にはそう思うけれども、出来ない。挑戦するものが良いとしても、それは、それで立派な事だった と後世に評価される様にならないと、ムダになる。ムダにならないんだと確信を持たない者は深入りは無用だ。従って、小生も深入りは避けなければならない人種のひとりであります。
いずれにしても、西尾先生が本職に戻られた事は、よかったよかった。
Posted by: 閑人 at 2006年08月29日 14:38
閑人さん、久しぶりですね。
日録もいろいろな形態をとってきましたので、きっちりあった投稿規則もなくなっていました。
もういちど、初心に戻っている感じです。
今後とも、コメント欄への投稿、楽しみにしています。
Posted by: 長谷川 at 2006年08月29日 17:28
私は技術屋で畑違いの人間ですから、歴史を論ずる場合の史実等については全く無知蒙昧です。しかし若い時から非アングロサクソン民族と付き合ってきた感覚から福地先生の歴史を見る眼に間違いはないと思います。英米と対立するラテン民族は、異民族を異物のままで受け入れます。しかし英米はインディンを懐柔したように自らに同化することによって他者を一体化するのです。当然敵対するものは粉々にします。日本の安全保障を米国に頼らざるを得ない現実は、高い代償を払った見返りであることを忘れてはいけないと思います。
Posted by: 旅がらす at 2006年08月29日 18:38
管理人さんの言うことが、私には了解できません。
この文章が「人格攻撃」に相当するとして削除されてはかないませんから、特定の名前は避けて書きます。
当ブロクに、「占領政策は肯定すべきだ」という投稿を続けてきたある人物が、検閲についてはよく知らないことを白状しました。
ところが、その翌日から、足立誠二さんのエッセーが始まり、占領下の検閲、それによって形成された「閉ざされた言語空間」について論じ始めました。さきのある人物は、さすがに検閲が相当のものであることを認めながらも、
① 検閲について調べる気はない。
② 検閲は日本人の思想に影響を与えることはなかった、と断定。
そして、占領政策肯定論を一層声高に叫んでいる。
上記のような人物の投稿は、最初から噛み合った議論をする意志を欠いたものであり、足立氏のエッセーに対するまともな投稿・議論を妨げるものです。
他の投稿者の、上記の人物に対する攻撃が、「人格攻撃」になったとして、どうしてそれが、議論の噛み合わない「原因」になるのか。因果が逆ではないか。
むしろ、そのような人物の投稿は、管理人の正当な権利に基づいて削除することも許されるのではないでしょうか。(必ずしも、直ちにそうすべきだとは申しませんが。)
Posted by: 東埼玉人 at 2006年08月29日 20:59
歴史学者でもない僕ができること
目の前の自然や四季、日常の友達や大切な人への愛情
男としてどうありたいか
どういった立ち居振る舞いでいたいか
そして暮らしのこと
それに対していつも一生懸命悩んだりぶつかったりしてるそういった気持ちの延長で歴史観ってものを考えることしか出来ないと思います。
「日本がアメリカに負けてそのアメリカのおかげで今日の日本の平和憲法と平和がある」なんて教科書の文脈がおかしいなんてことは、小学生のときだってなんとなくの違和感は覚えていました。
一度そういう作文を書いて先生に怒られた記憶があります。
(たしか「イタリアはとっとと降参して情けないけどドイツはわりかし粘ってまだえらい。でも日本は最後までがんばってえらかったと思います。」みたいな文章でした。その作文はあの時のなんとなくの違和感の発露だったんだとおもいます。)
アメリカが正義の味方みたいな歴史観、そんなのは普通の身体感覚と常識をもっていれば あれ?おかしいんじゃない? くらいは子供でもふつうに感じることです。
問題は昨今、身体感覚を鈍らせる方向に世の中はどんどん進んでいってることかと思います。
西尾先生の著書に勇気をもらって日本人であることに誇りをもて日々の仕事に励むことが出来ておりますが、自分の仕事柄そういった当たり前の身体感覚ということ そのことにちかごろは危惧を抱いています。
勉強不足もあり、ここでの議論とはついつい関係ないようなコメントとなってしまいましたが、
ここでの西尾先生の勇気ある行為に、何か書きたくなった所存です。
歴史について素人である僕は、
当り前の日常の身体感覚からでてくる言葉で議論できるようになりたいと思っています。
日本人としての誇りは、西尾先生の著書のおかげもあり、少なくとも僕自身にはいま確実にあります。
日本という国は本当に美しい心をもった国だと思います。そしてそれゆえの苦しさもそれだけいま大きいんでしょうね。きっと。
ながながと駄文 失礼いたしました。
Posted by: 山崎敬史 at 2006年08月29日 22:16
管理人さま
ご迷惑をおかけしていて(原因が私の意見にある)、申し訳ありません。
私も時々人格への言及に批判してきたつもりです(批判するほどの資格はない、などと)。
多分、もうしばらくはお邪魔すると思いますが、私にマナー上の違反がありましたら、
厳しく指摘していただくようお願いします。
ついでで申し訳ありませんが、私の(ここでの)名前は vagabond です。
一応フランス語のつもり(最後の d は発音しない)です。
「御大」とか「朴念仁」は「人格への言及」というルール違反に当たると感じていますので、
よろしくお願いします。
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福地さんからは懇切な反論をいただいた。
「讒謗」などという言葉には少し抵抗がある。
(讒謗=ザンボウ、事実を偽って悪口をいう。人をそしる。)
それは我慢するとして、きちんとお答えしたいと思う。
期待されていないことはよく分かるが、
バガボンドよ、君の言い掛かりは歴史論議ではなく、戦後の常識なり世論に忠実な立場からの単なる自己の狭い見解の独白に過ぎない。
と言われたからには、黙っているわけにはいかない。
少し時間をいただきたい。
出来るだけ早く、福地さんのエッセイ(論文)に反論したいと思っている。
Posted by: vagabond at 2006年08月29日 22:51
>福地先生
このたびは、新たな補論の投稿ありがとうございました。
先生がこのように反論なさることは、並大抵のお怒りではないとお察しいたします。
でも、おかげさまで、もっと詳しいことを勉強することができました。
>vagabondさん
貴方はどういう目的でここに投稿なさるのでしょうか?
ここに集う皆と多くの価値観を異にすることが、今までの投稿でわかりました。とすると、ご自分の意見を披露したり、ここに集う皆に嫌がらせするのが目的でしょうか?
目的をお聞かせください。
>皆様
あだ名を当人が嫌だと感じている場合は、通常のHNでお願いします。
>東埼玉人さま
了解いただけなくて残念です。
私は今までのことというよりも、今後のことをも含めて
ルールを決めました。
もちろん、かみ合わない理由は本当は他のところにあると思っています。
東埼玉人さんの上記のような内容は人格攻撃ではありません。相手の論理の矛盾をつくものであり、なんら問題のない文章です。
vagabondさんが最初に福地先生の論文に対してとても失礼なコメントをお書きになったとき、私がきちんと注意をしていればよかったと、管理人として今は反省しています。
論理の矛盾をつくことは人格攻撃ではありません。
そこに、なんらかの修飾語をつけて相手の人格を揶揄したりすることで、感情的な行き違いが大きくなっていると思っています。
相手の質問には答えない、自分の言いたいことだけは言う、そういう自分勝手な展開にも警告を発していくつもりです。
Posted by: 長谷川 at 2006年08月29日 23:54
ミクシイ掲示板に私が書いた江藤淳の「閉ざされた言語空間」の書評
江藤淳氏の「閉ざされた言語空間」は、先の大戦終結後アメリカ軍の占領下にあった我が国におけるGHQの検閲の実態とその検閲が戦争終結前から周到に準備されたものであったことを、膨大な1次資料を基に解き明かした名著です。
本書が単にアカデミズムの世界に留まるだけでなく一般人向けの評論として広く販売されたからこそ、それ以降GHQの我が国に対する占領政策の実態についての本格的研究が進むことになったと言っても過言ではありません。
本書の結論となるであろう部分を引用します。
「戦前戦中の日本の国家権力による検閲は、接触を禁止するための検閲であったということができる。天皇、国体、あるいは危険思想等々は、それとの接触が共同体に『危険』と『汚染』をもたらすタブーとして、厳重に隔離されなければならなかった。被検閲者と国民は、いわば国家権力によって眼かくしをされたのである。
これに対して、CCD(GHQの検閲機関)の検閲は、接触を不可避にするための検閲であった。それは検閲の秘密を媒介にして被検閲者を敢えてタブーに接触させ、共犯関係に誘い込むことを目的としていた。いったんタブーに触れた被検閲者たちが、『新たなる汚染の中心』となり、『邪悪』な日本の『共同体』にとっての『新たな危険の源泉』となることこそ、検閲者の意図したところであった。要するに占領軍当局の究極の目的は、いわば日本人にわれとわが眼を刳り貫かせ、肉眼のかわりにアメリカ製の義眼を嵌めこむことにあった。」
「それは、すでにあの『ウオー・ギルト・インフォメーション・プログラム』に明示されてりいた通り、日本人のアイデンティティと自己の歴史に対する信頼を、あらゆる手段を用いて崩壊させずんば止まず、という執拗な継続的意思に支えられていた。
そればかりではない。いったんこの検閲と宣伝計画の構造が、日本の言語空間と教育体制に定着され、維持されるようになれば、CCDが消滅し、占領が終了したのちになっても、日本人のアイデンティティと歴史への信頼は、いつまでも内部崩壊をつづけ、また同時にいつ何時でも国際的検閲の脅威に曝され得る。」
私も、戦前戦中の我が国の「検閲」に対する事実認識以外は江藤淳氏の結論と同感です。我が国の戦前戦中の「検閲」は、軍事関係以外は、事後内容規制を担保としたあくまでも自主提出による事前内容審査制でした。つまり、事後に削除されること法に触れることを覚悟すれば、自主提出をしないことによって一度は外部に言論を公表することができたのです。厳密に言えば「検閲」とはいえません。
それに対して、CCDの「検閲」は組織的に完全に言論を外部に公表することを封じ込め、無作為抽出法を採用することによって国民全体の言語空間を組織的に監視しました。これこそが「検閲」なのです。
戦前戦中の我が国には、そもそも近代的な意味での「検閲」という発想が無かったといえるでしょう。
さて、江藤淳氏がGHQの我が国に対する占領政策を検証していた昭和50年後半当時、論壇の反応は冷ややかなものでした。進歩的知識人が反発するのは当然のことでしょうが、保守派知識人からも「GHQが事前に検閲をやっていたことくらい誰でも知っている」と揶揄されたのです。
確かに昭和50年代後半当時の知識人は、GHQの占領政策を直接知っていた者もまだ多かったはずです。したがってその揶揄は必ずしも的外れなわけではないのですが、当時、江藤淳氏が「誰でも知っている」と思われることを検証しなければ、現在のGHQの占領政策を直接経験していない戦後生まれの小林よしのり氏の先の大戦に関する多数の検証の成果は無かったかもしれません。
したがって今一度、江藤淳氏の「閉ざされた言語空間」はもっと多くの人達に読まれなければならないですし、その検証自体の意義についても昭和50年代後半の言論界の状況と照らし合わせて考察されなければなりません。
ただGHQによる検閲の戦後日本の言語空間に対する影響について更に突き詰めて考察すれば解決しがたい一つの大きな問題にぶつかります。それは戦後右派・保守派知識人は、GHQによる検閲をクリアした知識人であるということです。つまりGHQの検閲に引っかからない文章を書く者のみが戦後の論壇・学界の中で活躍することができた。その延長戦上に江藤淳氏がいるのであり小林よしのり氏もまた同じです。
戦後右派・保守派知識人を代表する重鎮葦津珍彦氏や福田恆存氏も、戦前戦中戦後とさして思想傾向は変わってはいませんが、戦後になってから右派・保守派知識人と称されるようになりました。これは一人の言論人としては、社会の変化に動じない首尾一貫した批評精神を持っている証であり高く評価されるべきことですが、反面、ある一定の思想傾向を持つ右派・保守派知識人は戦後抹殺された証でもあります。
この問題を解決するには、単に戦後日本の言語空間を全否定してみても意味が無いでしょう。何故なら我々もまたその延長戦上にいるからです。私が考えていることは、実際にGHQの占領政策によって淘汰されてしまった戦前の知識人の著作を読んでみることです。そして、それはGHQの占領政策を検証するためにではなく、その知識人の考え方そのものを理解し感じ取るために読むのです。そうした地道な営みによってしか「閉ざされた言語空間」を突破することはできないのではないかなと思います。
Posted by: 総合学としての文学 at 2006年08月30日 01:15
ミクシイ掲示板に私が書いた「日本国憲法成立過程におけるGHQの検閲について」
日本国憲法制定過程においてGHQが国体・天皇制について、具体的にどのような検閲をしたのか、かつて関西皇統オフ会で述べたことがあります。今日は、そのことについて日記で再び述べたいと思います。
私は、戦後日本が大日本帝国憲法からGHQが制定した現実には植民地憲法である日本国憲法へ大きな混乱なく移行することができたのは、昭和天皇の存在あってこそであると思いますが、それ以外にも①我が国は、大日本帝国憲法制定時からおおむね立憲民主主義的国家運営をしていたこと、②大日本帝国憲法も日本国憲法も同じく議会制民主主義制度を採用していること、③戦前の国家総動員体制の中で社会保障制度が確立されていたことという、もともと当時既に我が国は日本国憲法を受け入れやすい政治体制であったことにもよると考えています。
しかし、当時の知識人・国民の天皇観とGHQの天皇観は大きく異なっていました。そこで、GHQが、国体・天皇制について、如何なる文章を検閲削除したのか一部紹介します。
まずは、河合栄治郎の「社会思想と理想主義」(実業之日本社 1947年11月25日発行)です。河合栄治郎は、東京帝国大学教授として、自由主義の立場から一貫して反ファシズムの立場をとっていました。しかし、日本の君主をヨーロッパの君主と比較して次のように賛美する論述をしたため、その一節が検閲削除されました。
「即ち日本は万世一系、皇統連綿として繋がって居て、天皇は政治の中心である。又社会の中心であるという思想は、是は私は賛成である。日本の君主が持つところの地位は、欧蘭巴に於ける君主というものゝ地位とは非常に違って居る。人民と対立して、人民と敵対し、虐政を執るという連想は日本の君主に就いてはないのである。外国に於ては君主自身の利益と人民の利益は対立して居る。其間に衝突があって、自分の利益を大きくして君主の利益を取ることがある。併し日本に於てはそう云うことはないのである。君主に対する考え方が日本に於ては違っている。」
天皇を肯定的に捉えているのは事実ですが、天皇賛美というほどの文章とは言えません。
次に、戦後、右派社会党の参議院議員として活躍した小林亦治が著した書「社会断層」(山新出版社 1947年12月5日発行)の次の部分も検閲削除されています。
「前余の如く日本国憲法は消滅亡びたが、将来独立国家への期待が繫がれている事実と<一字読解困難>として3千年来の皇室が滅びずに皇統連綿万世一系の、天子様が存することに希望と感激を抑えることが出来ない。新たに制定さる憲法は如何なる内容のものであるにせよ、憲法上に於ける天皇の地位がどうあろう大和民族の『お上』として『主上』として燐として存続させることは疑いない。」
これは、万世一系の皇統が存続できたことを賞賛しているに過ぎません。
また、西田幾太郎哲学に傾倒し、のちにマルクス主義に進んでいった柳田謙十郎の著「社会・国家」(大東出版社 1948年4月10日発行)において、「わが国体」と題する章で記述したかなりの部分も不承認とされました。
「しかし国家の根底に国家成立の神話を有ち、超越的即内在、内在即超越的に、絶対現在の自己限定として歴史的生成的なる我国に於いては、真によく国家即道徳の国体と云うものが自覚せられたと云うことができる。我国の国体に於ては、皇室が世界の始であり終である。国家統一の確立と共に国家がはじまり、この主権の存在が国家永遠の生命の自己表現である、だから皇室の破壊は日本の国民的統一の破壊を意味する。皇室が過去未来を包み、絶対現在の自己限定として、すべてが皇室を中心として生々発展して来たと云うのが我国体の昇華である。」
不承認の部分が長すぎるので以下省略しますが、柳田謙十郎は、本書で、広く世界の歴史に言及し、日本の「国体の精華」を定義づけたのです。しかし、皇室を「世界の始めであり終である」「主体の主体である」「現神と考えられる」などの結論にいたったことが、天皇賛美として、受け入れられることができないと判断されたのでした。
確かに一見すれば、神がかり的な天皇賛美の文章のように見えますが、「超越的即内在」、「絶対的現在の自己限定」という言葉使いからわかるように西田哲学の観点から皇室と国体を論じたものです。西田哲学は、戦前、世界的に東洋発の哲学として高く評価されていました。
河合栄治治郎も小林亦治も柳田謙十郎も特に右翼であった訳ではありません。むしろ、戦前、右翼と一線を画していた人達です。そういった知識人の言説も、天皇が我が国の中心であることと、万世一系の皇統という当たり前の事実を肯定的に捉えただけで、GHQの検閲により削除されたのです。
これらの検閲削除の例は、GHQの検閲政策が如何に徹底していたものかを示しているとともに、共産主義者を除く日本国憲法制定過程前後の知識人達は、特に右翼でなくても、天皇は我が国の国体であり、万世一系の皇統を護持しなければならないと考えていたことがわかります。
それが、GHQの検閲政策により封殺され、やがて天皇制を否定的に捉える論説・廃止論が、戦後から本格的にアカデミズム・論壇で活躍し始めた進歩的知識人達の中から沸き起こるようになってきたのです。もっともその中には世渡りのため、GHQに媚びるために天皇制を否定的に捉える論説を述べた者もいることでしょう。
女系天皇を容認する皇室典範改定案を提示した「有識者会議報告書」は、日本国憲法制定過程における国会審議の中で、女系天皇を容認すると捉えられることのできる発言だけを都合よく取り上げているだけであり、こうしたGHQにより検閲削除された文章については全く触れられていません。検閲削除された文章は、当時の知識人・国民の天皇観と大きく逸脱するものであるとでも考えているのでしょうか。これらの文章は、言論の場で批判にさらされ抹殺されたのではなく、検閲によってはなから言論の場に出ることができなかったものなのです。
確かに、百歩譲って、「有識者会議報告書」は公式文書である以上、GHQの国体・天皇制に対する検閲削除について触れることはタブーなのかもしれない。しかし、「有識者会議報告書」の種本である園部逸夫有識者会議座長代理の著である「皇室法概論」にもその点については全く触れられていません。
既に、憲法学・行政法学といった学術研究の場では、GHQがどのように関わっていたのかという点についてはタブーではなくなっており、肯定的に捉えるにせよ否定的に捉えるにせよ、特に、憲法学の学術書においては、全く触れられていない本はまずありません。
したがって、園部逸夫氏の「皇室法概論」はどう考えても、学術書ではなく学術書の名を借りた、女系天皇を容認するためだけの単なる膨大なペーパーとしか思えないのです。
皇室典範改訂問題は、日本国憲法制定過程時における立法者の意思・思惑、それに関する知識人・国民の捉え方を全面的に検討した上でなければ、一方的な見解しか提示されません。
もし、全面的に検討すれば、当時は、日本国憲法が制定されることについて多くの国民が支持していたという事実があっても、こと、国体と天皇に対する日本人の意識は、男系による万世一系の皇統の護持だったという結論がでるでしょう。その点に目をつむって避けている「有識者会議報告書」とそれを記述した官僚・学者メンバー達は、卑劣であるとしか言いようがありません。我われは、体裁だけ理路整然と整えている「有識者会議報告書」を安易に信頼してはいけません。
Posted by: 総合学としての文学 at 2006年08月30日 01:21
多忙故ゆっくり考えて投稿する暇が無いのですが、一言弁明致します。
管理人様
議論ルールの件、承知致しました。かなりの程度、私の投稿に当てはまるものと読みました。私自身の意図としては、投稿から察するvagabond氏という存在は、このようなブログ上の議論では何の建設的な事も齎さず、それでも氏がこのブログに御執心である根源理由を考えたものです。また絶えず「教えてくれ」と「疑問」を呈されるので、その「疑問」への根本的解決への方途を示したのであり、決して誹謗中傷が目的ではないつもりです。
管理人様御自身は、こういったことを一応理解され、その上での御注意と読めますし、又、御当人の方は全く理解されないようでもありますので、今後は控えます。
但し、vagabond様の、この件のコメントには呆れます。御自分が書かれた誹謗中傷の恐れのある言葉にはまるで自覚せず、<私も時々人格への言及に批判してきたつもりです>とは・・・。
<投稿者も注意しあう>ということなので、一点。
Vagabond様。以前から述べていますが、他者に対し、事あるごとに倫理的批判を繰り出すというパターンは、議論を停滞させ、相手を無用に貶める行為です。倫理を背にした誹謗です。俗によくあります。最近では・・・
<自分に気に食わないことを言う相手(人々)に「お前は洗脳されている」ということは、たいへんおこがましいことです>等々。
Posted by: 神戸人 at 2006年08月30日 02:40
つくる会の鼓舞する中の一つに・・・
『はっきりと意見をする、又は反論する人間形成』というものがあると、私は解釈しています。
また、それは『日本側から見た世界感』であらねば、これからの時代は通用しないという、西尾先生の補論も同時にあると解釈しています。
限りなくその観点を研ぎ澄ます姿勢を問おうではないか・・・これが当日録の在り方なんだと私は踏まえているつもりです。
vagabond氏の姿勢は『はっきり意見を言う・反論する』という枠においては許される行動だが、『限りなく日本側から見た世界感を研ぎ澄ます』という目的からは外れた姿勢だと解釈できる。
よって彼の行動は当ブログの目指す道筋には必要無いものという感想を単純に抱くことが可能となる。
確かに色んな意見はあって良いが、彼の論理の殆どが今まで何度も我々が悪病として退治してきたものでしかなく、今更その事を掘り返されても、本来目指している目的地には到達できない邪魔な石ころでしかない。
我々にはそんな石ころを取り払う暇は許されていない。
現実的に迫り来る領土問題や拉致問題などの外交面、又は真の経済と政治の両輪の運営問題などが山積し、七十の年齢を重ねてもまだ開眼できない人間とお付き合いしている暇などないのだ。
私は前回もう二度と相手にはしない決意をしましたが、福地先生の労に何らかの反応をしなければいけないと感じ、このような意見をした次第であります。
>vagabond氏
長谷川さんの質問にまずは従い、回答すべきだと忠告申し上げる次第。
Posted by: あきんど@携帯 at 2006年08月30日 06:57
管理人様
「新ルール」、一応了解いたします。
福地先生の「昭和の戦争」、西尾先生と平松先生の対談、そしてこのたびの足立誠之氏(前回、お名前を誤記していました。申し訳ありません。)のエッセー、いずれも考えるべきことが多く、真面目な感想、建設的な議論の素材が提供されてきました。まさに、時宜を得た、適切な時代認識を表しているものと感じております。
しかるに、ただ一人の攪乱者のために、如何にむなしい議論を余儀なくされたことか。
私は、vagabondなる人物が、(不本意ではありますが、氏のHNを使用します。)
① 当ブログの攪乱を意図する者である。
② 最近は、自己の立場が追いつめられてきたので、残された期間、当ブログを「反日イデオロギー」宣伝の場として利用している。
③ 何らかのエージェントであるか、その委託を受ける者であるか、少なくともそれに利用されているのではないか。
以上の疑惑を一段と強めております。
このたび、一応殊勝らしき態度を示しています。(今まで幾度となく自分の立場が悪くなると見せてきたことの繰り返しに過ぎないと考えていますが、)福地先生に対する「反論」を記すそうですから、管理人様の忠告に従い、しばらく様子を見させていただきます。
追記
総合学としての文学様、久しぶりに当ブログに相応しい投稿有難うございます。
このくらい「超然たる」投稿ができれば、攪乱者を相手にせずにすむのですが。
Posted by: 東埼玉人 at 2006年08月30日 11:38
バカボンド氏のホームページを読ませてもらいました。つまるところは、①反共産主義であり②憲法9条改正論者です。これは保守主義とは言えないでしょう。もはや国民的コンセンサスです。何もこの程度の当たり前のことをわざわざホームページを開設して仰々しく論じる必要はありません。
しかし、このように切って捨てては批評は生まれません。
今、バカボンド氏を誹謗中傷される方が多いですが、バカボンド氏は教員出身なのです。
教員は我われが想像している以上に狂信的左翼が多いのです。その中で、反共と憲法9条改正を主張することはとても勇気のある行為だったに違いありません。その勇気に対し私たちは一定の敬意を表するとともに、決して我が国の教育界にのさばる日教組の残党の掃討の手を緩めてはならないことを実感しなければなりません。
さて、バカボンド氏が護持したい1945年体制も既に60年経ちました。世界史的に見れば50年持たなかった政体はいくらでもあるわけですから、決して暫定的な政体とは言えません。ちょうどバカボンド氏の人生そのものが1945年体制にすっぽり入ります。
戦後初期の進歩的知識人達は1945年体制の矛盾やおかしさを自覚しながらも「意図自覚的」に1945年体制を称賛し明治維新体制を全否定したのです。しかし、後の世代になれば「意図自覚的」であったことが「自明の理」になってしまいます。バカボンド氏の世代がそれにあたります。
そして、バカボンド氏の次の世代が「自明の理」を疑いはじめたところにバカボンド氏の苦悩があります。この流れに対して「大東亜戦争は悪だー。戦後日本は良かったー。」といくら絶叫しても無理でしょう。これでは疑いに対する答えにはなりません。
しかし、政体はその存在基盤に重大な危機が訪れそれを乗り越えていよいよ長期に渡る政体となります。私はどうも乗り越えつつあるのではないかなと思うのですが鎌倉幕府が崩壊した最大の原因は鎌倉幕府の政策とは全く関係の無い元寇です。まだまだどうなるはわかりません。そもそも一つの政体が存続するか否かにとって思想信条の力はびびたるものです。
ネット論客を含めた思想人達はただ自らが語る思想信条に磨きをかけること。それに尽きるでしょう。
Posted by: 総合学としての文学 at 2006年08月30日 12:39
放浪者は根無し草、 どこかへ流浪し去っていくことでしょう。 バガボンドよ バイバイ!
さて私は福地先生の次のコメントにたいへん触発されました。
あの戦争は「侵略戦争」とは言えず、壮大な「国際謀略の渦に巻き込まれた戦争」、「国際的抑圧勢力への対抗戦争」、いわば「防衛戦争」であった、と観るのが正しいとの暫定的結論に達した。
8月30日はダグラス・マッカーサーが連合国軍最高司令官として占領政策の全権を担って日本に飛来した日。その日から今年は61年目にあたると想い袖井林次郎氏の『マッカーサーの二千日』を手に取りました。
マッカーサーは61年前のこの日フィリピンから沖縄を経て厚木飛行場に降り立ち、2000日に及ぶ日月、日本の歴史上、天皇陛下も徳川将軍にも及ばない絶対権力者として日本民族の上で威勢を揮いました。晩年物した回想録に「歴史上・・・私の権力は至上のものであった」と書き残しています。
実はこれがマッカーサーにとって三度目の来日でした。厳密には4回目ですが初回はトランジットで通り抜けただけ。その来日の一回目は父アーサー・マッカーサーが駐日米大使館付武官となった時でした。父アーサーは息子ダグラスを自分の副官にしたいとタフト陸軍長官に懇請し米本国から日本に呼び寄せました。アーサーの来日は1905年8月で、日露戦役が終わりポーツマス条約の調印直前。ダグラスの来日は同年の10月末。しかしダグラスは回想録に既に終わって父も観戦できなかった日露戦を実見したと記しました。
二回目の来日は1937年1月フィリピンのケソン大統領と一緒に比国軍元帥としてでした。中国で起きた西安事件の直後、支那事変のトリガーとなった盧溝橋事件の半年前。このときにケソン大統領は昭和天皇に拝謁しましたが 同行したマッカーサーは叶わず、このときのことを回想録に「ケソンは東京で丁重に迎えられたが、私に対してはかつての友好的な態度はまごう方ない敵意に変わっていた」と記しました。二回目の来日時、マッカーサーは自尊心をいたく傷つけられたのです。
戦後の日本人は米人には珍しい高邁で弧高なマッカーサーを米国人の典型だと思い込みました。マッカーサーのストイックな姿は日本人の心を捉え士道さえ観じたのです。自尊心が高い分持つ必要のない挫折感を人知れず内包していたのがマッカーサーです。
フィリピンで自らfield marshal元帥と名乗り「ルソン島のナポレオン」と揶揄され得意の絶頂にあったマッカーサーは1941年12月日本軍の攻撃にあえなく敗れ「アイ シャル リターン」の言葉を残してオーストラリアへ潰走する憂き目に遭います。 けっして奇襲を受けたわけでなく日露戦争後からオレンジ計画を樹てて時間を掛けて防備に努めていたにも拘わらず敗北したのです。朝鮮戦争で70歳を超えてなお仁川上陸作戦を成功させた猛将知将です。それより10才も若くして簡単に敗れるような司令官ではありません。 日本軍の知略と勇猛果敢さが秀でていたことを褒めるべきでしょう。
マッカーサーの日本へのルサンチマンは1937年に天皇陛下への拝謁が自分にだけ叶わなかったことで芽生え、日本への憎しみはフィリピンでの軍事的大敗北で決定的になりました。親子二代軍人エリートであったマッカーサーが骨の髄まで反共主義者だったことは日本にとってまことに僥幸でしたが日本が勝ちとったものではありません。
そんなマッカーサーの差配した東京裁判は日本人を徹底的に打ちのめしました。昭和天皇の誕生日にあたる昭和21年4月29日に”所謂”A級戦犯として28人を起訴し、二年後7人の被告に絞首刑を宣し今上陛下(当時皇太子)の誕生日昭和23年12月23日に処刑を断行しました。戦いに敗れた日本人は御上を護れるならとこれを甘受しました。ほとんどの日本人は各々が戦争に狂奔したこと、それに押し流されたことを深く心の中で想いつつマッカーサーが勝者の復讐を裁判という近代的儀式を通じて行なったことを甘受し、そこで処された指導者たちに戦争責任をやむなく背負ってもらいました。”やむない”選択だったからこそ、占領軍の支配から脱するなり、その名誉回復に全国4千万人が署名し社会・共産党までも含む全会一致の国会決議をして東京裁判で処刑死・獄死した方々を軍務上の死(法務死)と認定したのです。
本来「戦争」と「責任」を繋げて一つの用語にするのは語義矛盾です。 そんな責任は古今東西ないのです。あえていうなら戦争の、特に負け戦の指導者に道義的責任はあるでしょう。 それは道義的なものであり、自分であるかないかをはかり自身を処すべきものです。戦争行為に法的な責任なぞありはしません。日本は1928年のケロッグ=ブリアン協定(パリ不戦条約)に違背したと云われましたが、福地先生のご主張どおり大東亜戦争は自存自衛の戦争であったと云えばいいのです。事実そうでした。 この条約は自衛権を許容留保し処罰・制裁規定はありません。自衛の為であったかは自国が認定すればよいというものでした。
マッカーサーは日本に恨みを晴らし清々していたのでしょう。 1951年米上院議会の軍事外交共同委員会で次のように述べています。『・・・したがつて彼ら(日本)が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。』 しかし恨みを晴らした末のマッカーサーのご託宣をいつまでも引用してわが国の戦争の正当性を他国に言い募っていてはダメです。 戦争に正当性はありません。 いい悪いはありません。 大東亜戦争は日本国の保全、日本民族の自存のためにやったのであって正当性があったなんて他国に云って通じる訳はないのです。 我々日本人が自国の戦争をまっとうだったと思うほかはないしそれでいいことです。
自国人の生命・財産を護ることが国家の指導者の責務です。大東亜戦争の指導者・政治家の幾人かは明示的に責めを負って自裁し、獄に繋がれ、刑に処されてゆきました。その御蔭でかろうじて国統は維持されました。 しかしその国の文化、伝統、歴史の連続性まで国家の指導者や政治家は護る責めを負いません。 日本の第一の敗北は昭和16年12月8日に開始された1300日余りの大東亜戦争に於いてです。 その後取り返しのつかない深い第二の敗北を喫したのです。 それは昭和20年8月30日から始まったマッカーサー統治の2000日の間に苛烈に進行した日本の伝統・文化・歴史の破壊に於いてです。
マッカーサーの徹底を極めた思想・言論統制の協力者たちは今日尚誰一人名乗り出ず道義的な責めを回避したままでいます。西尾幹二先生のこれから取り組まれるGHQ焚書図書に纏わるテーマは重いのです。
Posted by: しなの六文銭 at 2006年08月30日 12:58
長谷川さん、
>vagabondさん
貴方はどういう目的でここに投稿なさるのでしょうか?
ここに集う皆と多くの価値観を異にすることが、今までの投稿でわかりました。とすると、ご自分の意見を披露したり、ここに集う皆に嫌がらせするのが目的でしょうか?
目的をお聞かせください。
私がこのブログに興味を持ったのは、いうまでもなく、『つくる会』の内紛です。
今はともかく、西尾さんが内紛の当事者の一人であり、関心を持つことはいうまでもありません。
その上「つくる会」副会長の肩書き(大学教授もついているが)で書かれた福地さんの論文を読み、
こういう姿勢の「つくる会」では困るというのがそもそもの出発です。
意見を聞き・考えるうちに、現在の大きな問題は「反米保守・ウヨク」にある、ということを実感し、
これと戦うことが私の大きな目的(「使命」などというのはおこがましい)であると思っています。
ここでいう「反米」とは(惨めったらしい敗戦・事実上の無条件降伏という事実を棚に上げて)
ひたすら、アメリカの占領政策を非難する、という態度をいいます。
・・それで、今年の初めまでは「つくる会」が「反米的」色彩を見せたことは殆ど記憶にありません。
だから私は「つくる会」の教科書刷新運動を支持し、かげながら応援・運動してきたわけです。
「反米」が標準であるような「新しい教科書」は絶対に支持できないし、
別の意味で「自虐的」であると思います。
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かって『三重九条の会』のブログへ批判文を投稿したところ、主宰者から抗議の電話を受けました。
「本来誰にでも開けているはずのブログへ投稿することがどうしていけないのか、
抗議される覚えはない。反論を許さないのならばその旨をはじめに断るべきだ」
と激しく反論したことがあります。
要するにそのブログは「AはAである。故にAである」てなことを延々と繰り返す場所だったわけです。
この西尾さんのブログは管理人がフィルターをかけていますので、管理人の否定する
(原則に沿わない)意見ははじかれて当然です。
そのときは私は文句を言わずに立ち去ります。
それがルールなのです。
私に「このブログに参加する目的は何か」と聞くということは、要するに
「このブログは○○という考えの持ち主だけが参加を許されるクラブなのか」という疑問です。
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話は変わって、福地さんは、
【要するに、私は我が国の歴史の尊厳と光輝ある国の在り方を復権したいと思っている。】
と書いている。
このことに異存はない。誇りがかなり失われている。
ただ方向がかなり違うようだ。
大東亜戦争を「悪」とせず、東京裁判を否定するところから「民族の誇り」
が生まれるなどとは考えにくい。
ところで、私は昨年まで海外に行ったことはなく、昨年末はじめてドイツ・オーストリア、
今年イタリアへ旅行た。
駆け足のパック旅行で、慣れた人からは笑われそうな印象だが、あえて書く。
ミラノに「ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア」というのがある。
また、ナポリだったかローマだったか忘れたが、「ガリバルディー通り」があった。
いずれも、イタリア統一にかかわる偉人(英雄)の名前を冠した場所である。
ドイツにもあったようだ。
これらの国には歴史が庶民の生活の中に自然に生きており、それが
彼らの誇りになっている、と感じた。
日本にもそういう場所はもちろんあるが、たいていは神社がその役割をになっているようだ。
伊勢神宮、明治神宮、北野・大宰府天満宮、東郷神社などである。
独・伊と形態が違うだけで、どちらがよいというわけではないが、
独・伊のほうがどちらかといえば、日常生活に溶け込んでいるように思えた。
坂本竜馬大通り、西郷の丘、古くは、大和武尊公園などがあってもよいとおもうのだが・・。
(地方にはあるかもしれない)
なお、「記念館」や「資料館」はたくさんあるが、歴史は非常に浅い。
もちろん、「ヒットラー大通り」とか「ムッソリーニのアーケード」などは多分ないだろう。
彼らを生んだことを恥じ、むしろ伊などは、ムッソリーニに抵抗したことを誇りに思うのだろう。
日本で一番問題は、天皇に関する場所や知識が非常に少ないことだ。
天照、イザナギ・イザナミ、スサノオなどの神話上の人物から、神話、神武天皇の話、
新しいところでは明治天皇の人となりや功績など、私を含めて知識は貧弱である。
ただし古事記では、天皇には女性好きが少なくなく、今で言う不倫みたいなのもあって、
天皇の「神聖性」にはそぐわないかもしれない。
その理由は、一つは「32年テーゼ」に基づく「天皇否定論(天皇打倒論)」、
もう一つはアメリカ占領政策中、天皇制が軍国主義の一つの柱と看做されたこと(誤解の面が強いが)・・
この二つが結びついて今日の「天皇軽視」に繋がっている。
始めに述べたように、国民に誇りを、という意図は正しい。
保守・ウヨクが結集できるのは「天皇重視」
という方向ではないだろうか。
天皇重視は「反米」ではない。
反「マルクス主義」である。
天皇を「神」と崇める人も、人間的で親しみを感じる人もともに賛成するだろう。
福地さんらの「反米保守」では(保守は)絶対にまとまらないし、「大東亜戦争肯定(悪ではない)論」
も戦後の歴史(事実)を否定するもので、容認できない。
出来れば次回は、「昭和の戦争が侵略戦争でなかった点が証明出来ればよい」
という福地さんの「証明」は証明になっていないことを証明したい。
Posted by: vagabond at 2006年08月30日 15:49
動物の調教について
調教は力ずくで強制することと真逆である。
動物の習性と能力を調べ、その動きの流れの中で、半歩先の介入を行う。
自然界での行動の再構成にすぎない。
動物は、命令されているという意識は無い。ある刺激系列に反応している
だけである。当然、調教師も動物の刺激応答反応の仕組みを調べる。
一般に応答系に対する報酬としては餌がある。
子供の躾において、これを応用したものがある。
本人が自分で分かったと感じるように方向付けるやり方である。
「叱ってはいけない」というのは、この延長にある。
問題は、この場合、ほとんどの親、育児担当者は、調教師ほど技術がない
ので実際は出来ないことだ。
しかも、相手は人間の子供なので、習性、能力の多様性は、動物の比ではない。
このような、前提知識も無い人間が○○の一つ覚えで、
「叱ってはいけない」といったり、それを鵜呑みにしたりする。
教育学部(幼児を含む)に調教師の訓練カリキュラムを導入するのも一考だろう。
さて、本題に戻る。(調教との対応を考えても、人間の場合はかなり複雑だ。)
洗脳の目的は、洗脳する人間にとって都合の良いことを、あたかも自分で
考えたような気にさせることである。
また、指導もしくは命令する場合でも、あくまで「相手のため」であるという姿勢で
望む。
それが、ある程度洗脳者の不利益であっても、局面においては餌を与え、
相手のためになったということを示す。(これがミソ)
よく「日本のためになるのだから、彼らの言うことに従えばよいではないか」という
人間がいる。(親日派、知日派を有難がる)
これこそが、目的である。
内容ではない。彼らにとって、意見を重宝させ従わせるいうかたちが大事なのだ。
こんなわけで、あろうことか、身の程知らずにも天皇家のことにまで口を挟む
欧米系の下衆記事(ニューズウィークなど)にまで指導を仰ぐ始末である。
現在、我が国の官僚選抜及び養成システムが、この流れ(洗脳受け入れ)に
あることは言うまでもない。
よって、彼らは戦略思考が出来ない。局所対応のスクールとなるのは当然である。
また、ある種の選ばれた連中は彼らのカウンターパートとなって、利益の代弁者となる。
誰のことかおわかりであろう。
Posted by: 素朴人 at 2006年08月30日 17:20
福地先生ご苦労様です。確か自衛隊の幹部学校の講師で話された内容でしたね。自衛隊は民間会社に幹部を出向させたり、防衛大学校では三軍一緒の教育をしたり、色々な講師を呼んで勉強しているようです。ありがとうございました。勉強になっています。
閑人さんの湯気の話ではなくて洗脳の話を。
私は所詮60年や70年の期間で起こったことですからたいしたことじゃないと思いますけど。ベクトルが逆になっているだけでしょう。明治以来日本人が西洋人になったわけでもなくそれより関係した歴史のある中国人になったわけじゃないと考えていますから。
私はGHQの洗脳がなくても別のきっかけで今回起こったのと同じことは起こりうるという作業仮説を置いています。一方でそしてそれがどうしてこれほど強く影響を及ぼしたのかに日本人の特異性があり、これをわかったうえで米国がやっていたら米国の怖さはすさまじい限りだと思っています。
そのすさまじさは閑人さんが書かれたように何が洗脳かそうじゃないかわからない状態にまでなっているという認識が示しています。米国が以下に書くようなことを意識してやっていたら現在の状況の主要因は米国でしょう。そうじゃなかったら主要因は日本の内部にありますから再び起こるだろうと作業仮説を置いているわけですが。
GHQの洗脳を受け容れられる余地はvagabond説にあるトラウマ、すなわち戦争に負けた不信感が一つあります。もっともご当人は自分の論立てがGHQの洗脳行為の説明になるという意識では書いていないようですが。その不信感はおそらく戦後教育の実施や巧妙な自己規制による言論封鎖によって戦前を知らない人に普及していったのでしょう。おそらく私のような60名クラスで成績が56番という先生に相手されない劣等生でなく先生の受けのいい生徒、将来は東大に行くだろうことを期待された生徒が素直に受け容れたのでしょう。そしてこの場合も事実認識によっておかしいなと気付く人間もいたでしょうし、一生騙されたままの人間もいたでしょう。すなおな国家公務員試験に通った優秀なエリートに東京裁判史観の人間がいたって驚きません。
もう一つは文化的にそれを受け容れる要素があった場合です。
受け容れる要素を考えるということは過去の日本文化を考えることです。
そこで文化の受容の話をしないといけません。
日本の民主主義は不思議なものでその不思議さは戦後にさらに強くなりました。もともと日本人にあったのは論争で正義を正すというのでなく柔らかな話し合いで合意を求めるという農村共同体での習慣から生じた文化と明治以降導入された西洋民主主義が習合したものでしょ。法でもそうで法は倫理と同じだと言い出す検事がいたりするのは愛嬌ですが。これは明らかに従来あった文化の中で共鳴する部分から外来文化を表面的に受け容れているわけです。
こういう前提で洗脳と日本文化の話を幾つか続けましょう。
最近GHQが象徴天皇という概念を出したのだという記事があるそうです。しかし天皇という概念はもともと二つあって、それを日本が文明を中国しか知らなかった時代での思考は中国を比喩にして考えざるを得なかったでしょう。中国の皇帝は中国を統治する天から委託を受けた皇帝という概念と周辺諸国のような中国の政治的統治は受けないが文化的影響を及ぼす皇帝という二種類です。もっとも明治以降になってこれにプロシャ皇帝という政治的統治を行う皇帝という概念が入りましたが。このような種がなければ60年を越えて象徴天皇を拒否しないわけがありません。
実際に鎌倉時代にはすでに天皇には政治権力はなく文化的存在であって、これは江戸時代でも権力というより権威としての存在でした。もともと日本人側に文化的権威としての天皇という概念があったのならGHQの作ったとされる象徴天皇という概念は受け入れやすかったでしょう。津田左右吉の論説もあったし、象徴天皇を受け容れる種があったのでしょ。ただしGHQの目的は日本が再び天皇教になって集団で神風攻撃を防ぐことにあったのでしょうし、日本側は国体(国柄)の維持に目的があったのでしょうけど。
近代化=欧米化=弱肉強食という図式でみれば明らかに現代日本は近代化されていません。それは政治家から個人に至るまで野蛮な弱肉強食原理を許容していないからです。個人主義でさえその背景に優秀な人間は個人としても倫理をもっており、だから生き残るのだという考え方があるようですが、これでさえ欧米の弱肉強食理論の違ったパターンです。
もっとも明治時代は現代より欧米的で会社でも社員と工員の区別があったり、渡り職人といって実力で働く場所を探す人間もいましたし、永年勤続制度なんかなかったようですから、この時代の商人は欧州型の身分階級組織と弱肉強食原理を許容していた可能性があります。
東京裁判で日本が非難されていることが正しいと仮定してもそれは欧米がやったことをそのままやっただけの話でしょ。いわば「米国の鏡日本」です。もっとも福地説ではそんな単純なものじゃないという論説が説かれていましたが。しかし日本の大多数の国民は欧米の弱肉強食原理を正しいと受け取ったでしょうか。欧米の弱肉強食原理を是として明治以来受け取っていたら東京裁判の茶番は独立記念日以降に簡単に解消したでしょう。米国の巧妙なのは日本人が弱いものいじめで代表される徳治社会にいて、かつ警察制度や裁判制度に対する信頼がある社会で、かつ弱肉強食原理になじまないことを知った上でああいう裁判をやったのならそこが絶妙な点です。
日本人は条理より情理を好む人間が多いのです。情理は相手に対する「なさけ」であり、これは理屈でなく感情でもあります。おそらく日本社会を動かしているのは理屈でなく国民感情なのでしょう。祖先が情に反する残虐行為を行ったといわれたら嘘だというか、そうかもしれないと思うか。日本人学者の多くは欧米の学問を勉強しています。欧米の学問を勉強してきた人で全部じゃないでしょうけどそれを否定することは自分の立脚点を否定することになるでしょう。そうだとしたら情においても、また自分の立脚点確保の点からも日本を否定するのはありうることだと思います。もともと否定していた人なら別に問題はありませんが、そうじゃない場合が困り者ですが。
最後にマッカーサー神社とひっくり返っただけだという話を。
江戸時代にこんなことを書いている日本人がいます。外国とは中国です。
「私は以前から外国の書物を好み、日夜、勉強してきましたので、このごろ渡来した書物は存じませんが、十年前までに来た書物なら、ほとんどどれも一読しております。そのため、いつのまにか外国のことを全て良いと思うようになり、わが国は小国だから何につけても外国に及ばす、だから聖人も外国に現れたのだ、と思っておりました。これは私ばかりでなく、古今の学者は皆そのように考えてまして、外国を慕って学んできたわけです。ですが、最近になって初めて、この考え方は誤りだとわかるようになりました。伝聞のほうを信じて自分の目を信ぜず、近きを軽んじて遠きを重んずるのはいうまでもなく、学者の通弊でありましょう。この件については『中朝事実』に書きましたが、ここにあらましを述べておきます」
本の名前が出ていますが、山鹿素行のもので内容的には「日本の朝廷こそが中心であり、日本こそ『中華』である」としたわけです。学者の性向を見ると面白いですが、しかしよく考えてみると山鹿素行の考え方は中華を理想系にしてそこから日本こそ中華であると論じているわけです。ベクトルの方向が中華から日本に向いているだけで中華の否定論ではないですな。
学者が考え方が変わったといっても実際の思考構造は同じで、ベクトルが逆になった場合はしばしばありえます。「戦果累々たる皇軍の神兵」から「戦果累々たる米軍の神兵」に変化するのは容易です。学者だけでなく日本人だってマッカーサー神社を建てようとしたのですから日本人の中にはすさまじい人もいるものです。
Posted by: 機械計算課長こと松井康雄 at 2006年08月30日 17:26
福地先生の今般の「補論」には、根本的・全面的に共感共鳴申し上げるところでございます。
一昨日(28日)、私は、足立様のゲストエッセイに感応し、当欄に拙文を寄せ、加えて、バガボン(ド)を名乗る執拗な寄稿者に対し露骨な風諫を投げ掛けたところですが、その意とするところは貴先生がこの「補論」において懇切に、また機鋒鋭く、かつ理路整然と御解説下さったところと全くに重ね合わさるものでございます。
吾が国において、勿論、言論・思想は自由ではありますが、吾が国の「国民」と云う立場を自覚し、悠久の御先祖・父祖達を畏敬し、無限の子孫達に慈愛の念を抱き、吾が民族の国家観・歴史観の真実を真摯に探求しようとする志操を持つ者であれば、況してや、現下の吾が国を呪縛する「敗戦国体制・敗戦国イデオロギー」を打破して祖国の歴史の尊厳と光輝ある国のあり方を復権し、父祖達に浴びられた汚辱を晴らし、吾々同世代や後輩達、子孫達に刷り込まれた卑屈を祓い矜持を取り戻させるために「新しい歴史教科書をつくる会」に集い応分の献身を志すほどの人士であるならば、自ずとその姿勢は明瞭となりその旗幟は鮮明となるものと確信致します。
福地先生はその「つくる会」の副会長と云うお立場で御尽力せられ、不肖私もその支部の役員・地域の世話人として微力を尽くしている者です。勿論、篤学の最高幹部と平凡な一会員とを同日に談ずるのは僭越至極ではありますが、福地先生も私も、ともに日本民族としての世界観・人生観を堅持する「国民」であり、そのような自覚に立つからこそ、その国家観・歴史観は、知識の大小・洞察の深浅の差異こそあれ、その視座において、憶念の情意において本質的に同一であり、その見識と志向する方向は根本的に重なり合うものであると、とく認識するところでございます。
他方、同じ「つくる会」の会員であったとしても、大正デモクラシーの教養人の亜流然として「世界人」を気取り「無国籍の放浪者」を自認・自称する御仁が相手であれば、当然「国家観・歴史観」の類も根本的に異なるであろうし、いや、「世界人」イコール「人類」であり、その「人類」なるものは「類概念」に過ぎず、実在する日本人(日本民族)、ユダヤ人(ユダヤ民族)、英国人(アングロサクソン)、ドイツ人(ゲルマン)等々、文明・文化創造の主体となる「民族」やその共同体を構成する「国家・国民」とは明らかにカテゴリーを異にする代物であり、実は「国家観・歴史観」の対象となり得る実体をもたない幽霊の如きものであることから、そのような「幽霊」に憑依されて虚談・空論に時間をダラダラと浪費する御仁との間で噛み合わない議論を延々と続けても、所詮何も生まれない、マイナスしか生じないものであるとよくよく承知致します。
然り乍ら、福地先生の「補論」を拝読し、内紛で大揺れに揺れ、なお余震の収まらぬ「つくる会」において、このような「国家観・歴史観」を堅持される碩学が、執行部・会の中枢においでになることに、大きな希望と期待とを満腔に感ずるものでございます。
「つくる会」の創立者のお一人であり、初代会長であられた西尾幹二先生は、「つくる会創立の本来の精神は、「一文明圏としての日本列島」を堂々と胸を張って言い続けることに外ならない。自己を普遍と見なし、決して特殊と見ないことである」と標榜されました。自らの「国家・民族」の文明・文化の主体性を自覚することが、国家の自尊と健全な民族精神を回復し堅持してゆく行程の始めであり、また、国際社会において、他の「国家・民族」の自尊と矜持を真に理解しそれを尊重しつつ、共存共栄する新たな秩序をつもに構築してゆくための前提であると信じます。
その意味においても、嘗て、西尾先生、坂本先生が中心になって執筆・編集された当初の「歴史教科書」が、その格調においても雄々しさにおいても、そして内容においても、創立の理念を真っ直ぐに具現した見事な教科書であったと、今でも確信しております。
吾が国の政権が小泉氏から安倍氏へと事実上「禅譲」される流れにおいて、中国・北朝鮮の吾が国に対する露骨な軍事的恫喝が陰に陽に更に強まる中、経済社会の構造がその根底から著しく非日本的な米国方式に変革される中、吾が国の米国への傾斜と隷属は更に深刻なものになってゆくことが深く憂慮されるところです。
そのような流れの中であればこそ、新生「つくる会」が、現下の「親米リライト教科書」を、本来の「世界の中の日本文明教科書」に今一度リライトして復元し、勿論「産経新聞」にも媚を売らす、他方、最近おかしなシナを作る「朝日新聞」にも幻惑されず、頑固なほどの主体性をもって力強く運動を進めて下さることを、先ず第一に福地先生に、そして理事会の硬骨の諸先生に、また、評議員会の百戦練磨の諸先達に、心底御期待申し上げ、ひたぶるにお願い申し上げるところでございます。
勿論、私ども支部・地方の一人では非力な会員も、相互に呼び掛け、互いに啓発し合いながら、全力をもって応援申し上げる所存でございます。
末尾は、つくる会の地方の一会員の本部への陳情のようになってしまいましたが、意のあるところをお汲み取りいただけますなら、幸甚この上なく存じます。
Posted by: 布袋和尚 at 2006年08月30日 21:10
vagabondさん、お返事ありがとうございます。
vagavondさんは
私に「このブログに参加する目的は何か」と聞くということは、要するに
「このブログは○○という考えの持ち主だけが参加を許されるクラブなのか」という疑問です。
とお書きになっています。
私がブログに書く目的を聞いたのは、貴方が他の方の投稿姿勢と異なるので、いったいどういうスタンスでお書きになっているのか、その立場を今一度確かめたかったからです。
管理人が投稿目的がわからない人にその目的を聞くことは、当然のことです。
それが、vagabondさんの解釈によると
「このブログは○○という考えの持ち主だけが参加を許されるクラブなのか」という疑問です、ということになっています。
これは、私の管理方針に係わる見すごすことのできない誤解であり、論理の飛躍であると言わざるを得ません。
つまり、vagabondさんは私の質問に対して、私の意味する所を、自分勝手に飛躍的解釈をなさっています。
今回の投稿の中にも他にも同じような飛躍がいくつか見受けられますが、今までの投稿の中にも、同じような自分勝手な飛躍があるのではありませんか?
福地先生の文章に対して、
「福地さんの「証明」は証明になっていないことを証明したい。」とおっしゃっていますが、論理に飛躍がある場合、証明とはなりえません。
今後の文章を、自分勝手な飛躍のないもので展開なさいますように、ご注意申し上げます。
Posted by: 長谷川@管理人 at 2006年08月30日 21:20
長谷川さん、
相手の質問には答えない、自分の言いたいことだけは言う、そういう自分勝手な展開にも
警告を発していくつもりです。
という部分を見落としていました。
私に対する非難や質問が多くの人から寄せられ、その上、回りくどくて私を批判しているかどうかさえ
分からない文章があります。
また、
放浪者は根無し草、 どこかへ流浪し去っていくことでしょう。バガボンドよ バイバイ!
のように、答えようのないこともあります。
極力対応すように心がけることはもちろんですが、うっかり抜かすこともありますので
そのときは注意をしてください。
$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$$
いつもながら松井さんの文章から「要するに~」を読み取ることが難しいのですが、
私なりに「日本人は洗脳されやすい民族だ」という風に解釈します。
明治維新後日本では「江戸時代は後れた時代だった。明治時代は全く新しい時代だ。
古い殻を捨て、新時代に適応しよう」という風な宣伝が広くなされたと聞いています。
これを後世「明治維新史観」と呼ぶ人もいます。
これも一種の洗脳です。
戦時中、「鬼畜米英」、「撃ちてしやまん」、「一億玉砕」などのさまざまな洗脳が
繰り返されました。
アメリカ占領軍も検閲などさまざまな方法で"洗脳"しました。
戦時中の洗脳は日本人の手によってなされていますが、「敗戦とともに去りぬ」でした。
実は明治時代の「洗脳」はごく最近まで続いていたようです。
「鎖国」、「士農工商」などという
言葉も事実もなかったらしいし、江戸時代の人口は中国(当時は清ですか)、インドを除けば世界最大で、
非常に進んだ先進国だったという評価が最近多くなりました。
また「江戸時代の農民は米ではなく、稗や粟を主食にしていた」など
というのも、事実ではありません。
もちろん西欧の機械文明や、近代的な政治体制という面では確かに「遅れていた」のですが、
いうほど遅れた国ではなかったのです。
明治政府の「洗脳」は一世紀以上かかって少しずつ「解けて」来ているようです。
日本人の価値観というのはかなりの幅で揺れているのです。
アメリカの「洗脳」のうち我々が受容れるべきものと、そうでないものとがあり
それを峻別する作業は非常に大切です。
現行憲法は第九条を除けば特に問題はないと思います。
しかし改正議論そのものを否定するつもりはなく、
よい意見には賛成していきます。例えば、民族の歴史や伝統を大切にする条項は必要です。
教育基本法についても現在の改正議論を見守っています。
総合学としての文学さんの【バカボンド氏が護持したい1945年体制】という言葉は、
受容できません。
変えるべきものと変えてはいけないものを峻別する、これが大切です。
アメリカ占領軍による「洗脳」を声高に叫ぶ人は、要するに福地さんのように、
「大東亜戦争は侵略ではなかった」と言いたいだけなのではないのでしょうか。
逆に「大東亜戦争は侵略戦争だった」と主張することがアメリカによって「洗脳されている」
と断定することも、知性の貧困ではないかと思います。
ちなみに私は日本史の授業を受けていないし、大東亜戦争についての議論は殆どが自習から生まれたもので、
アメリカの洗脳とどう関係があるのか、理解できません。
「それが洗脳の恐ろしいところだ」というのが答えでしょうか。
Posted by: vagabond at 2006年08月30日 22:11
長谷川さん、
私の誤解です。
あなたのような趣旨なら、別に問題はありません。
一言二言弁解すれば、「疑問」といっただけで、断定しているわけではありません。
さらに、私に対し「このブログの趣旨に反するお前は去れ」という発言が多いからです。
あなたがそういう発言とは一線を画しておられると聞いて安心しました。
Posted by: vagabond at 2006年08月30日 22:32
福地先生の「補論」拝読しました。
本当はVagabond氏の批判に付き合う必要もありませんが、先生が誠の人であるがゆえの深切な対応と思います。
「補論」の内容は納得できます。大東亜戦争の背景に謀略が潜んでいることはいまや常識、幾多の論文がそれを教えています。その実相は必ずしも万巻の書を読まなくとも、まともに感を働かせれば、あらかた福地先生が示唆された視点は飲み込める筈です。
戦後、今日に至るまで我が国は徹底的に占領軍の日本弱体化政策に悩まされました。日本人の心魂を芯から喪失させたのが日本国憲法の押し付けであり、そのまた背中にかぶせたのが教育基本法でありましょう。いかに戦勝者といえども、そこまでやるとは!・・と誰もが思う筈ですが、肝心なことは、その裏に、2発の原爆投下や、無差別都市爆撃なども含め、日本民族の心根とは根本的に異なる「敵側の悪」をきっちり見定めることではないでしょうか。Vagabond氏は福地先生からその幼稚を指摘されているのも、両面性思考の欠如、それ以上に思想の貧困、想像力の貧しさをつとに指摘されているのでしょう。
歴史は長期的にみなければ分かりません。過去500年の歴史が白人の天下であったことは疑いありません。大東亜戦争が、欧米が築いてきた植民地化を遮断し、とりわけアジア各国を独立に導き、欧米中心の500年の流れをストップしたことは事実です。
私の畏友が言うには、「日本人はとかく司馬遼太郎の影響を受け、明治に比して昭和の時代を暗い時代と切り捨てるが、冗談ではない。日露戦争勝利の歴史的偉業は否定できないが、大東亜戦争はそれこそ、それ以上に東亜諸国を欧米の桎梏から解放した意味で、日露戦争の比ではない」と、湯気を立てて主張します。よくよく考えるとそのとおりです。
西尾先生が日本人はとかく「他者の悪」を直視しないと指摘されますが、歴史評価は長いスパンにおける冷静な視点からの考察とバランス思考、さらには、日本人であれば、日本人の民族性に対する「信」をいかに持するかが大切と思います。
そういう正常な視点さえあれば、南京大虐殺にしてもあり得ないことを直感できる筈です。ナチのユダヤ人虐殺にしても、未だに600万人ジェノサイドを信じている人も多い世の中ですが、これさえも詳しくは論じませんが、大幅な修正がかかっています。事実に耳を塞ぐこと(ドイツ・ヴァイツゼッカーの言葉とは違った意味で)、また直感を無視することは、自ら歴史の真実から逃避することになります。さらに云えば、アメリカインディアンが強制労働と疫病により、人口8000万人のうち6000万人が殺されたという事実を、われわれはどう受け止めればいいのでしょう。かつて奴隷商人が1000~2000万人のアフリカ人を運び、奴隷獲得の戦いでその何倍ものアフリカ人が殺されたとも言われています。そんなことに目を瞑る歴史論議など、どこに真実を見出せるというのでしょうか。
Vagabond氏の所論は、歴史解釈のスケールの狭さにおいて、終始「井戸の中の蛙」論議であり、議論が噛み合わないのは致し方ありません。福地先生が言われるように「狭い見解の独白」にすぎないことをあらためて確認しました。
過般の戦争は、政治・軍事戦略という面から見れば(日本に限らず)愚かな面もたくさんありました。しかし、どうしても抗することのできない歴史的宿命の壁に阻まれたこともたしかです。歴史評価は「宿命」を考慮せずして談ずることはできません。小林秀雄はそのことを理解できる数少ない知識人の一人でした。愚かさも悲しさも飲み込んで、祖国の来し方を、愛情をもって理解しようとする努力。歴史学習とはそういうものではないでしょうか。福地先生の所論「昭和の戦争」は、そのように読むべきではないでしょうか。
これからの国づくり、人づくり・・は、日本の長い歴史を貫いて流れる「日本文明」の底力をどう認識するかにかかっていると思います。「日本文明観」「歴史観」には、これから世界の模範になるものがたくさん包含されている、というのが、世界の偉大な知性の直感であります。
そのような観方が確固としたものであれば、日本人が中国に「位負け」することもないでしょう。歴史の浅いアメリカの思想的縛りにあうこともないでしょう。
日本人のDNAの原点はそこにあり、『国民の歴史』も『新しい歴史教科書』(初版)も、日本人が久しく忘れてきた思考の原点、自国の価値を教えるものでした。大雑把に言えば、日本人は戦後この方、自分の頭で、まともに日本国の来し方、日本の歴史を見つめてこなかったのです。
国家観、歴史観、主体性・・・・易々と他国の批判に合わせるべきではありません。
ところが、聞こえてくるところでは、すでにコキントウと安倍氏は、水面下で10月以降、日中首脳会談を約束した。中国は靖国問題批判を控える。日本は首相(安倍氏)の靖国参拝(8/15)を控えることにした・・・と。
日本はまだこれから、長い時間をかけて、日本国民の意識の再生運動と、覇権国との政治的妥協を繰り返しながら迷妄の旅を続けるのでしょうか。
Posted by: 皇都衛士 at 2006年08月30日 23:55
>vagabondさん
早速のお返事ありがとうございます。
誤解を誤解ときちんとお認めになりました。そのことに感心しています。
今まで大勢の皆さんとvagabondさんは絡みあってこられましたが、そのほとんどのみなさんから貴方は意志の疎通が出来ないと判断されていらっしゃるようですね。
それは、ここは誤解、あるいは飛躍ではないか?という問いかけに対し、今回の貴方の対処とは異なり、かたくなに自分の解釈を固執されてきたからではないでしょうか。
今から福地先生の論文に対して反証をなさろうというのですから、まずはもつれた糸の最初に戻り、ご自分の論旨の中に人が指摘するような飛躍があったか、なかったか、その点を確認しなおしてみてはいかがでしょうか?
Posted by: 長谷川 at 2006年08月31日 09:28
皆さんの遣り取りが煮詰まってきているようです。メイン・ディッシュは之くらいにしてサブ・メニューから一品こさえました。お口直しに御笑覧頂ければ幸いです。
永田町のノイジー・マイノリティー加藤紘一が8月29日永田町の外人記者クラブで日本社会で進行している”個人の浮遊化”(floating individuals)をナショナリズムの拡がりと結び付けようと、おそ松君的論理を展開しました。
三島由紀夫氏は晩年、石原慎太郎との対談の中で、 戦後日本の保守陣営が易々と「左翼に食べられちゃたもの」として第一がナショナリズムだと述べています。
加藤紘一が、家庭・地域・職場というコミュニティが崩壊しそれらとの絆を失った個人がナショナリスティックな行動に向かいやすくなっていると錆びた警鐘を鳴らしていたのは上の三島氏の鋭利な分析を裏付けています。
自宅の焼失で世間やマスコミの同情を引き、それを言論封殺的な右翼の跳ね返りの犯行だと糾弾して、健全なナショナリズムの高まりを邪悪なイメージに転化しようと躍起でした。
犯人が車に残していたのは『SAPIO』ただ一冊と繰り返し強調していたのはその意図からであることは明らか。
火付けの犯行者は65歳の初老であり、戦後生まれの若者・中高年を含めた殆どの日本人は思想を背景にした過激な行動に向かうような教育を受けておりません。 頭が空っぽで自制心のない者は思想的な熟慮を経た行動には出れません。
そんな者どもの”浮遊化”が引き起こす凶行は破廉恥か短絡的な犯罪が関の山。新聞の三面記事や週刊誌の中吊広告に踊るタイトルを見れば判ります。
因みに三島氏は上の対談で左翼に食われてしまった第二は反資本主義、第三は反体制的行動、四つ目のごちそうはまだ取られていない、”天皇”だといっています。四つ目の”天皇”は、現在に至るまでの間は左翼に取られていませんが昨年から今年にかけて累卵の危うき目に遭いました。
秋篠宮第三子ご誕生を期してその攻防が再開されるのでしょうか。
三島氏は、左翼は利口で天皇という丸薬を食ったらたいへんなことになるから飲みたがらないだけで自分はこの丸薬をじっと持っているんだと述べ、対談相手の石原に”(三島さんは)天皇を座標軸にする日本人”だと呼ばれていました。
ここに至って左翼は「天皇制」を”女系天皇”という異質な要素、喩えればがん細胞誘発因子を皇統のDNAに組み込み、数十年かけて二千年連綿と繋がれた皇統を溶かし消し去ってしまおうと遠謀を巡らしています。 ”天皇”を護り”天皇を座標軸にする日本人”であり続け歴史・伝統・文化を継承するには保守にも深慮が必要なときだと思います。
Posted by: しなの六文銭 at 2006年08月31日 10:55
しなの六文銭さん>
あの加藤宅を襲撃したのは単なる新宿にたむろう暴力団じゃないでしょうか。警察の調べが徹底され背後関係がわかればきっと解明されると期待しています。
vabagondさん>
>いつもながら松井さんの文章から「要するに~」を読み取ることが難しいのですが、私なりに「日本人は洗脳されやすい民族だ」という風に解釈します。
<いつもながら松井さんの文章から「要するに~」を読み取ることが難しいのですが>は正直な感想でしょう。私に言わせればいつもながら勉強不足をこっちにもってきて貰っても困ると何度か書いていますけど。初めから「私や貴方は洗脳されやすい人間だ」と書いたら貴方の嫌いな決め付けになるでしょ。実際には私は明示的には書いていませんが、日本人の習慣に従って暗示的に書いているだけですけど。
私なら<日本人は洗脳されやすい民族だ>でなく<日本人は洗脳されやすい民族だを意識化する>をとりあえずの作業仮説として理解してもらってもいいと考えるでしょう。わずかな違いですが随分意味は違います。面倒だから説明しませんが。
>明治維新後日本では「江戸時代は後れた時代だった。明治時代は全く新しい時代だ。古い殻を捨て、新時代に適応しよう」という風な宣伝が広くなされたと聞いています。これを後世「明治維新史観」と呼ぶ人もいます。
これも一種の洗脳です。
~
>明治政府の「洗脳」は一世紀以上かかって少しずつ「解けて」来ているようです。
まではとりあえずいいでしょう。
やっと貴方が洗脳があったということに実証的に認めたことは認めましょう。ただ貴方がそのシステム的怖さを自覚したのを認めたわけじゃない。また私自身も実際に敗戦前の日本が弱肉強食を是としていたかどうかを認めたわけじゃない。
このわからなくなった原因の一つにGHQの焚書坑儒があったことは事実ですが、日本側も歴史を見れば前の時代を否定することでなかったことにする習慣があるからますます実証的に調べる方法がないから苦労します。そういう意味でGHQが隠そうとした書籍を再読することは前の時代の考え方や価値観を再発見するにはいい方法だろうと私も思います。私の趣味は落語や歌舞伎など古典芸能で江戸時代の黄表紙や明治時代の講談本などを古本屋で読んで、こりゃ江戸時代は暗黒時代というのは嘘だなと実感的に思ったものです。
明治以降戦争終結まで日本が「弱肉強食を実践していた」かどうかもよくわかりませんと書きましたが、もしかすると日本は日本で違ったやり方をしただろうと私も思うからです。中国で満州国を建てたのは侵略だという論立てがありますが、中国の歴史から見ると万里の長城以北は中華ではありません。詳しくは書きませんがもしもこれを認めないと沖縄や八重山諸島は中国領土になってしまいます。それどころか日本が中国の属領であると言い出しかねないからです。清王朝も漢民族が作った国家でなく異民族である夷が作った国家です。そして蒋介石自身が無主の土地であり日本の言い分を聞いてもいいとまで考えている証拠があります。かといって満州国に国家の独立した主権があったかどうかは判断を保留します。
南京事件のような大虐殺は中国の歴史では何度となくありましたが日本ではせいぜい織田信長の比叡山の焼き討ち程度でしょ。そして日本人は中国の民族性を聖人が生まれた土地の民族だと思い込んでいたのですから。
もっとも外国の評価そのものが逆転するのは日常茶飯事です。日清戦争後に中国に対する評価は逆転し、今度は敗戦後に逆転し、中華民国との条約を違約して中華人民共和国と日中平和条約を結んでまた逆転しました。この不思議なメカニズムを明らかにしないといけないと私は考えてます。
もしかすると日本文化の中に言論統制は日本語の中に存在するかもしれないのです。特に日本文化の中にある「小異を捨てて大同につく」という考え方や「集団主義」と決め付けられる「人間の関係性を絶対視する文化」の中にありうると考えています。だから政治家ではなく言論人である西尾幹二が「小異を捨てて大同につく」という言葉に嫌悪感を持ってもそれは理由のあることだと思います。私は個人主義より集団主義が嫌いではないですが、これを意識なしでイデオロギー的に使うのは嫌悪感を感じます。
日本の幼児教育は人=親を信じることから始まります。聖書にあるような人間は原罪を持った存在であるという前提からは始まっていません。私は懐疑主義に何とも言えぬ違和感を感じますが、おそらく根底に何か懐疑主義(何でも疑いを持って当たる)に反する価値観が潜んでいるのでしょう。
だからといってそれは米国の洗脳を是と認めたわけじゃない。
従って
「日本人の価値観というのはかなりの幅で揺れているのです」を認めますが、それが米国の洗脳を是とする話にはなりえません。
というのは「どうして日本人の価値観がかなりの幅で揺れている」という理由はどうしてなんでしょう。メカニズムがあるはずです。
そこに意識が向かないと以下の論立て
>アメリカの「洗脳」のうち我々が受容れるべきものと、そうでないものとがありそれを峻別する作業は非常に大切です。
は米国が洗脳を日本劣化目的でやっていなくて、善意でやっているという前提がありますから受け容れません。憲法の話も同様です。
>現行憲法は第九条を除けば特に問題はないと思います。
一例をあげれば私は前文に大きな問題があると見ていますけど。憲法9条を否定しているから前文の平和の根幹は否定しているのでしょうけど、それだけでなく前文の国家観は日本人の特殊な性善説で彩られた人間観をそのまま国家観に当てはめただけで、受け容れやすいだけの話だからです。個人を国家に当てはめるなという議論はもう繰り返しません。米国にとって日本人の国家観がその特殊な人間観の類推で好都合だからでしょ。まさか憲法前文に近代國際社会は「弱肉強食を是としている」とは書けないでしょうけど。
<日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって>の部分はまるで日本で平和と秩序維持をもとめた江戸時代に作られた人間の関係性を説明する文章のようです。
<平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。>の部分は「和を愛する日本国民の公正と信義を信頼して、その集団にわれわれの安全と生存を保持しようと決意した」と集団主義的に書き直しても違和感はありません。まだ他にもきっと地雷が埋めてあると思いますよ。
貴方は自習で勉強したとのこと。どういう著者のどういう名前の本か知らせていただけませんか。そんな多くの本を読んだわけじゃないけど。勉強した本をまさかGHQの洗脳を批判する本じゃないでしょ。
余談:保守系の人間で多くの?商人が国家意識がないと書くかたがいますし、私は多くかどうは知りませんがそういう人間もいるだろうとそれに賛成しますけど、国家が国民を守ってくれないのなら、また世界が
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