2月15日赤坂プリンスホテル別館で行われた第21回正論大賞の贈呈式にひきつづく祝賀会で、指名されて私は祝意を述べた。そのときの内容を以下にできるだけ正確に思い出して再現しておく。
藤岡さん、また奥様、本日はお目出とうございます。会場の皆さまは本日は多数ご来場ありがとうございます。Posted by Nishio at 2006年02月17日 16:36 | コメント (2) | トラックバック (6) | Clip!!私が藤岡さんについてつねづね感服していることをまず二点申し上げます。その一つはご文章の論理的明快さです。筋道がはっきりしていて、構造的で、枝葉を取り払った幹のような、ムダを省いたご文体で、私が推定いたしますに、欧文脈に翻訳された場合に原文とのズレが最も少い、日本では数少い文章書きのお一人であろうかと存じます。
第二点は藤岡さんの比類ない行動力、迅速果敢さ、運動へのエネルギーです。今回も採択が終って直ちに大洗町に跳び、栃木市に走り、大分市に足を運ばれました。時間の許す限り、他の仕事を犠牲にしてでも行動する瞬発力には、私は見ていて凄いな、これは負けた、真似できないなと再三思いました。
皆さん、私はつねづね思うのですが、人間にはどこか自分を捨てている処がなければ面白くない。人間として鑑賞に耐えないなと思うことがございます。今の日本の首相が見苦しいのは、いつも私心が先立つことが見え見えだからです。
藤岡さんには自分を捨てている処がある。愚直なまでそういう処がある。それを言いたくてこういうことを言い出したのですが、自分を捨てるというのはどういうことかというと、誤解されるのを恐れないということです。誤解されるのを恐れる心がある、それはどういうことかというと、物書きの場合ならいつでも日の当る場所に出たいということです。
若いときには誰でもこれがあって、藤岡さんも若いときはそうだったでしょう。私もそうだった。否、今だってそうかもしれない。それは人間誰にもあって責められませんが、年がら年じゅう誤解されまいと、そんなことばかり考えている人は見苦しく、結局自分を見失ってしまいます。
藤岡さんはたった一つのある事柄に関してだけ徹底して自分を捨てている。教科書問題に関してです。そこは見事です。私心を去っている。そこいら辺に、多くの人の目が狂いなく見ていて、今回のご受賞になったのだと思います。おめでとうございます。
最後に皆さん、本日はフジサンケイグループの首脳の方々がお集りで、この受賞を共にお祝い下さっていますが、今回の受賞はつくる会に対してフジサンケイグループが「藤岡の教科書で行け!」と指令を発して下さったのだと私は理解しております。
また扶桑社の社長さんほか皆さん、本日お出でいたゞいているかどうか分りませんが、以上のような次第ですから、扶桑社の方々もこれによって勇気と刺戟を与えられたと思っています。どうか教科書を出しつづけることにたじろがないでいただきたい。そのようにお願いしておきます。







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