バーゼルに住む若い友人平井康弘さんから家族旅行の写真を添付したメールが届いた。今年はヨーロッパも異常気象で、熱波の襲来らしい。早くも会社を閉めてバカンスへとくり出す人が相次いでいるそうだ。
ご一家はアイガーやユングフラウを望みながら3時間ほどのハイキングをした後、宝石のように輝くエシュネン湖に出るとそこは断崖絶壁に囲まれ、反対側の湖岸に見える滝に近づくには手漕ぎのボートで湖を横断しなければなりませんでした、と楽しそうに書いてこられた。写真を見るとなるほど絶景である。佳き夏の日々であるようだ。
そして下欄に追伸として、バーゼル市立美術館が開催したハンス・ホルバイン展を見て来ました、と書いてあった。メトロポリタンやルーブルや大英美術館など至る処から彼の作品を集めての展示ではあるが、バーゼル市立美術館所蔵のものがやはり主流をなす、とも書いてあった。「エラスムス像や死せるキリストの絵は先生のご教示で私にとっても思い出の作品です。案内のパンフレットを後日送らせていただきます。」
間もなくパンフレットが送られてきた。見覚えのある作品が細長い紙の表にも裏にも並んでいた。あゝそうか、と私は思い出をまさぐるように画像を眺めては独りで合点していた。
私のバーゼル初訪問の若い日の記録は「ヨーロッパを探す日本人」の名で日録にも掲示させてもらったが、ホルバインを見たのもたしかあの初訪問の折である。そして、死せるキリスト、正しくは『キリストの遺骸』(1521-22)を見て衝撃を受け、文章を認めた。
私の処女作『ヨーロッパ像の転換』の第11章「ヨーロッパ背理の世界」の結びにこのときの強烈な印象が綴られている。旧著を知っている方はご記憶にあるかもしれない。しかし若い読者はこの本をもう知らないかもしれない。
昭和43年(1968年)11月号の『自由』に掲載されたと記録にある。バーゼル初訪問から二年ほど経っている。33歳になったばかりの8月か9月かに書いた文章だと思う。少し気負っているのは若さのせいとお許しいたゞきたい。
ホルバインの世界が私の処女作と今私がやっている著作との二つに期せずして関係していることを友人の手紙は思い出させてくれた。
つづく
Posted by Nishio at 2006年07月29日 17:22
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あの・・・墓の中の死せるキリスト(Der tote Christus im Grabe)は、画像を貼ったほうがいいと思います
私はああいう絵は大嫌いなんですが、画像を貼らないとドストエフスキーがショックを受けたという、ある種のおぞましさがわからないと思います
もとは、祭壇絵ってことですから、キリストへの帰依のために、バテレンが洗脳に使った? ひょっとして
↓キリストの屍骸を見たい人はどうぞ
http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/holbein_grabe.html
管理人より
リファラ制御が入っているのでリンク先をメインページに変更しました。
元々のリンクはページ左の下記リンクです。
【全体図】
拡大表示
Posted by: てっく at 2006年07月29日 19:31
暫く本ブログにご無沙汰していましたが、久々に見るとVagabondさんの意見を巡って関係者の間で火花が散っていました。斜め読みですが面白く拝承、皆さまの財政経済知識に種々教えられるところも多々あり関係各位に御礼申し上げたい気持です。
そもそも何で争論に発展したのか考えてみますと、Vagabondさんが西尾幹二先生のリニア鉄道発言と、それとの関連で「狂気の首相」という観方にご納得されていないが故に、西尾先生に失礼な言辞を吐いたということかと思います。言い分はそれなりに理解もできますが、西尾先生のブログで長々と発言されるならば、ここはVagabondさんが一言「失礼しました」と下手に出るのが良識というものでしょうね。
東埼玉人さんが冒頭、Vagabondさんを叱正し、布袋和尚さんが思いあまって同じ気持ちを吐露されたのも無理はありません。Vagabondさんの傲慢さは否定できませんし、閲覧者の大部分が同じ思いを持たれていることでしょう。Vagabondさんはたぶん、ただ言葉がすべっただけではないでしょうか。
日本の戦後における重工業産業の発展、新幹線プロジェクト・・これらが戦前の軍事技術が踏襲されていることは否定できません。西尾先生が「日本政府は戦略的に動こうとしない」と言われましたがそのとおり、トロン計画の挫折がその典型と言えましょう。JR東海の葛西敬之会長がリニアモーターカーの技術を明かされましたが、軍事産業が憲法などの制約下にある日本においては、このような技術こそが日本のコア技術であり、我が国政府が戦略的に育て上げるべきであることは言うまでもありません。しかも電磁技術は我が国がリードしており、アメリカが宇宙産業を最重要の国策としているように、電磁技術は日本の戦略技術といっても過言ではありません。リニアモーターカーを世界に先駆けて日本がまずは国内で実用化することが求められます。西尾先生の発言は戦略的に考えれば真っ当な意見であり、遅きに失したきらいもあります。それをVagabondさんは「カネを考えない机上の空論?」などと、まるで中学生をからかうような論を展開したことが、そもそもおかしいのです。二人の大人の争いに対し、聖徳太子の「和の精神」をしたり顔に、小学生に諭すようなもので、それこそ笑止千万というものです。だいたい財政措置を西尾先生が考えない筈がないでしょうに。
Vagabondさんは一例として「本四架橋3つ」の無駄遣いを挙げ、リニア鉄道も同じ類と断じました。一例が悪すぎて話になりません。本四架橋は当初から経済循環が保証されないとして批判されたものですが、リニア鉄道は国の大動脈でその比ではありません。重さが違います。東埼玉人さんは8兆円を、GDP比約1.5%として、さほどの額ではないと言われました。21世紀をリードする国策事業と考えれば、そういうことになります。男女共同参画でいかに無駄で国家破壊的な金が使われているかご存知ですね。トータル約9兆円とも聞きます。本気になれば、国家予算をゼロから仕分けし直し、かなりの費用が捻出できることも事実なのです。それこそ小泉流のリーダシップが求められるでしょう。
機械計算課長さんの論立てが実に淡々と歴史的事実を踏まえ、政治的スケールで日本の戦略を紹介されました。リニア鉄道の実用化に対しては「夢ワクワク」の感を与えてくれました。戦略を伴った国策事業とは、こういうものなのです。「技術だけなら実験線で十分だろう・・」は、なんと夢のない話だろうと私は思います。「ロケットが発射できるかのような話ですが、できるわけがありません」ともサラリと言われますが、幼稚なツマミ食いではないですか。実験線と実用線とでは、当事者意識において大きな差があります。NASAのスペースシャトル発射を見ても、タイルの剥がれなど、予期しない事象が次々と出てきます。その克服過程において、実験では得られない微妙な技術の蓄積が得られるのです。「実験線で十分だろう・・」などという発想では本当の技術者は育ちません。若い技術者が可哀そうというものです。それは、これから戦争などあり得ないのだから、ミサイルは不要だ、というかつてのサヨク政党の考え方と変わりません(今でもいますね)。
「なぜなら、80兆円の一般会計予算が今後税収で大きく膨らむことはあり得ない」は中身を大胆に再仕分けすることも考えるべきです。「今後予算編成がだんだん難しくなることは明らかで、要するに無駄な出費をなくす、減らすことがきわめて重要な課題です」・・これは家計的発想で、国家における戦略的発想から程遠いものです。
聡明なVagabondさんならお分かりでしょうが、かつての日本は貿易立国でした。つまり国を発展させるために、物づくりを基本に貿易収支を充実させようということでした。ところが2005年上半期以降、所得収支が貿易収支を上回るようになりました。つまり企業が外国投資のあがり(利子、配当、売却益など)で帳尻を合わせようという傾向が顕著になったことを表します。かつての「物づくり日本」はどうなったのか懸念される現象でもありますが、エコノミストはこれを、2005年以降、日本が貿易立国から投資立国になったと言います。ある意味、それはかつてイギリスが19世紀以降たどった道であり、イギリスが通過戦争において、アメリカにその地位を譲り渡す歴史でもありました。
これからはBRICS、つまりブラジル、ロシア、インド、中国が非常ない勢いで工業立国として台頭してくる。日本が工業立国の地位をいつか彼らに譲る日がくることを予感させるもので一抹のさみしさを覚えますが、仕方ないでしょう。しかし日本は技術的には相変わらず超先進国です。先端技術の核はしっかり把持しています。その意識をしっかり持って、常に技術の蓄積に努めれば、日本がBRICSにそう易々先を越されることもないでしょう。幸いに日本の企業はいままでかなり浮ついていましたが、最近になって「物づくり国家・日本」を強く意識し始めました。これからの世界は「資源」「エネルギー」「水」とも言われます。中国は「水」問題で将来が危ういとも言われます。世界中の資源、エネルギーを買いあさっても、水で崩れるかもしれません。未だに「治水」に手をやいている現状をみると、国も単なるGDPや軍事力だけで世界を制するものでもない、と考えさせられます。
リニア鉄道の実用化も、この流れで考えれば、国策として大きな意味があることお分かりいただけるのではないでしょうか。
今の若者はかわいそうですよ。政治も経済も、はては文化領域などでも今の大人たちのスケールが矮小化したため、雄雄しい「夢」を持つことができません。道徳のタガも緩んでいます。ホリエモンも村上も、ある意味、時代の被害者という言い方もできます。これも先輩世代の人物が矮小化し、夢を語らず、道徳面での影響力も減退したためでしょう。
私も最近、若い人たちと「言葉が通じにくい」もどかしさを感じることがしばしばあります。一人ひとりが、「塾」を興し、雄雄しい日本人を育て上げる気概を持つべきでしょう。
21世紀日本は、貿易立国(工業立国)から投資立国ではなく、より高度な貿易立国(工業立国)であり、かつ投資立国・・という気概をもって国富を増やし、高齢者大国なりの雇用形態、そして若い人にはギラギラした分野で頑張ってもらう。高齢者は彼らに無い今までの豊富な経験、ノウハウを認識し、社会に還元すると同時に、若者を精神的にサポートする。そんな社会風土を急いで創る必要を感じます。
昨夜は数十年振りに両国の花火見物に行き、ホテル屋上で数人と楽しみました。印象的だったことは、男女の浴衣姿が目立ったこと。外国人のお嬢さんまでかなりの数、浴衣姿を楽しんでいました。伝統文化がまだ日本社会に息づき、花火大会は見物人の心をひとつに結んでくれます。なぜか嬉しい気持になりました。占領軍が日本社会から「祭り」を無くさなかったことが唯一の救いであり、日本再生の秘訣をここに感じたのは、私ひとりではないでしょう。
「狂気の首相」・・・あらためて本を再読して意見を申しあげます。
Posted by: 皇都衛士 at 2006年07月30日 03:06
皇都衛士さん
誤解ないように申し上げます。
日本の財政状況に鑑みて「リニアは無駄使いだ」といったつもりです。
いいですか、「中国の東シナ海進出は止まらない3」で、私がいろいろ書いていることは、
日本の財政事情が危機的な状況にある、だからわずかな無駄使いも許されないのではないか、
ということです。
さらに西尾さんのご意見は「ロケット技術のためにリニア新幹線を」ということでした。
以上二つの点から反対の意見を述べたので、何故傲慢なのか理解できません。
以上の2点がなければ、例えば、財政状況が良い(GDPに占める累積債務比率が
EU並みの40~50%程度であるなど)、またリニア新幹線が(ロケットのためではなく)
それ自体国家プロジェクトとしてきわめて重要である、ということならば私は(リニア新幹線建設に)
賛成します。
私が「リニア新幹線は無駄」といった根拠を崩す、
納得できる説明がなかったから取り消しはしません。
皇都衛士さん、私を傲慢と非難される以上、少なくとも財政上の疑念を晴らしてください。
(他にも無駄使いがあるじゃないか、は理由になりません)
そもそもハンス・ホルバインとどういう関係があるのですか?
Posted by: vagabond at 2006年07月30日 15:04
皇都衛士さん
私の長文を読んでくれてありがとうございます。
経済の問題はてっくさんにお任せしてこっちのスレッドに書き込みをしておきます。
経済合理性は大事ですが、経済合理性を絶対視すればホリエモンの法を犯した点での非難はあっても、そんな強く否定できないはずです。また中国へ願望する短期の経済合理性を追求する経済界の主張を否定できなくなります。私は経済合理性が絶対じゃないだろうと論じているわけです。
私は営利企業で生きてきました。したがって経済合理性の重要性は体感的にわかっていますが、経済合理性だけがすべての解決手段ではないわけです。しかし経済合理性は数量的に把握できるものなら意義がわかりますが、ほとんどのイノベーション(新製品の開発、新生産方式の導入、新市場の開拓、新原料・新資源の開発、新組織の形成などによって、経済発展や景気循環がもたらされるとする概念)といわれているもので特に技術革新は予測できないからこそ発展性があるとしたものです。一例をあげれば誰だって携帯電話を出会い系に使うなんて思わなかったでしょう。工場で改善活動を行って商品に作り上げるというのはコアは地道な改善活動ですが、明らかに新生産方式の導入になるのでしょう。逆に日本で戦後に米国から導入した目標管理制度や事業部制度などはあんまり大きな成果を挙げていませんけどね。
問題は経済合理性だけじゃないぞという意味で私は敵対する中国という視点であの投稿を書いたのですが、残念ながらvagabondさんには理解されていないようです。
(以下余談)
中国の目的と現在わかっている弱点を考えてみれば日本の優位はその技術革新というか技術改良への指向があると私は考えています。そういう目で見ればリニヤというものは経済的な効果だけでなく技術波及の効果も大きいでしょう。だから中国との競争という面から見ても重要技術だと私も思うからです。これ以外にも重要技術はあると思いますが。トロンでも結局トヨタを中心とした自動車の制御で花を咲かせましたが、ロボット技術や微少化技術やそれに伴う省エネ技術や使用した商品の廃棄技術にも日本が花を咲かせうると私は期待しています。
日本は成長期のように大量生産で自転車操業でも赤字でもやっていける世界ではなくなっているわけです。日本の場合は下っ端から中間層の意識が高く、そういう意味では技術はしばしば部分最適化に進みます。現在の多くの家電の新商品は20年から30年かけて熟成してきた技術が花開いたわけで、この部分最適化指向を私は否定的に見ていません。付加価値から考えると川上の研究開発や試作専門やコアの部品を作成する工場が国内に存在し、それをユーザーに使ってもらいながらかつその声を収集する川下のプロセスが大事なことは言を待ちません。それは量の拡大でなく付加価値という目で私が見ているからです。
Posted by: 機械計算課長こと松井康雄 at 2006年07月30日 20:28
松井さん、
【問題は経済合理性だけじゃないぞ・・】と言われますが、勘違いされていませんか。
私は財政問題として考えています。。
経済と財政は、共通部分もありますが、別のものです。
私には「経済合理性・・対中国・・」として理解する能力がない、
と受け取られているのではないでしょうか。
Posted by: vagabond at 2006年07月30日 22:41
あの・・・バガボンドさん
いつになったら気付いていただけるんでしょうか?
あなたが・・・
もう一つ質問ですが、EU加入の条件として債務残高の比率(債務残高÷GDP)を3%(もう少し大きい?)でしたか、に収めるというのがあったようですが、あなたの言われる理屈では意味のない条件でしょうか?
とおっしゃり、
先にEUの例を出しましたが、GDPに占める債務残高の比率(以下「債務比率」といいます)が3%の場合と日本のように100%を超える場合とでは、同じ論法では論じられないのではないかと思います。
と、念押しをされたのに対し、私はやんわりと・・・
これは、コメントのしようがありません。
どこから数字を拾ってこられたのですか?
と、書きましたよね?
にもかかわらず、いまだに
例えば、財政状況が良い(GDPに占める累積債務比率がEU並みの40~50%程度であるなど)
とか、
皇都衛士さん、私を傲慢と非難される以上、少なくとも財政上の疑念を晴らしてください。
とか・・・
あなた、まともに物を調べてらっしゃった上で意見を述べてないでしょ?
自らの無謬性を信じるなと申し上げてるのに・・・誤謬に気付いてらっしゃらない
相手のメンツを考えて、いつか気付くだろうと遠まわしに言ってもダメなようなので、ハッキリ書きますね
まず、あなたが勘違いなさってたのは、マーストリヒト条約から始まって、ニース条約で強化されたERMⅡの参加基準
ちなみに、こうです
金利-長期金利が、物価上昇率(インフレ率)の最低3カ国(加盟国中)の平均値から2%以内であること
為替-ERMⅡ(為替相場変動メカニズム)に参加していること
ERMⅡの通常変動率以内を、最低2年間維持すること
為替相場の切り下げをしていないこと
財政
財政赤字-国内総生産(GDP)の3%以内であること
政府債務残高-国内総生産(GDP)の60%以内であること
物価-物価上昇率(インフレ率)が、インフレ率の最低3カ国(加盟国中)の平均値から1.5%以内であること
ちなみに、以前申し上げたのは、マクロ経済環境の改善の話です
名目成長率が長期金利(10年国債利回り)を上回っていれば、財政は好転する条件にある、ってやつです
で、マクロ経済環境が改善を目指したうえで、今度は、ストックとフローの両面でリ・ストラクチャリングに取り組むわけです
で、あなたのおっしゃっているのは、歳出・歳入というフロー面の「改革?」、つまり歳出カットの話において、EU諸国がマクロ経済と調和させようとしている財政ルールについて、少しだけ述べているわけです
しかし、日本の場合はフロー面だけでなく、ストック面の豊かさに着目しないと、単純にEUと比較しても意味がありません
というのは、我が国の政府債務残高の対GDP比は、先進国の中で一番高いんですが、一方で日本の政府資産残高も高いんです
例えば、日本の政府資産残高の対GDP比は150%程度ですが、アメリカは15%程度、一ケタ違います
また、ユーロの国々と比較しても、このように圧倒的なんですよ
各国政府の金融資産残高(対GDP比)
ついでに言うと、特別会計は50兆円ほどの余裕を持ってます
これは経済財政諮問会議でも検討されていますが、「各特別会計の改革案」として、継続中の事業を除き新規事業を行わないことを前提として、資産・負債差額(いわゆる清算バランス)の推計額がちゃんと公表されてます
これが最近言われている、いわゆる「見えない資産」です
以下は、私がよく見に行くサイトからの引用です(手抜きとも言う)
結論
・日本の財政は危機的ではない。市場参加者が正しくそのように認識しているからこそ、国債金利は低い水準で推移している。
・既存債務は大したものではないので、インフレによるその実質価値減少には大した意味はない。重要なのはこれから生じる政府債務をどうするかということ。
・政府債務の急激な増加は、人口構造のシフトによるもの。シフト期間だけでその負担をすべて賄うよりも、多世代にまたがって少しずつ賄う方が合理的。2012年までにプライマリーバランスをゼロに戻すという日本政府の目標は、現在世代に過大な負担を押付けるものであり不適当。
・将来的な国民負担率見込みを考えると、社会保障支出水準などをEU諸国並みにするならEU諸国並みに上昇するであろうし、一人当たりGDP成長率と同程度の伸び率にとどめるのであればほぼ現状どおりで問題ない。
この結論に私も同意します
ちなみに、IMFがこんな報告書を出しました
「日本はデフレ脱却、力強い回復軌道」IMF報告書
Posted by: てっく at 2006年07月30日 22:50
皇都衛子さんの「ハンス・ホルバイン・・」のところで見つけて、場違いと思いながら反論を書きましたが、やはりおかしいのと違いますか?
大体、関係のないところへ他人への非難を書くというのは、
このページを開いていなければ私は知らずにいるわけです。
また、テーマと関係のないことを書き込むことも、それこそ主宰者の西尾さんに失礼ではありませんか。
Posted by: vagabond at 2006年07月30日 23:26
皇都衛士さんに大賛成です。
私は経済・防衛などの専門的なことは恥ずかしながら、全くの音痴です。皆さんが一生懸命に論じておられるのが「お国のため」となれば、私もお仲間に入れてもらえるかしらとまたお邪魔に来ました。
「食べて寝る」だけの人間は味気ない。夢を持って、できるかできないか分からないが、多少大風呂敷でもいい広げてくれる人のほうが、「うぅん?面白そうだぞ」と楽しみを与えてくれます。楽しみのあるところにはダイナミズムが生まれます。物を作る事がマニアックなほど大好きな日本人。この国民性は宝物です。経済が世界第2位の国になって、若者も持っている日本人のDNA(宝物)をどうして伸ばしてやらないのでしょう? 大人の側の問題でしょう。 度胸・勇気・判断において、腰が引けている。失敗したら妻になんと言われよう? 男が弱くなったのか、女が強くなったのか、それとも男も女もお互いに愛することを、人を愛するって何かを遠いところに置き忘れてきたのか?
皇都衛士さんのお言葉。
【今の若者はかわいそうですよ・・・。これも先輩世代の人物が矮小化し、夢を語らず道徳面の影響力も減退したためでしょう。 一人ひとりが「塾」を興し、雄々しい日本人を育て上げる気概を持つべきでしょう。 高齢者は彼らに無い豊富な経験、ノウハウを認識し、社会に還元すると同時に、若者を精神的にサポートする、そんな社会風土を急いで創る必要を感じます。】
大大大賛成です。この事に私の人生の全てを賭けてもいいなぁと思ってしまいます。若者が「喜んで何かをする」のを見ているのは嬉しいものです。
私事ばかりで恐縮なのですが(自分のことは上手く話せます・・)
私の家に息子の友達(仏人高校生)が来、挨拶が終わり、私が台所で野菜の皮をむいていたことが分かると、彼等の≪目にとまったら≫、彼等は必ず「お手伝いしましょうか」と言います。「あっそう、じゃお願いね」と、喜んでしてもらいます。適当なところで「ありがとう」と解放しますが・・・≪目にとまったら≫声をかける義務(?)がある社会です。だからメトロで妊婦さんを見たらすぐ席を譲ります。仏国社会ではすぐに権利と義務とヒューマニティが言われるのですが・・・言わないと手に入らないから・・・でも、行為としてさっと席が一つ空くのは見ていて気持ちがいいものです。息子の友だちは家で母親の手伝いをしているかと言えばしていないと思います。でも、≪目にとまったら≫次の行動ができるのです。小さい時から大人の会話と行為の中で培われてきた結果なのです。
息子は、親戚や私達の友人の家で、お世話になることが度々あるのですが、「一宿一飯の恩義は身体で返してきなさい」と私たち親は彼に言明しております。息子が「茶碗を洗うよ、おばちゃん」と。優しいおばちゃん達は「いいのよ、いいの。座っといて」と。息子に、いいと言われても行動しなさいよと。数日後息子がお世話になったとお礼を言うと、「○○ちゃんが台所手伝ってくれたのよ!」と反対に感謝されること度々。日本女性は男性のお手伝いに「こんな嬉しいことは無い」というほど喜びました。このことを私はまた、息子に「おばちゃんが凄く喜んどったわ!」と伝えます。
一つの行為が親戚中で知れ渡り、息子は行く先々で褒められたそうです。そうすると、茶碗洗いを止めるわけには行きません。嫌でもしなくてはね。家で普通に我が儘な息子でしたが・・・。
人は褒められて成長します。特に思春期から青年にかけては後々の人間関係という環境にも影響します。
日本からの若者も我家によく来るのですが、一緒に夕食のテーブルを囲みながら、仏人若者のいいところ、台所を手伝うということを、何気なく話題に出します。主人もそれに上手く乗ってくれます。だから、後片付けはお客の若者とともにすることが多いのです。「一緒にすると早く片付くね。ほんとに助かったわ」と褒めちぎります。「おばさんが喜んでくれた」ということを心の片隅にでもいい、持って日本に帰ってくれるといいなぁと。
若者は待っています。 さぁ、ビシビシ鍛えてやりましょう!
西尾先生が、「ヨーロッパ像の転換」の11章「ヨーロッパ背理の世界」の結びに
【 信仰の生きていた時代こそ、信仰の危機も生きていた時代である。近代人はイエス・キリストを「物体」として描く、ことさえもできないのだ。ドフトエフスキーの言いたかったことはそのことにほかなるまい。言うまでもなく、「物体」と言う観念が勝手に一人歩きしはじめ、物を蔽い、目を曇らすからである。現代は生の不安を蔽い隠すあらゆる遁辞に満ち、外的現象に救いを求める人に満ちあふれているではないか、彼もそう言いたかったかもしれない。・・・・】
【一方に、現実から遊離した単純きわまる理想主義者がいるかと思えば、他方に、現実改変への如何なる意志も持たない安易に妥協的な現状肯定論者がいる。実用に耐え得ない空理空論と、実用にしか価値をみない現実主義と、この二つは同じ相対主義の二面であって、久しくわが国論を二分してきた革新と保守の両極への硬直もまた、現実と戦う厳しさと同時に現実に何かを賭ける遊戯精神をもそなえた思想のほんとうの自由と言うものに、日本の湿潤な精神風土が不慣れであることと無関係では無いだろう】
(ここまで転載)
西尾先生の魅力を一言で言えば「ダイナミズムを貴方(女)に」と私達に知恵と勇気、とそして元気を下さることではないでしょうか?
先生より若い私達は・・・恥ずかしい限りです。
先生に何をプレゼントできるのでしょうか?
リニアモーターカーの実現は、ダイナミズムさが感じられなくなった日本の社会に夢を与えてくれ、そしてそれは「物作りの日本」にとって面目躍如となり、皇都衛士さんの仰しゃるようにワクワクする事柄です。新幹線とともに、リニアモーターカーは日本のブランドとなるでしょう。ロケットにもせっかくだから使いましょう。天気予報のためのロケットはメイドイン・ジャパンなのでしょうか?
顔を上げて、「空を見ろ!星を見ろ!夢を見ろ!」と、若者とともにワクワクしましょう。
先日コンコルド広場で写真をとっていた夫婦がいて、二人一緒の写真を撮ってあげました。ソニーのデジカメでした。私が「ソニーはいいね」というと、相手もにっこりしてくれました。多分中国人の夫婦だと思います。
日本は【物作りの国】です。
Posted by: その女 ソルベ at 2006年07月30日 23:29
ふと気付いたことがある
ひょっとすると、バガボンドさんと、あっしも含めたみなさんの意見がイマイチ噛み合ってないのは、この件に限ると知識のバックグラウンドが違う・・・言い方が難しいな、要するに「日録」だけ、しかも片言隻語を捕らえるか、他の本も読んで「考え方(思想)」として理解してるかの違いがあるのでは?
日本人は何に躓いていたのかって本にもリニアの話がある
そこにこうまとめられてる
私がいいたいことは、軍事転用の可能性が高いので、国家の重要な産業は守ること。それと同時に、日本の技術は非常に高度なものを含んでいるのでアメリカに対する防衛も必要である。これが一番必要かもしれない。日本人にはこの危機感が乏しいのです。(以下略)
もともと、これが頭にあったから、別にそこから話が派生しても、なんとも思わなかった・・・
つーか、実験のための実験だったら無駄だよね、かえって
rational fool は嫌だなぁ、あっしは
アジアの人で初めて、ノーベル経済学賞を受賞したインドのアマティア・セン先生が、日本は「国の経済は貧しかったが、時には予算の四〇%以上を教育につぎ込んだ」って褒めてたな・・・
で、財政と国家100年の大系、つーか、国策は違います
ここでいろいろ書いてますが、実は私は心情的には功利主義とか市場原理主義とは一線を画してます
あえてリンクは貼りませんが、「アマティア・センという人 倫理経済学」ってエントリ書いてみましたんで、読みたい方だけ、というか、日本的価値観が好きな方だけご覧になってみてください
Posted by: てっく at 2006年07月31日 04:08
ハンス・ホルバインとは全く関係のない書き込みを、今後、するつもりはありません。
「中国の東シナ海進出はとまらない 3」に書き込みました。
管理人さんはどう考えておられるのか・・・?
Posted by: vagabond at 2006年07月31日 17:32
Vagabondさん
相変わらずというか不思議というか。今回も話が途中で変化しているわけです。
私を勘違いと疑うのはいいですが、もともと経済(観念)という言葉を使ったのは私でなく貴方だったと思いますが、違いますか。
貴方は経済の問題じゃなくて財政の問題を議論しているという意味ですね。財政という意味は辞書では「国または地方公共団体が、その存立を維持し活動するために必要な財力を取得し、これを管理・処分する一切の作用。2 個人・家庭・団体などの経済状態。かねまわり」と書いてあるからそれも貴方は日本国家財政の問題を議論されているのでしょ。
国家財政は経済(人間の生活に必要な財貨・サービスを生産・分配・消費する活動。また、それらを通じて形成される社会関係。金銭のやりくり。「わが家の―は火の車だ」費用や手間のかからないこと)活動の一つですから、また国家財政の場合は破産がない点が特異ですが、私の論は国家財政の場合でも適用できるはずです。考えて御覧なさい、国家財政の根幹である年度予算は政策によって決定されます。政策は政治経済福祉軍事教育などの広範囲にわたり決定されるものです。
私はてっくさんの論を素直に見ていますが、貴方と違いてっくさんは始めから国家財政の話をしています。
そして私自身も小泉政治の功罪の一つの功と評価される「銀行の不良債権問題の解決」とその結果で生じたとされる「景気の回復」という点につき、本当に功であったのか、またその政策によって日本の景気は回復したのかを説明が欲しいと書きました。これも貴方のおっしゃる国家財政の話なんですね。
実は私はこの小泉首相の功といわれている二つの問題の明確な回答は見たことがありません。なんとなく小泉の財政政策が効いて、そうして景気がよくなったように見えますが、銀行が不良債権で消化不良になったのを解消させたからだという論以外は私の無知を恥ずべきばかりです。勿論貴方からも回答はありませんでした。これは小泉政治の財政評価で重要な問題だと私は思いますし、貴方にも関心があるだろうと思い書いたものです。また貴方が盛んに論じている子供たちに負債を残すなという論立てでも小泉首相は何かやったんですかね。国債の発行枠を決めたまではいいですが、結局最後はこの点でも彼は公約違反をしています。その貴方が小泉財政を良く評価するのはどこかに矛盾がないですか。小泉首相が公約を守ったとかろうじて言えるのは郵政民営化と自民党の派閥の破壊でしょう。郵政民営化もこれも実際には指摘されたグローバルサービスを含めた各種問題が解決されているのかどうかは今の時点ではわかりませんけど。貴方のお好きな経済合理性から考えれば国家が地方へのサービスとしてやってきたのと同じサービスが出来るわけがないからです。
私の想像ですが、西尾先生はこの銀行対策で結局米国に不良資産を抱えた銀行を売ってしまって、その銀行が早い時期に株式再上場をして米国が多額の上場利益をあげたのを見て強い危機感を持ったのかもしれません。あることで成功した人間は同じことを郵政民営化でやりかねないという危機感ですね。何せ世界最大の民間銀行が成立するのですからそれを安く買い叩ければ米国は御の字でしょうし、中国より日本が大事にされていると喜んでいる状況じゃないと私は判断しますが。
結局今の時点では貴方は西尾先生の批判をしていても実質的には何か意味のある批判をしているのではなさそうだと判断せざるを得ないと私は考えますが。
Posted by: 機械計算課長こと松井康雄 at 2006年07月31日 18:20
本当は最新のエントリーに投稿すべきなんでしょうが、やはり賑わっている場所に書くことにします。
キリストの横たわる姿はあまりにも凄い。凄いの他に思い当たる言葉が見つからない私の感性はたぶんかなり品がなく貧しい限りなんだろう。
「物体」という音に物凄い意味合いがあるのは確かだ。近親者の死体を前にした初めての体験を越えるインパクトがある。
どんなに冷静に親や子供の死体を見ても、やはりここまで死体を物体化して表現することは不可能だ。ましてや信仰という魔力の基、果たしてそれが可能だろうかと、疑問を持つのが当たり前な現代だ。本当に怖いのは、出来もしないそれを無理して取り入れようとしているように写る現実なのかもしれない。
現代人の真の姿から推察すれば、到底この絵が描かれた時代の冷淡かつ計り知れない心の迷いを、簡単に理解できる可能性は薄い。
「死体」を「死」の現実と見ることは今も可能だが、「死んだ物体」とまで扱う「余裕」と「真の信仰の深さ」の存在は疑わしい。
現代は「死」という一つのインパクトを、自分以外の認識に頼って受け入れないと、感情が冷静に働かない魔病に襲われている。
つまり、その死んだ物体が自分一人では「死んだ」と認識できない弱さがある。誰か他人が「死んだ」と発さねば「死んだ」と理解できないわけだ。
現代は個人の主張が強まり過ぎたと周りは表現するが、私はそう思わない。
結論は常に逆で、どんなに形だけ強がっても、最後はしっかり他人に頼る。
因みにキリストは急所を突かれて死んだのではなく、出血死という生殺しであった。それを知れば更に「物体」という表現が重苦しくのしかかってくるのだが、いずれにせよあの眼は死にながら生きているようにさえ見えて仕方がない。
この辺に私の現代人らしさが隠し切れないでいるのは確かである。
PS:普段の私に似合わず、生意気口調の文章表現を使わせていただいたことをお許しください。
Posted by: あきんど@携帯 at 2006年07月31日 19:55
>vagabondさん
エントリーが新しくなれば、どうしてもコメントが流れていきます。四角四面の決まりはありませんが、確かに関連エントリー内のコメント欄を利用する方が適当かもしれませんね。
ただ、もう話が始まっているのであれば、ホルバインに関係なくても、そこのコメント欄を利用してもよいと思います。
Posted by: 長谷川 at 2006年07月31日 21:53
長谷川さん、
(ホルバインと関係のない)話が始まっているのであれば、と言われますが、皇都衛子さんの書込みがそもそもの始まりです。
私はホルバインについては全く知りませんし、関心もありません。
だから普通なら読まないのですが、全く偶然に私を非難する皇都衛子さんの書き込みを見つけたのです。
コメントをクリックしなかったら非難がそのまま通り過ぎていったでしょう。
これでよいのですかね・・・?
あなたが管理しているのですから、それに従いますが、後で困ることが起こりませんか。
Posted by: vagabond at 2006年07月31日 23:11
管理人さんのお許しが出たのでここに・・・
最終レスのつもりで。
元々、バガボンドさんが、「どうやらこの先生には経済観念というものがないらしい。」とか「先の小泉改革に対する評価といい、今回といい、どうも経済観念に乏しい議論が多いようだ。」などと、データも根拠も具体的にはお示しにならずに口先だけでの批判をし(主観的印象評価)、それに対する皆さんのコメントへのわけのわからないレスポンス。
あっしからみたら、批判のための批判にしか見えない、不誠実な態度というかなんというか、そういう風に見受けられまして・・・
それでも、突っ込んでみれば実際には何らかの具体的データに基づく論をお持ちなんだと思い、やり取りしてみました。
で、わざと揺さぶって、ちょこっと意地悪してました(スミマセン)
でも、もう十分でしょう・・・これ以上は気が引けるので。
バガボンドさんおっしゃるところの
「例えば、財政状況が良い(GDPに占める累積債務比率がEU並みの40~50%程度であるなど)」
「私を傲慢と非難される以上、少なくとも財政上の疑念を晴らしてください。
(他にも無駄使いがあるじゃないか、は理由になりません)」
について、実ははじめから一目瞭然の答えがありました。
この手の話をする人なら、誰でも知ってることだとは思うんですが・・・
我が国の予算は、予算の全貌を明らかにする観点から、企業の場合なら内部取引に当たる部分についても、財政法第14 条により、その歳入歳出につき各々その総額を予算に計上することとしています(総計予算主義)。
そのため、それらの歳入・歳出を単純に全て積み上げると、実質的な国の財政規模をはるかに超えた額になってしまいます。
例えば、一般会計から公共事業関係の特別会計へ繰入れを行い、その特別会計でダムを建設した場合、ダム建設費に相当する一般会計の歳入額(一般税収等)とともに、その特別会計にも重複して同額の歳入額(一般会計からの繰入額)が計上されることから、総額ベースでは倍の収入があるように見えます。
同様に、歳出についても、特別会計の歳出額(ダム建設費)だけでなく一般会計にも同額の歳出額(特別会計への繰入額)が計上されて倍の歳出があるように見えます。
したがって、一般会計と特別会計を合わせた実質的な国の財政規模を見ていくには、会計間取引額がすべてそれぞれの歳入・歳出に計上された額を合計した「総額」ではなく、総額から会計間の取引として重複計上されているものを除いた「純計」で見ていく必要があるわけです。
図で表すとこうなります。
総額ベースと純計ベースの違い
一般会計と31ある全特別会計の歳出額の総額から、会計間相互の重複計上額を除いた純計ベースの国の財政規模は、平成18 年度予算では、歳入で289.5兆円、歳出では258.7 兆円となっています。
で、実はこのままじゃ諸外国と直接比較はできません。
我が国の歳出純計額258.7 兆円には、さらに、企業ではコストと認識されておらず、アメリカ、イギリス、フランスなどの諸外国でも予算に含まれていない国債の債務償還費が含まれています。
なお、OECDによる各国比較に用いられる国民経済計算(SNA)でも、一般政府(中央政府、地方政府、社会保障基金を合わせたもの)の支出には、債務償還費や財政投融資等に係る支出は含まれていません。
そこで、我が国の財政規模を諸外国と比較する際には、会計間の取引額などの重複額を除いた純計額からさらにこれらを除く必要があります。
この場合、我が国全体の財政規模は、122.0 兆円ということになります。
で、バガボンドさんがしきりに強調してらした、OECDのデータ等による政府規模(中央政府、地方政府、社会保障基金を合わせた一般政府総支出)の各国比較は次のようになります。
ちなみにこれって、OECDのデータに基づいて、我が国の財務省が作った表です。
一般政府総支出の国際比較(実績値対名目GDP比)
これで、決着はついてしまいましたね。
累積債務については、以前示したグラフは「金融資産のみ」ですから、実物資産も含めると、対GDP比150%になりますんで、プロパガンダ用?のグロスではなく、ネットの政府債務残高を用います。
具体的な計数を上げるなら、対GDP比161%というのは過大評価で、対GDP比62%になります。
加えて、政府部門の不良債権推計値79兆円を偶発債務として債務に加算しているんですが、仮に不良債権がゼロと置けば、ネット政府債務残高(対GDP比)は46%となります。
(現在、偶発債務をゼロと置く理由は、調べればわかるはずです)
以上です。
もう、コメントはいりませんが、もしも反論したいのなら、今度は抽象的な口先だけの反論でなく、ご本をお調べになっても結構ですから、具体的な論をここに引いてください。
それであれば、それについて一つずつ潰していきます。
ついでに余談を
なんでこんなに分かりにくい会計のやり方をしてるんだと思いますか?
しかも、単式ですよ単式。
これ、みんなが文句言うところなんですが、実は起源は日露戦争にまでさかのぼります。
要するに、現金主義である予算・決算と、企業会計の考え方を活用した財務書類を比べた場合、金額として最大の違いが出てくるのが国債整理基金特別会計の支出です。
この国債整理基金特別会計ってやつは、明治39年に、日露戦争後に多額の公債を抱えることとなった明治政府が、公債管理の状況を内外に明らかにするために設けた特別会計なんですね。
金引っ張らなきゃいけないから、外国から・・・
Posted by: てっく at 2006年08月01日 03:24
てっくさんのご高説に対する無駄な反論を「中国の東シナ海進出は止まらない 3」に書きました。
特会を持ち出せば、墓穴を掘ることになりませんか。
Posted by: vagabond at 2006年08月01日 17:23
バガボンドさんのコメント
http://nishiokanji.com/blog/2006/07/post_354.html#c4054
「特別会計も含めれば、日本の政府債務比率は62%程度なんだよ。参ったか?」
といわれ、頭のよい人は違うな、と感心するやらあきれるやら・・・。
あきれたのは私・・・
実質的な国の財政規模を見ていくには、「総額」ではなく、総額から会計間の取引として重複計上されているものを除いた「純計」で見ていく必要があります
といってるんです。
つまり、純計ベースで見ないと意味がないと。
ところがですね、特別会計には一般会計とは桁違いの不透明部分があって、どうやら「表」に出ない部分で、
とんでもない額の返済不可能の支出があるようです。
TVなどで報道されていますが、社会保険庁が何とか特別会計で何百億とする娯楽施設を建て、
大赤字になって二束三文で売り払ったじゃないですか。
これも氷山の一角。
まったく・・・あなた、自説に固執して、見たくないものは読んでないでしょ、まともに
グーグルパーになりなさんなよと最初に書いてます
「特別会計」でググって(検索して)出てくる代表的なところ・・・全部知り合いです
つまり、そんなことは念頭に置いた上で話してます
依存症の独り言さんの、利権の巣窟→特別会計の闇
お付き合いのある人だから、この人のエントリを貶してるんじゃないことを先に断っときます
で、ここで挙げられてる「闇」ってのは、大枠の中の個別案件
私と話をしてたのは大枠の話
で、「闇」を一つずつ潰していけば、大枠の話の中の支出が減っていくだけのこと
そんなことすら、わかりませんか?
ついでに、このエントリのこの部分
やっと、ブラックボックスにメスが入り始めた。この流れを加速させなければならない。
国庫予算239.7兆円に地方予算を加えると、297兆円にもなるとされる。
そして、貞子ちゃんの連れ連れ日記さんの、ブラックボックス予算 特別会計で小泉内閣を切ってみる。
国の歳出の純合計242.4兆円に 地方の予算を加えて 国から地方への補助金・交付金などの重複部分を差し引いた額 つまり日本中の『官』界が司る支出は2004年度は297兆円にもなる。これだとGDP比はさらに上昇して 約6割に達する。
この割合をどう評価するか 諸外国と比べてみると 欧米の主要国、米・英・独・仏の平均は40%程度なので 日本の突出ぶりは明白である。諸外国から『日本は最も成功した社会主義国』と言われても仕方が無い。
私のここのコメントに、ちゃんとこう書いてます
実はこのままじゃ諸外国と直接比較はできません。
我が国の歳出純計額258.7 兆円には、さらに、企業ではコストと認識されておらず、アメリカ、イギリス、フランスなどの諸外国でも予算に含まれていない国債の債務償還費が含まれています。
なお、OECDによる各国比較に用いられる国民経済計算(SNA)でも、一般政府(中央政府、地方政府、社会保障基金を合わせたもの)の支出には、債務償還費や財政投融資等に係る支出は含まれていません。
そこで、我が国の財政規模を諸外国と比較する際には、会計間の取引額などの重複額を除いた純計額からさらにこれらを除く必要があります。
で、またもや口先だけの主観的批判、いいかげんにしなさいな
せめて、こういう最新の数字を自分でお調べになってからモノ言ってください
特別会計の資金の流れ(平成18年度予算)
他人様の文章や、松浦武志の本、しかも具体的に何も出してこない・・・多分まともに読んでないか、理解ができてないから・・・は、おやめください
もう、いいですから・・・どの程度の人かわかったんで
こういう受け答えをされるのは、あなたの頭の良し悪しをバカにしてるんじゃありませんよ、誤解のない様に
あなたのその態度が問題なんです
だから、恥をかかせるようなことをこちらも書かなきゃなんないし、あなたも子供のようなイヤミしかいえなくなる
真っ当な人には、こちらも誠心誠意頑張ってお答えしますが、そうでない人とは、時間の無駄です
追記:
財務省サイトより
主要な公的債務の現状とその管理を巡る課題について
④ 政府保証
政府の特殊法人等に対する債務保証は、原則禁止されており、法律の規定があることと、各年度予算において保証限度額についての国会の議決を得ていることを条件に、極めて限定的に行われており、戦後付された債務保証が履行された事例はない。
政府保証の平成11年度末残高(実績見込み)は、52.1兆円である。
なお、特殊法人等が、政府保証なしでの資金調達を行う場合に、市場においては、いわゆる「暗黙の政府保証」が存在しているとの指摘もある。これに対し、公法人の破産能力について法律上明文の規定を設けることにより「暗黙の政府保証」を明確に否定すべきとの意見、今後、特殊法人の破産能力等について検討するに当たっては、その公共性にも配慮し、その存在意義まで踏み込んだ検討を行うべきとの指摘もある。
これに関する、既に知識のある人間で行った議論
マーケットの馬車馬さん 郵貯:改革の理由(番外編) 財投機関債のお話
財投機関債には「暗黙の政府保証」があり、特殊法人は不当に低い金利で資金を調達できてしまっている恐れがある。
しかし、10年前にはこの暗黙の政府保証があった(と金融市場が考えていた)が、現在はこの問題はある程度解消している。
引用した意味は、わかりますね?
つーか、あっしもそんなにヒマじゃない
自分で調べて勉強してください
マジであなたはもういいよ・・・こっちになんのプラスにもならん
うちのブログに来られる方のご意見聞いてた方が、はるかにタメになります
あなたがペシミスト気取るのはいい、ただし、たいへんだぁ~って叫ぶだけで、何の対案も出てこない
唯一出たのが「倹約」「倹約」の一点張り
せっかく上向きになってきたGDPを落としたいのか?
Posted by: てっく at 2006年08月01日 18:33
どうか私のような頭の悪い人間にかまわないで下さい。
わたしのような「固い」人間には、簡単には返せそうにない借金を「悪」とする気質からは抜け出せません。
国であろうと個人であろうと・・・。
借りたものは返す、こういう庶民の道徳律に反する理論にはどうしても納得できません。
あなたがどれほど説明されようと(説明を求めたつもりもありませんが)
リニア新幹線でさらなる借金を重ね、財政事情を悪化させることには賛成できません。
この部屋の方々はあなたの理論をよく理解され、リニア新幹線は必要だと思っているのでしょうね。
財政問題については、歴史の審判を待ちましょう。
Posted by: vagabond at 2006年08月01日 21:44
とりあえず、経済関連のレスはこれで最後になると思います。
大体において、わかりやすいと勘違いして国を家計に置き換えて説明してるマスコミに罪があるんでしょうが、
それに何の疑念も抱かずに、そのまま自分で調べもせずに鵜呑みにした挙句、一種の原理主義にまで昇華させて、
少しでも・・・会話の中の話の弾みなんていうことは全く考慮せずに・・・他人様の言葉尻をとらまえて
「経済観念に乏しい」などと斬って捨てることをして恥じない、それはどこからくるのか考えて見ました。
多分そういう人は「経済の循環」とか「三面等価の原則」と、その例外条件というものを知らないんだと思います。
一言で言えば、生産=所得=支出、これが三面等価の原則です。
それだけじゃ乱暴なので、リンク先を読んでください。
経済コラムマガジン 経済の循環(その2)
ここの説明を引用-漏出について
しかし現実には、経済循環から漏出するものがある。一つが貯蓄である。人々は所得の全部を使うことがなく、一部を貯蓄する。特に今日のように希望退職者が多い時代には、退職金も大きくなっている。この大きな退職金を一遍に使うような人はいない。しかしよく考えてみると、退職金の原資は、企業が生産所得である(土地を売却して原資を捻出するケースもあり、この場合は別の考えをすることになるが、これについては今週号では省略する)。もし所得や退職金の一部が貯蓄されるとしたなら、生産物が余ることになり、経済の循環が狂うことになる。
これを経済循環のモデルで説明する。所得の10%が貯蓄されるケースで考える。500の所得の10%の50が貯蓄され、支出は450になる。支出が450になれば、生産も450に減少し、所得も450に減る。さらに所得450の10%が貯蓄されるため、支出もさらに45減り、405になる。二巡目の循環では、生産も所得も405とさらに小さくなる。この動きは所得がゼロになるまで続くことになる。このような貯蓄という漏出が存在する限り、経済はどこまでも縮小を続けることになる。
貯金が悪いといってるんじゃありません、日本人のお金がバクチ場へ向かうことは良しとしません、これは単なる次のステップへの説明です。
リンク先の分の中にある、乗数効果というのは、ややこしいんで割愛します。
漏出というのは、ほかにもありますし、注入というのもあります。
しかし現実の経済はこのモデルよりずっと複雑である。漏出も貯蓄だけでなく、税金や輸入がある。一方、注入には投資だけでなく政府支出や輸出がある。小さなものでは、保険料のローンの返済は漏出になる。また一口に投資と言っても、民間企業の設備投資以外に、政府の公共投資や民間と政府の住宅投資がある。
ただ単純なモデルで説明してきたように、漏出より注入が小さくなれば、経済は縮小に向かうということである。また現実の経済において、貯蓄が投資にうまく回るには、銀行の仲介機能が大事になる。ところが今日銀行は国債ばかりを買っている。このように貯蓄が投資に回らない場合、その分は政府支出と言う注入が代わりに必要になる。国債を発行して資金を集めても、それが財政赤字の補填だけで、注入に使われないなら経済は縮小する。
まあ、詳しくはリンク先を読んでください。
大きくは、間違ってませんから。
要するに、国家と家計を混同して、「オレは緊縮でいくんだ」なんて人は・・・それって、家計ならそれていいんでしょうし、誰にも迷惑はかかりませんが・・・国家の場合は出すべきものは出さないと、萎んでしまって、かえって抜き差しならなくなります。
ややもするとすると、その語感に惑わされがちですが・・・別に、倹約が美徳ではないってことです。
もちろん、無駄はなくすべきでしょうし、特別会計の闇なるものについては、去年の郵政選挙のときに、こちらでも、うちのブログでもさんざん叩いたことです。
特別会計の闇をつついて殺された、石井こうきさんの娘さんのターニャさんにもお話をお聞きしましたし、他人に言われるまでもなく、よくよく知っています。
ムダはいけませんが、出すべきことにはカネを出す、こいういことです。
ただ、それがリニアなのかどうかは私はわかりませんが。
本当にそれを選ぶんであれば、きちんと検証すれば言いだけの話、頭ごなしに「財政難でそんな余裕はない」という話ではないというだけのことです。
そういう人は、今後の新幹線や高速道路にも、どうか大きな声で反対してくださいな、あちらの方が目の前にある暴挙です。
Posted by: てっく at 2006年08月02日 08:45
で、私は麻生太郎支持者を自負しているんですが、彼は口の悪さやマンガ好き、またはタカ派ということしか知らない人がいます。
前回の総裁選のときの演説ですが、限られた時間の中で非常にうまいこと言ってます。
「絶望は愚者の結論」
早い話が、今までお金を銀行から借りていた企業が返すようになってきた。今まで年間約50兆円借りていた企業が、いまは20兆円の返済超になっております。したがって、銀行は貸す相手がいない。50兆円借りていた人が20兆円返済するんですから、70兆円の差が出たということです。
加えて、我々日本人は勤勉に働きますから、所得のほぼ平均8~9%は貯金される。全くしない人もいらっしゃいますから、約1割は貯金をされるということです。
したがって、金融機関には金が入る。これが、いまの一番の問題でして、企業(銀行)から逆にお金を貸す相手がいなくなってきたという状態というのは、いまの状況を示している一番忘れられている点であろうと思っております。
この状態をこのまま放置しておいたら、たぶん日本では大デフレーションになっていたはずです。その大デフレーションが起きなかった最大の理由は、その銀行にある資金を政府が借りて、公共投資として使ったからです。これが、忘れられている点だと思っております。
1200兆円という資産が目減りしたにもかかわらず、国民総生産がこの10年間で平均1%、この10年間で13%のGDPが伸びた背景は、この財政の出動です。他方、結果として、日本は666兆円といわれる国債の借入金を負うことになりました。GDPで120%を超すという点が指摘されているところですが、この種の話をされるときには、借金と同時に債務の話もしていただかないと、債権と債務は両方一緒に考えていただかないと、公平さを欠きます。
借金をするためには、当然のこととして、それに見合う担保なり債権というものがあるはずです。その払いが幾らあるのかというお話も併せてしていただかなければ、公平さを欠きます。
日本の場合は、明らかに世界最大の債権国家ですよ。外貨準備高も世界一、経常収支も黒、挙げればいろいろありますけれども、そういったものを差し引いて、いま日本の債権を総債務から引いた残りは幾らかといえば、EU先進諸国とほぼ同じ程度の比率なんだといって、日本だけが極端に悪いわけではないという事実も、ぜひ記憶に止めていただかねばならぬことだと思っております。
私ども日本だけが、ひとりだけ悪いわけではありません。借金とうものの量の話ばかりされず、その中にある質の話もぜひしていただきたい。
日本の借金の質というのは、すなわち利回り、金利のことです。日本では666兆円というものを出しながら、日本の国債の金利はいま1.39%だと思います。ちみなに、よく比較されるアメリカは、今年4.92になっていると思います。よく比較されましたイタリアも、一番最悪のときに財政再建を要求されたときは、実に13%の金利だったんですから、財政再建をせざるを得ない状況にあったことは明らかです。
しかし日本は1.39だという点も、ぜひ理解をしていただかなければならんところであって、いまの状況をこのままほうっておいたら、ずーっと増えていくという状況がいいといっているつもりは毛頭ありません。しかしいまの状況は、それほどムチャクチャに悲観しなければならんという状況にはないのだという点も、ぜひ申し上げたいところです。
少なくとも、いま日本では、金利は安い、土地は安い、工事費は安い、加えて工期も短いという状況下においては、金を借りる元気のない企業の中にあって、政府は日本の未来のために、将来の子どもたちのために、むしろ先行の投資をすべき。
公共投資の中をよく選べばいい、区別しなきゃならん、いろいろ表現がありますが、少なくとも超高速の光ファイバーを設置する、世界中の先進都市といわれる中で、国際空港が一つしかない国は、日本以外ありません。したがって、国際空港は整備されるべきです。(以下略)
以上、他の人とは違った面でも太郎ちゃん支持の麻生太郎マンセーブロガーでした。
Posted by: てっく at 2006年08月02日 08:47
お金は社会の血液、止めたらアカン・・・貧血気味です^^
ありがとう、てっくさん勉強になりました。
Posted by: 銀一 at 2006年08月02日 10:07
勉強にはなったんですが・・
「vagabond」さんが、西尾先生の記述に噛み付いた(?)事から始まった、主として「てっく」さんとの論争を、興味を持って読ませていただきました。過激は「てっく」さんのキャラと思いますが、こうした論争は素人にとって大変有意義なので喧嘩はしないで下さい。
私個人は、以前のコメントでもちょっと触れましたが、国家プロジェクト的な財政出動は、一概にムダとは言えないと言う立場です。しかし、「てっく」さんのような学識を裏付けにしていたわけではありませんので、一般国民が殆んど理解していないだろうと思われる国家経済や国家財政論について勉強させていただき、逆にますます難しさが募ったともいえます。
マスコミに登場する方々の議論も解説も,大方「vagabond」さんの言われるような論旨で展開されます。たまに専門知識のある方が、「てっく」さんのようにきちんと説明しようとすると、難しい話をするなとばかりに遮られます。当然、国民は難しい論議は敬遠し、国家財政も家計も同じ感覚で捉えます。だから、心情的に「Bagabond」さんの主張をよしとされるかもしれません。というよりも、専門家でも家計を例に出して説明しますから、専門家、政治家でもそう思っている方が多いのかもしれませんし、国家財政の本質を分からないようにする事が、国策ではないかという気もします。
私は、こうした議論が交わされる時に考えるのは、頭がいいといわれる北朝鮮のキム首領が、経済の本質を理解せず、国家を家計的な発想で捉えているために発展を阻害しているのではないかということ、もう一つは、国家財政と地方財政は基本的に違うのに同一感覚で語られるのはおかしいのではないかと言うことです。国家は「てっく」さんの如く、自治体は「vagabond」さんの如くあれと思うのですが、的外れでしょうか?
Posted by: 田舎のダンディ at 2006年08月02日 11:19
私はあきんどではありますが、だからといって経済学を語れるほどの資質はありません(知識が無いと言う方が適切かな?)。
ですから、一国民としてバクッと語らせてください。ただし色んな面で大目に見てください。
ハガボンドさんが心配されている点は、大まかに言えば、これ以上国民に不安を与えるような公共投資は止めてほしい・・・という認識で良いのでしょうか?
仮に私の認識が正しいとして語らせてください。
それから、てっくさんに一言。
貴兄の知識は確かに素晴らしいと思いますが、正直私には半分も理解出来ません。
なんと申しましょうか、聖書を読んだ事がない者に、聖書の中身を矛や盾にして説明しているイメージが先行しているように感じます。
出来れば多くを示さず、解りやすい部分を解りやすく説明していただきたいです。例えば一般会計とはなんぞやという基本が知りたい方もいるはず。
さて、リニアカーの例を上げて西尾先生は防衛というスタンスからの必要性を述べられました。
ところがそんな無駄になりそうな開発はやめろとバガボンドさんは語る。
そこで、一つ別の角度から語らせてください。
(貴方が感情で抵抗されているようなので、私も感情で説明させて貰います)
日本人にとって水は只・・・という概念が強いのはご存知でしょう。
でも最近は少しばかり水の大切さが意識され始めました。
以前はたんぼが至る所にあり、台風や洪水が起きてもたんぼがそれを吸い取ってくれました。
ところが減反や住宅街の増築でたんぼが減り、天災被害は増すばかりです。
そこでなんとかその対策が必要だとなり、上下水道の整備が急激に進められたわけですが、ご存知のように汲み取りから水洗にするには50万円ほどの費用負担がかかります。
今は住宅地の分譲はそれらの費用込みで売られるケースが多いですが、古くから立ち並ぶ住宅街の場合は、そうした費用を受け入れざるを得ません。
つまり下水道工事は自治体の先行投資です。
さてそこでなんですが、先行投資した以上は、それがいずれ活用されなければならない。つまり、住民が貯蓄や分割支払いで下水道の権利を買い上げなければならない。
問題は、そうした公共工事を住民が受け入れられるかが問題であります。
中には未だ支払いが不可能で汲み取りのままの方々もいますでしょうが、大体は受け入れられています。
つまり、日本という国の豊かさを表す一つの材料と見て良いわけです。
ところがお隣り韓国や中国の場合、マンションなどの大型建築物では下水管理が行き届いていますが、一戸建ての場合は汲み取りのままが多いのだとか。
この現実から判断しますと、大袈裟な言い方になるかもしれませんが、お隣りさん達は、政府から信頼されていないと見る角度も有りではないでしょうか。
生活に密着した基本中の基本が疎かなんです。
ですから、当然いつまでたっても政府を信頼する意識は国民レベルで生まれてこないと判断できませんかね(同時に政府も国民を信頼できないのかも)。結局呼応が生まれないのですよ。
それに較べ、日本はまだレスポンスがある国だと言えませんか。
なにしろ新幹線が出来た時も、ある種の総動員的な国民の理解があった。
ところが防衛に対する意識がいつの間にか薄れていくのと同時に、新幹線事業のもう一つの顔が消滅しはじめたと言えます。
確かに当時も新幹線が軍事に繋がる技術があることなど、知らなかった人が殆どだったかもしれません。
でもどうでしょう。まさかこの技術が蓄積努力なくして出来上がったとは誰も思わなかったはず。
よくもこんなものが出来上がったものだと感心したはずです。
そして、いつかこのスーパーカーに乗りたいと誰もが思ったはず。
こうした感情が私達現代人は忘れているんでしょうか?もしもそう考える事に固執なさるなら単なるアマノジャクではありませんか。せっかく使える技術とそれを受け入れる要素が残されているのに、単なる消極的な感情でその辺にある高速道路と同じ扱いにしてしまうのは、考え方の基点があまりにもずれている。
もう一度思い出してください。たんぼが無くなり水処理が必要になって、自治体がそれぞれ勇気をもって先行投資した気概を。
この線上にリニアモーターカーの必要枠は乗っかっていると私は思うんですが、如何なものでしょう。
ここ数年自衛意識は高まりつつあります。
このスタンスを受け入れた場合と、そうでない場合は結果が違うわけです。
単なる運賃だけに留まらず、国のために役立つ支払いが伴うと知れば、考え方って違ってきませんか?
ご存知だと思いますが、新幹線開発に関わった技術者が、種子島のロケット開発に受け入れられた現実は重いですよ。
Posted by: あきんど@携帯 at 2006年08月02日 19:14
なんか、田舎のダンディさんのコメントで脱力しました
「vagabond」さんが、西尾先生の記述に噛み付いた(?)事から始まった、主として「てっく」さんとの論争を、興味を持って読ませていただきました。過激は「てっく」さんのキャラと思いますが、こうした論争は素人にとって大変有意義なので喧嘩はしないで下さい。
あなたはそのようにしか理解なさらなかったのですね。
最初から書いているように、議論のための議論、くだらない勝ち負けのためのレトリック・・・時間の無駄です
最初から個人を攻撃してるんじゃありません、「怠慢な態度」を批判してるんです、それとその中身を
どうして、決してヒマじゃない・・・というか、恐らく一般的な方々の倍は忙しい(これは自業自得なんですが)私が、わざわざ他所のコメント欄に出向いてまでコメントしたのか
だらだら書いても仕方ないんで、このブログのエントリ読んでください
弾さんの 404 Blog Not Found:日の丸が親方である限り
民主主義国においては、「失敗の所有者」は国民である。そこにおける役人は、国民の代理人に過ぎない。政府の失敗は、国民の失敗なのである。
しかし、日本の有権者は、「国の失敗」を「自分たちの失敗」と見なしているだろうか?
明らかに、見なしていない。
我々は国の失敗を糾弾する。それに関わった役人の失敗を糾弾する。しかしその「失敗録」の開示は、それほど求めないし、また開示されてもそれは糾弾の材料にはされても反省の材料にはされない。
貼り付けた意味がわからなければ、それで結構です
過去の失敗から何かを学ぼうとしない限り、今後もどこかで愚痴を言うだけの結果が待っているだけです。
それまで、経済評論など一切されてなかった西尾先生が、世の中に起きる事件に経済の占める比重が大きくなってきたとき、突然、経済評論をなさいました。
経済評論ですから中身については賛否両論ありましょうし、失礼ながら、部分的には若干消化不良のきらいがないこともなかったとは思います。
ただ、論文に散見される名前を見ても、山崎養世、野口悠紀雄、そしてトンデモをも含めれば浅井隆等々
本を読むにしろ、直接話を聞くにしろ、どれだけのエネルギーが要るものか想像できますか?
むしろ、あの短期間にあれだけのことを書けるという、その理解力と、費やした労力、恐らくその裡にあったであろう決然たるものを想像するに、脱帽せざるを得ませんでした。
齢70の、しかも門外漢の先生が、国家の大事には、「あれは専門外」だと逃げることをしないで、あそこまでなさった。
恐らくは、もっと若いであろう、時間の自由もあるはずの方たちが、その様を見て何も思わないんでしょうか。
ある人は、その何分の一かの労力をも割かずに、口先だけの批判、ある人は訳知り顔で調整者を気取る。
「学識なんか、関係ないんだよ、そんなものは
1人の人間が、最初から何でもわかる・・・そんなスーパーマンでなんか、あるもんか
そうじゃなくて、本当に国のことを思うなら、訊けよ、探せよ、調べろよ
今日は他人の言葉でも、消化して語ってるうちに自分の言葉になるんだよ
このままじゃ、一体誰が次代につなぐのか」
まあ、そういう想いでコメントしてました。
それでは、自分のブログに戻ることにします。
Posted by: てっく at 2006年08月02日 19:23
これまでてっくさんのご高説をありがたく聞いてきた。
理解しようと努めたが、私の能力では無理だった。
例えば、累積債務は60%ほどだという理論。
ところで、てっくさんのブログをチラリと読んで、財政に関する彼の説を理解する必要はないと感じた。
例えば「「A級戦犯」なんていう虚像を作り上げたのは誰?」なんてコメント読むと、
理解することが良いのか悪いのか分からない。
理解したからどう、しなかったからどうという問題はない。
しかし、麻生太郎さんの意見は理解できた。
また、こことは別に政府には債務があるが資産もある、
という意見を他のブログで見た。
金が銀行などに集まりすぎ、しかも借り手がない(ないのではなく、優良企業は借りてくれない)・・仕方なく、
政府が仲立ちして(債務を引き受けて)カネを市中に回しているのだ、これで経済が何とか回っている、
という意見はよく理解できる。
「資産があるじゃないか」という説も筋が通っている。
両者を合わせると、少々無理して(借金を重ねて)も財政支出は必要なのかな、とも思うが、じゃ何として借りたカネを返すのか?
資産を売って返せばよい・・いや、資産(例えば、本四架橋)そのものを渡せばよいかも・・。
会社が倒産したらそういうことになるのと同様に。
財政支出をどんどんやって、景気がよくなれば問題ない。
だけどこれは1990年ごろからずっとやってきた手段
じゃないのか。
リチャード・クーさんによると、今年はじめに要約バブルの清算が終わったらしい。
何でも、借金に懲りた企業は銀行から金を借りようとしないそうだ。
(だから銀行に金がダブついている)
バブル崩壊後と清算後とでは条件が違うが、景気が良くなり税収が増え借金が返せる、
なんてことになれば私は脱帽する。
これは一種の賭けだろう。
GDPの伸びより累積債務の伸びが大きかったら・・・その恐れは非常に強いが・・・例えば30年後
「オヤジや爺さんは、自分達の生活を守るために、俺達に借金苦という遺産を残した」
というのじゃないかな・・・。
そういえば「米百表」の話を思い出した。
リニア新幹線よりも教育のほうが大切ではないかな、と私は思う。
今の教育予算を増やすことではない。
小学生から大学生までもっともっとしごいて、勉強させてこの子らに期待する方が
「急がば回れ」じゃないかな・・?
Posted by: vagabond at 2006年08月02日 23:03
てっくさんご苦労様でした。
私にとっても小泉改革を思い出すいいいきっかけになりました。前からよくわからないことが幾つかあって、小泉の財政改革で評価されている銀行の不良資産問題の解決が本当に竹中のやった政策によって達成されたのかという素朴な疑問がもともとあったのです。まさか大手銀行を安く米国に売ったから他の銀行が恐怖に駆られて預金者から提供された預金を企業に貸すようになったおかげで景気がよくなったとも思えないし。理由のないことではないのですが、不良債権の処理によって銀行が民間の設備投資などの前向きの投資に資金を使うようになったとも思えないわけです。
郵政民営化によって郵便貯金の金が中小企業へ金が回るようになるという願望が世間にありましたが、幾ら考えてもそうなるわけがなかろうと当時から思っていましたし今でもそう思っています。郵便貯金の投資先は殆どが国債です。また大手銀行の投資先の多くも国債が無視できません。
歴史というほどの期間ではないですが、不良債権の処理を竹中政策によって行ったわけですが、この結果従来から黒字であった地方の経済をささえていた地方銀行が赤字に転落し、さらに幾ら不良債権を消化してもそれ以上の不良債権が増えるという悪循環が始まり、幾つかの地方銀行が倒産したのは事実なわけです。
そういう経験がある銀行が、ましてや経験が少ない郵便銀行が投資先を国債から積極的にリスクを背負って日本の製造業の屋台骨である中小企業に金を貸すようになるとも思えないからです。
どちらにしろこの辺りは自分で考えるしかないのでしょうな。
またリニヤの件でも私はてっくさんに近い意見であって、別の基礎技術があるのならそっちへ投資を向けることはやぶさかではありません。
中国と対抗するのは米国のように川上と川下の両方を押さえるのがいいのであって、日本の製造業の現場に大卒出身者が入ってもおかしくはない(ある程度生産能力のある新製品試作工場で作られたノウハウ生産工場で日本は生きるわけです。そして川下で利用者の情報を取得してノウハウ生産工場へ返すわけです)とまで思っています。
以上てっくさんの文章を読んだ感想です。
Posted by: 機械計算課長こと松井康雄 at 2006年08月03日 22:13
良い借金と悪い借金
借金には良い借金と悪い借金とがある。
繰り返すが、返せる借金は「良い」、返せない借金は原則として「悪い」。
借金は遊休資本の活用であり、これによって富が増えることを期待する。
借金という制度がなかったら、経済は発展しない。
国の借金も、良い方向に使えば非常に効果的であるが、単なる「借金を返すための借金」は、
基本的に悪なのである。
話はそれるが、借金には落とし穴がある。
借りた金は「自分のものだ」とい錯覚に陥りがちだ。
そしてなによりも怖いのは、例えば月賦で、一度返却をサボると次の月が大変になり、
返す気力をなくすことだ。
財政を扱う人々には、同様に借金は「また借りればよい。」という安易な気持ち、
錯覚があるのではないだろうか。
尤も、ここまで膨らんだ借金では手のつけようがない、
といった感じだろう。
少子高齢化、若者の気力のなさ(少なさ)など将来の経済にはマイナスの要素がいっぱいある。
例えば地価を見れば、大都市圏以外はみんな下落傾向が止まらない。
多分日本経済は近い将来縮小に向かうだろう。
要するに金回りが悪くなる。
麻生さんは、
【少なくとも、いま日本では、金利は安い、土地は安い、工事費は安い、加えて工期も短いという状況下においては、
金を借りる元気のない企業の中にあって、政府は日本の未来のために、
将来の子どもたちのために、むしろ先行の投資をすべき。】
と言っているそうだが、そのために生じる借金はどうするのか、答えはない。
たぶん将来子供は「余計なもの作って・・。借金はどうするの」と嘆くだろう。
リニアが高い技術を持っていることはよく分かる。
それをいうと、本四架橋も非常に高度な技術が使われているという。
(見学に行くと、誇らしげに書かれている)
「技術」の内容は違うが、いずれも技術の粋を集めたものだ。
時代は変わってきている。
私の感想だが、1980年代以降の日本の繁栄は「特殊」と見るほうが良い。
行き過ぎは「バブル」だけではない。
いつまでも経済発展を言っている時代ではないのではないか・・・。
前に書いたように、今の子供の能力は落ちている。
もっと詳しく言うと、上のほうは高くなり、下のほうは低くなっている。
学力格差が広がっている。
教育環境を抜本的に改め、エリートを育て、底辺を引き上げることによってまた新たな技術革新、
それによる経済発展を求めるべきだと思うが、如何だろうか。
Posted by: vagabond at 2006年08月05日 22:14
ヴァガボンさんへ
【このルームにアクセスするのは「新しい歴史教科書をつくる会」に関心が極めて深いからであり、西尾さんの意見に合致しない人は「つくる会」を語る資格はないというのでしょうか。】
【福地さんの「大東亜戦争美化論」が「つくる会」には相応しないという気持ちからアクセスが始まったわけで・・・】 は貴方のお言葉です。
「つくる会」にどのような関心がおありなのか? 自虐史観でいいと仰るのか?
この「美化論」という言葉は福地先生のお言葉ではなくヴァガボンさんが付けた言葉です。
ヴァガボンさんが、西尾先生や福地先生のお考えに「いや、違う!」と声を挙げられるのはご自由です。そうして何人かの方々との論争があった訳ですが・・・
時々「分かりません。教えてください」と質しておられましたが、論争をされるからには西尾先生、福地先生を充分に調べ(研究して)上げてから「論争はすべからく相手の神を撃て!」の如くなされたらと思いながら、拝見していました。
このブログは西尾先生の「大人の教科書」を楽しみにしている方々が、今度はどんな「驚き」に出会えるのだろうと集う場所でありましょう。心のなかにワクワクが生まれる場所なのです。
ヴァガボンさんも好奇心、そして国を思う心をお持ちゆえ、西尾先生に異論あり!と手を挙げられるのでしょうが、貴方には素直に皆さんのご意見を聞くお耳は持ち合わせてないようにお見受けしました。いうことを聞けという意味ではありませんよ。
分からなかったら、家でじっくり本を読んだりして勉強してからまた尋ねる。もっと程度の高い論争になるでしょう。他の方々と貴方は「何かポイントがずれている」と感じました。
あっ、そうか。ヴァガボンさんはこのブログにいるより、貴方自身がもっと「ワクワク」する他のブログがあるはずと思いました。ワクワクする時間は全てに勝ります。
【 ところで、てっくさんのブログをちらりと読んで、財政に関する彼の説を理解する必要はないと感じました。
例えば「「A級戦犯」なんていう虚像を作り上げたのは誰?」なんてコメントを読むと理解するのが良いのやら悪いのかわからない。】8月02日 23:03 のコメント
貴方の最後のコメントの中の言葉です。論争が始まってからこの日までに時間が相当経っています。
自分が論争している相手がどんな人物(どんな思想の持ち主か)か普通は知りたいものです。てっくさんはブログを貼っておられるのですから、貴方は大分前にピコッと開けて読まれていますよね。
最後のセリフにこの言葉はあまりに稚拙です。このセリフで何がいいたいのか?が伝わりません。
貴方との論争に時間を割いてこられた方々は藤岡先生ではありませんが、「ふざけるな!」といいたくなるでしょう。
A級戦犯について:上坂冬子著「戦争を知らない人のための靖国問題」「償いは済んでいる 忘れられた戦犯と遺族の歴史」 小林よしのり著「いわゆるA級戦犯」「靖国論」「戦争論」 東条由布子編集「大東亜戦争の真実 東条英機宣誓供述書」 などをどうぞお読みになってから、
【 ところで、てっくさんのブログをちらりと読んで、財政に関する彼の説を理解する必要はないと感じました。
例えば「「A級戦犯」なんていう虚像を作り上げたのは誰?」なんてコメントを読むと理解するのが良いのやら悪いのかわからない。】
上記のお言葉を吐いてください。
てっくさんのブログで彼と堂々と論争されたら如何でしょうか? てっくさんはもう、うんざりなさっておられるかも知れませんが。
上記のような言葉は誰でも言えるのです。 以上
Posted by: その女 ソルベ at 2006年08月06日 10:15
へ? まだ続いてたの・・・これ
というか、その読み方ってまたまた勘違いのクレームがつきそう
フランス語読みでなくても、実はdは聞こえるようには発音しないんだけどね・・・相手によっては取り違えによるトラブルの元です
で、いわゆるA区分戦犯の話と財政の話はまったくレイヤーの違う話
馬を指して鹿と言いたかったのか・・・
てことで、それはいいんです、それが変だってことがわからない人はいないはずですから
で、まだ言ってらっしゃったのね・・・借金を返す借金って(笑)
借換債のことなんだろうか・・・
いくらなんでも、60年償還ルールくらいはご存知のはずだろうし・・・
多分、この手の話だと思います
読売の消化不良の人が書いた説明 借換債(かりかえさい)
これは、2008年問題として、うちでも警鐘を鳴らしてたんですが、買入消却することになったんで、結果として借換債の発行額の増加傾向がストップすればOK
どの口が、おこがましくもそれを言う・・・ってホントは言いたい
世代間闘争はするつもりはないけど、それってバガボンドさんの世代が作った借金なんですよ
で、本来、多世代間に渡ってならして償却するはずが・・・実は我々の世代にその負担が直撃
先の子孫の話より、我々に謝ってくれよと・・・言ってもいいところを、あえて言ってませんよ、私は
で、若者の気力のなさって、どの若者のことでしょうか?
少なくとも、私の周りを見渡す限りにおいては、そんな人はいません
で、息子世代をおっしゃってるのなら、とりもなおさず親の責任
幸いにして、今は亡きうちの親は厳しかったんで、しかも先生にも恵まれたもので・・・
なんとかなってます・・・息子は、一応世間様並み以上には
ステレオタイプな不正確な物言いはやめましょう
ま、いまさらどうでもいいんですが、実は私は只今大変忙しい・・・公私共に
1人の人に割く時間はありません・・・ということで、意味のない論争には不参加を表明します
Posted by: てっく at 2006年08月06日 22:01
ソルベさんへ
一般にブログには誰でもアクセスできます。
しかしこのブログは、管理人がおられて相応しいかどうかをチェックしています。
私の書込みが相応しくなければ、ボツにすればよいだけです。私はちっともかまいません。
なお、「つくる会」との関係ですが、私は会費を払っている正規会員です。
つくる会の内紛と非常に深い関係のある西尾さんや福地さんの発言に神経質になるのは当然です。
これまでのつくる会はもちろん、役員は「大東亜戦争肯定論」を主張していなかったように思います。
「反共」で止めておけばよいものを、「反米(反GHQ)」にまで広げるからおかしくなるのです。
A級戦犯に関する本を読まずに発言するな、と言われますが逆に、
大東亜戦争「肯定論」の見落としている視点を研究したほうがずっとためになります。
Posted by: vagabond at 2006年08月06日 22:02
田中康夫さんが落選しました
田中さん「ダムを造らない、借金の山を子どもたちの未来に残さない、と言ってきた(本人談)」
村井さん「借金返済優先で、必要な公共事業をしてこなかった」と田中知事の財政再建を批判。
国が抑制を目指している特別養護老人ホームの整備促進なども公約に掲げた。
だそうです
6年間、田中さんの県政を見てきた、長野の人々のジャッジ・・・さあ、結果はどう出るのでしょうか
いや、一定の短期のジャッジメントがこれなんですがね
その先を見ないと・・・
Posted by: てっく at 2006年08月07日 06:51
てっく様
ネットでの「議論」とはかくあるべきものか、と感服、圧倒されておりました。
vagabond氏という方は、自らの理論や論理の破綻を指摘されてもへこたれません。知って知らぬ振りをしているのか、自分でも気づいていないのかも分かりません。必ず論点をずらしてくる。そして情緒的な面には素早く反応し、最後は居直り、ふてくされ、となります。そうなったときは、すでに「議論」の勝負はついています。つまり、議論の結末は、必ず、vagabond氏の発言で終わるのです。その「最後」の発言に反論するのは無用のことです。
私は、少し言葉足らずに片付けようとしてやや手こずっていたときに貴方が「議論」を引き継いでくださったばかりか、当ブログに貴重な情報をもたらしてくれました。感謝いたしております。
もっともvagabond氏との議論がまともなものにならないと示唆してくれたのは、お忘れかも知れませんが、貴方でした。(福地先生の戦争の評価を巡る議論のとき。)そこで一呼吸おいてvagabond氏のホームページを参照して納得した次第です。
田舎のダンディ氏のコメントに脱力した、と言うことが気になりましたが、当ブロクは自由に幅広い方々が参加していることが特徴です。どうか大目に見て頂きたい。
日本の「再建」のためには、経済の再建が不可欠。そのためには「経済学」の再建が必要です。縮(ちぢみ)思考が当然のことのように思われていますが、日本の潜在的経済力(供給力}からみて(政策如何では)、なお十分に力強い経済成長は可能であると主張している(まともな)経済学者・評論家、そして政治家が、少数派ながら存在します。それらの知恵と力を結び合わせ、一つの方向にまとめていくには、経済を無視している保守派を叱責している西尾先生に、是非ともその役割の一端を担って頂くことが期待されると考えています。その意味からも、てっく様の変わらぬご支援をお願いする次第です。
布袋和尚様
遅ればせながら、エールを送って頂き、力づけられたことに感謝します。どうも有難うございます。
松井様
ぶしつけに失礼な言葉を投げつけたかも知れません。
引き続き、力強い投稿に敬服いたしております。
さて、
vagabondさん、
連合国による占領は、前半の3年と後半の3年余とでは、性格が変わっています。前半は文字どおり日本弱体化一辺倒、冷戦が激化し、中国の共産革命がなった後半は、日本を「反共の砦」として再建する方向に転換しています。
左翼は、前半を肯定的に評価し、後半を「反動化・逆コース」として否定的に評価しています。
あなたは占領を肯定的に評価していますが、せめて前半と後半とに分けて評価された方がよろしいのでは。余計なお世話かと思いますが、老婆心まで。
Posted by: 東埼玉人 at 2006年08月07日 13:44
東埼玉人さん、あなたはかって次のように述べておられる。(07月25日 21:52)
----------------------------
vagabond氏よ
問題をすり替えるな。
君の主張していることは、世の中大多数の誰でもが言っていること
(但しマスコミでもてはやされている限りで、ということだが、)そのオウム返しに過ぎない。
その程度の認識で、人のことを「カネを考えない空論」などと生意気な決めつけをするな、
と言ったのである。
国の借金に対する国民の貸借の問題は、問題の多面性の一例としてあげたのであって、
それがどうしたとは何事か。君自身がよく考えて見よ。(おそらく考える力もあるまいが。)
間違っても、経済問題の議論の相手になりうるなどと、思い上がってもらっては困る。
---------------------------
そう、その通り。私は経済問題では素人である。
それなら素人にも分かるような論理を展開すべきではないのか。
ちっとも【思い上がって】なんかいない。
例えば、「ドーマーの定理」が出てきた。
私は幸い多少数学を知っているから、ある程度理解できたが、
なぜはじめの式が成り立つかは全く理解できない。
専門家なら、素人にも分かるように説明し、それで理解しない相手を軽蔑するのはかまわない。
実際「よく分からなかった」という人がいるではないか。
さらに、あなたは【経済の再建が不可欠】といわれる。その通りではあるが、
プロセスとして「縮み」がいいのか、財政出動による「成長(のハッパかけ)」が良いのか、
専門家の間でも意見が分かれている。
問題は財政出動すれば景気がよくなるのか否か、これによって膨らむ借金はどうするのかについて、
てっくさんの説明は難しすぎて分からなかった。
出来ればあなたに分かるように解説していただきたい。
なお、占領政策についてだが【前半は文字どおり日本弱体化一辺倒】という評価自体にすでに歪みがある。
「弱体化」の反意語は「軍国主義維持」だろうか。
「弱体化」と何の証明もなしに表現することは、私に対する非難と同じに聞こえる。
Posted by: vagabond at 2006年08月07日 21:45
東埼玉人さんの応援メッセージを貰いましたので、調子に乗って以下の文章を公開します。
もともと私は山本七平ファンで、今回の作る会の騒動も「空気の研究」を使って分析腑分けしてみたら面白かろうと考えていました。ちょうどそこへvagabondさんの投稿があったのでその点を書いてみようと思います。
vagabondさんの論説を読むとその特徴があることに気づきます。
①議論の主題がずれてゆく。最後まで目的が明確でない。
②絶対的な確信に裏付けられている。無謬性の確信であるのかもしれない。
③普遍的な話と個人の意見が混乱している。
④裏づけがほとんどない。
⑤わかりやすいが根がない。
こういうケースの場合は私は「それは空気によって発している議論であると見なす」と、色々とわかりやすくなります。いわば世間の常識ではなく、世間の空気や雰囲気から得た知識で議論をしようとしているのだなと。
日本社会は唯物論や数量化性向や個人主義とはまったく異質な世界です。山や川だけでなく自然全体やそこに流れるすべてについて霊を感じる社会です。機械工具に注連縄を張るのは当たり前の話であり、世界有数の家電生産企業に企業を守ってくれる正一位稲荷大明神を祭る専門の管理職が存在する世界です。食べ物でもそうですね。日本料理で一番高級なのは会席料理ですが、その材料はまるで縄文時代に日本人が食べた食物とほぼ同じものです。近代化された国家で日本だけ犯罪がないのも特徴的なんでしょう。
さて幾つかある特徴の一つに人間の関係性があります。その関係性は分離独立した個人ではなく、相互により添った存在として認識されます。そして日本人は現実の人間関係性を大事にしてきましたし、その関係性によって言葉が変化するのを当然としています。言葉でいうと敬語や丁寧語なんかは典型でしょう。これは相手の社会的位置づけと自分の位置づけの関係で言葉が変化する典型的な例でしょう。これを片面から見ると日本語は繊細な心遣いを込めた気配り表現が、極めて豊富な言語でもあるわけです。これは日本語の美しさを代表する一つの大きな特徴でもあります。
まあ日本人は相互の位置づけの値踏みをしながら言葉を交わすわけで、初対面の人とは苦労が絶えないわけです。西欧の言葉への態度、例えば言葉を意味するロゴスとは論理という意味が強い点と比較すると、気配りが重視される点ではやはり違うのだなと思わざるを得ません。
日本語には霧がかかっているような表現を行います。ピントがあっていないと言い換えたら直接的表現すぎるだろうか。自己中心的、傲慢、横柄、生意気、押し付けがましいなどの悪印象を聞き手に与えないように、日本語の表現は「あいまい」や「ぼかし」が余りに多い。「ぼかし」のもとは文中の助詞と文末の表現である。文末表現については否定か肯定か最後まで行かないと意味がわからない。 などの点は確かにあります。
こういう世界で、言葉自体にも、さらには場や時がそのまま強い霊を持って日本人を規制することはありるわけです。場違いや場を心得ないとかいう言葉は場がまるで物理的に存在するように捉えられて合理的な判断を阻害することをいうのでしょう。どんな場であっても光の速度は変化しませんが、日本人の議論は変化します。これを山本七平は「臨在観的把握」という用語を作り、そこに何か存在するように日本人を規制すると述べています。それは基本的に日本人社会が相互に助け合った人間関係を持っているからでしょう。
さてvagabondさんの場合も世論の空気を読むことでそれをまるで神を見る如く把握しているのでしょう。そうとでも考えないと前に書いた
①議論の主題がずれてゆく。最後まで目的が明確でない。
②絶対的な確信に裏付けられている。無謬性の確信であるのかもしれない。
③普遍的な話と個人の意見が混乱している。
④裏づけがほとんどない。
⑤わかりやすいが根がない。
の説明がつきません。
Posted by: 機械計算課長こと松井康雄 at 2006年08月07日 22:01
日本人の強固な人間関係性を使ってvagabondさんの論説をモデルを作って演繹的に解剖してみたけど、こういう空気という「ないのに在るが如き強い影響を及ぼすもの」が生まれたのはいつからなのだろうか。
日本語で考える人間を日本人とすればそれは日本語の中に存在していただろうし、古い時代から日本語が相手との関係性が完成しないと言葉として成立しない点も影響があるだろう。関係性を重視するからこそ関係性が完成しないと言葉として成立しないようなことが起きるのだろう。敬語や丁寧語や尊敬語や謙譲語は相手との関係性が明確でないと正確な使い方は出来ない。
もしも本当にこのようなモデルが正しいなら逆に日本の文化の中にはそれを防御する構造があったはずである。山本七平はそれは「水」であって「その場の空気」に「水」を掛ける作用によって熱をさますことであり、この水に相当するものは現実認識や常識であると述べている。そういえば皆がB29の空襲でおびえているときに竹やりを使った軍事訓練を行っていて、そこで誰かが「竹やりでB29が落とせるのですか」と言ったら、言われた人間は言った人間を罵倒するしか仕方がないだろう。これは明らかにその場の空気に水を掛けて現実に戻す作用があったのだろう。
今回の一連の騒動でも同じことが言えるかもしれない。
今回の作る会の騒動でも興味深いのは「思想」と「仲間」の選択という側面があるのではないだろうか。思想家としての思想原理主義者と書いたら誤解を生じるが、A)思想の自由を掲げ和して同ぜずで思想を曲げることが大嫌いな西尾幹二とB)「仲間」(この場合は保守というくくりでくくられるグループ)との関係性を重視するグループとC)個人の欲望に負けたグループの一対二の争いだという風にも見える。Bのグループでは保守の人間が怪しげなことをしてもそれを隠すのが是とする判断になるのかな。保守の人間は正義でなければならないという建前があるから、「あら王様は裸じゃないか」といわれたら相手を罵倒するか、ないことにして隠すしか方法はないだろう。
おそらく「裸の王様」と同様に外国でもまわりの空気に阻害され合理的判断をしていないケースって幾らでもあるだろう。こういうことは別に戦後に始まったことじゃない。ただ日本の場合は重要度の判断や善悪の判断が狂っている場合と、欧米思想の異質文化の影響を受けて、思
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