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西尾幹二のインターネット日録

2005年12月
2005年12月30日

年末の銀座(三)

 江戸の小説を書く佐藤さんとの間で新井白石が話題になった。佐藤さんが自分は白石を何処となく軽く見ているふしがある、と仰言ったのは面白かった。徂徠と比べれば白石はどうしても軽く見える。徂徠には神がある。神秘主義もある。白石がその歴史観において津田左右吉のような近代の合理主義者の先駆をなしていたのも紛れもない。「けれども白石にも鬼神論があるのですよ。それから、徂徠は中国一辺倒だったが、中国の古典を同じくらいよく読んでいた白石が中国を論じないで、儒者の中では例外的に、日本史を論じ、叙述した、これが面白いところですよ。」と私は言った。

 酒の場にふさわしくないそんな話をした記憶も残っている。

 社会経済学者で、有名なエコノミストの斎藤精一郎氏――12チャンネルでお馴染みの――が座に加わったのはそれから一時間も経ってからだった。彼は上等な赤ワインを飲みだしたので私も一杯ご相伴にあずかった。焼酎もすでにいただいている。よく若い頃酒のちゃんぽんは身体に悪いと聞いたが、私は意に介したことはない。

 話題は自然に経済に移った。斎藤さんは日本経済の破産はないと仰言る。世界最大の債権国が破産するいわれはない、と。私はただし債権の内容、76兆円に及ぶ米国債が債権の大部分を占め、これを売却すれば米経済が破産し日本も共倒れになるから処分できない。とすれば債権がいくらあっても動かせない金なら、債権はないに等しいのではないですか、と。

 これに対し斎藤さんがどう返事なさったか、思い出せない。私がこの通りにきちんと意向を伝えたかどうかの自信もあまりない。斎藤精一郎さんが来る前にすでに四人は出来あがっているので、口々に何か言っていて、座は混乱していた。佐藤さんが「西尾さんの徂徠はいいが、債権債務の話はいかん」などと叫んでいる。かなり酔っぱらっているのである。

 文藝春秋の齋藤さんに連れられて二軒目の「倶楽部シュミネ」へ行った。有名な人がいろいろ出入りしている上等な店である。ここで珍しい二人の人物に出合った。一人は初めて会う人、もう一人は旧知の人。

 初めて会う人は黒鉄ヒロシさん。私の方はよく知っていて、出合いしなに会釈すると「先生、愛読しています」といきなりにこやかで、愛想がいい。私は「私も巨人ファンなんです。原は嫌いだけれど。」とわけもなく口走っている。黒鉄さんは巨人ファンの代表だと頭の中にこびりついているかららしい。すると彼は「私も靖国ファンなんです」とすかさず応答されたのにはびっくりした。こういう言い方が面白かった。

 外務大臣がお見えになった、と店の人がいうので私は席を立って挨拶に行った。私が知る政治家は多くはない。麻生さんは40年前からの旧知の仲である。大臣は二人の男性を前に熱心に話しこんでいた。私が行くと立ち上がって「あまり合わない処でお目にかゝる」と破顔一笑、握手の手を出された。

 彼は礼儀正しい人である。いつ会っても感心する。なにかしてさしあげると巻紙で墨筆の礼状がくる。礼状はすぐ出せ、というのは家訓なんです、と仰言っていたことを思い出した。

 ホステスもいる店だが、浮いた処のないオープンな席であった。寒風の中をタクシーに乗って一路家へ走った。

2005年12月29日

年末の銀座(二)

 そんな話をしているうちに酒はすゝんだ。甕酒といって、竹の柄杓で甕の中から掬って少しづつ盃に移す。私もこの手の酒は寒中にいただいたことがあるが、冷却保存がむつかしい。店のマダムは勿論ずっと冷蔵庫に保管していると仰言る。家庭では冷蔵庫を狭くするといって、家内がいやがるので、私は地下室の書庫の奥に保管するんです、と語った。

 そうこうするうちに人の気配がした。路を間違えて探しあぐねたといって二番目のお客さんがやっと現れた。前早稲田大学総長の奥島孝康氏である。佐藤さんが年末に西尾と会う約束だと話した処、かねてこの方も西尾の年来の愛読者であるから同席したいと齋藤さんに申し入れがあって、私に異論のあろうはずもなく、賑やかな会合は歓迎で、座はいっぺんに江戸時代の思想を離れて、現代のよしなしごとに転じた。

 法律学者の奥島氏は丸顔の明朗豁達、なにごとも腹蔵なく語る気持のいい方である。私より四歳下で、今は早稲田を去られている。在任中は大きな抵抗を排しながら、教授陣から早大出身者を減らす方針を一貫して推進されたそうだ。早大の教授陣の純血比率の高さは自閉的無風状態と競争力の低下、研究成果の下降を招いて、いわゆる「学生一流、教授三流」と陰口を叩かれる土壌を生んできた。私は『日本の教育 ドイツの教育』(1982年)でもこの問題をとり上げている。

 奥島氏の果断な改革については私は予備知識を持たなかったが、よほどの意志がないと実行できない抵抗の壁の厚いテーマである。氏は早大の出身者の占有率はついに5割を切った、という話をされた。そして、東大出身者に入れ替わった。そうなると「早大は東大の植民地ではないのだ、という愛校精神がワッと湧いてきて、大変な苦労ではないですか」と私は言った。

 「東大出身の某私大医学部の教授から聞いたことがあります。余り大きな声ではいえないのでしょうが、自校出身者が5割を超えてから研究レベルが急降下したというのです。私のいた電気通信大学にも同じ問題がありました。偏差値支配の日本の教育体系そのものの歪みの反映なんですね。」

 私は奥島氏はことなかれ主義を徹底して嫌う意志力と行動力とのともに長けた方なのだと拝察した。官僚的タイプから最も遠い方であるに相違ない。にがい現実を認めて、甘い理想を否定するのは、氏が空想家ではなく、実行家だからだと思う。

 西原春夫という早大総長がいた。私が中教審委員であったとき、事実上私が書いた中間報告を彼が愚弄した。テーマは小学生の受験競争、「お受験」の抑制である。ここから変えないと偏差値体制は壊れない。初等教育の公正のために私学の我侭に枠を嵌めるべきだという中教審の思想に対する私学側の反発の、代表をなしたのが西原氏だった。私が週刊文春(1991年1月31日号)で批判を書いた。

 あの事件を覚えている人はもうほとんどいないだろう。論文の題は「西原前早大総長は教育界のフセインだ」だが、これは勿論編集部が勝手につけた題である。それにしても30枚ほどの枚数が許された。10ページはあったろう。齋藤さんは「誰が編集長だったかなァ。週刊はそういうテーマによく10ページも与えたなァ」と不思議がっていた。

 奥島氏は「あの事件はよく覚えていますよ。西原さんが反論を書く、っていうので私が必死で止めたんです。反論を書いたって勝てっこないですよ、と申し上げた。」軍配を私にあげ、内心で快哉を叫んでいたらしい。

 週刊誌上のこの論文は『立ちすくむ日本』
(1994、PHP)という私の単行本に収録されている。

 その一部に次のような文章がある。

 

西原氏よ。よく心して頂きたい。
 私大代表の名において中教審を批判する貴方のどの発言の端々にも、私大全体の問題と早大一校の問題との混同がある。早大は東大に負けていないと自他に言い聞かせる怨念の情、自尊と劣等感の複雑なコンプレックスが、貴方の発言から、日本の教育を国民的見地で考える責任ある視点を奪っている。

 早大総長の補佐役でありながら心秘かに私の論の正当さを見抜いていた奥島氏が、客観的にものを見ることのできる稀有な人物であることをこの一件はよく物語っている。

2005年12月27日

年末の銀座(一)

 久し振りに銀座でお酒を飲んだ。8丁目にあるヤナセのベンツのショールーム裏にあるビルの地下一階「ふく留」に行った。文藝春秋の役員の齋藤禎さんが待っていてくれた。小部屋に用意ができていて彼は私に坐るように真中の席を指して、「ここは小泉首相がいつか来て坐った席ですよ。」というので、大笑いになった。

 先客がひとり私を待っていてくれた。先客は作家の佐藤雅美氏である。明治維新を経済的視点でとらえた『大君の通貨』はユニークな金融小説で、「幕末〈円ドル〉戦争」という副題がついている。氏の作品の中で、私が読んでいるのは当時の英国大使オールコックを描いた、この一作だけであるが、よく勉強しなければ書けない堅実な手法の小説である。

 私が『諸君!』11月号に書いた「最後の警告!郵貯解体は財政破綻・ハイパーインフレへの道だ」を佐藤さんは読んで、まさにこの通りだと膝を打ち、齋藤さんとの間で話題になり、ぜひ会いたいと言ってこられたのでご紹介たまわることになった。佐藤さんは私がまだ本にしていない「江戸のダイナミズム」の荻生徂徠の扱い方にむしろより大きな関心をお持ちであることが会ってすぐに分った。

 『諸君!』連載が完結してすでに一年以上経過している「江戸のダイナミズム」についてはどうしているのかと各方面からお叱りをいただいている。首相の悪口を言っている暇があるなら、さっさと徂徠や宣長や契沖や富永仲基を論じたあの本に早く集中しろ、と痺れをきらしている向きから今にわかにお小言をちょうだいしている。目下注をつける作業に没頭中で、まだまだ古書の山との格闘はつづいている。

 佐藤さんは「お酒を飲む前にうかがいたいのですが」と私に向って第一言を投げてこられた。「徂徠の門弟たちをめぐる小説を今書いているのですが、徂徠の思想を西尾さんほど分り易く、読み解いて下さった人はいない。どうやって核心を見抜かれたのですか。」

 さあ困った。私は核心を見抜いていない。第一、テキストを十分に読み切れていない。徂徠のテキストを十分に読める人なんて今日本に何人もいまい。中国人の学者でよく読んでいる人を知っているが、中国文学や中国哲学の専門家ででもないとあの白文には今では簡単に近づけないだろう。

 「『論語徴』を丹念に読みたいのです。誰か先生について、解読してもらわないととても無理ですね。小川環樹の和文書き下しがあるけれど、あれをいくら読んでもよく分かりませんからね。」
 「私は西尾さんが全文読み抜いておられるのだと思っていました。」

 随分痛い処を突いてこられる。
 「徂徠に比べれば宣長の文章は平明で読み易いと思うかもしれないけれど、あれだって現代日本語に訳してはじめて納得がいくんですよ。小林秀雄の『本居宣長』には訳文がついていないですよね。読者の方は引用された原文を読んで分かるんでしょうかね。」

 と、私は鉾先をかわした。
 徂徠にも一部現代語訳があるが、必ずしも納得のいく文章ではない。『論語徴』にはそのような訳文もない。闇につつまれている。あれを読み抜かなければ徂徠は、――日本の儒学は分からない。
 「徂徠は孔子に嫉妬し、孔子を超えようとした反逆者です。日本の知性では類例をみません。そこが私には面白い。」
 「そういう話をもっと聴きたいですね。」と佐藤さん。
 「私は『国民の歴史』で7世紀の日本語のドラマ、中国語と日本語の格闘のドラマを予想しました。7世紀に訓読みという決定的方法が発明された。しかし訓読みは余りに便利すぎるので、永い歳月のうちに習慣化し、中国の古典の正しい読み方では必ずしもなくなった。そこに徂徠が出現した。中国書にもどり、すべてをもう一度白紙にもどした。その内部から宣長の国学が誕生しました。中国語との戦いの内部から日本語が誕生した7世紀のドラマが1000年たって再現された、そう感じているのです。言語ルネサンスのトータルな構造を描きたかったのですが、そもそも私には手にあまる仕事でした。」

2005年12月24日

憂国忌シンポジウム(七)

 私は今日ずっと最初からお話したことの中では、この国家のことを強く意識する時代、民族を強く意識する時代は国境観念が希薄になるということを一貫してお話したつもりであります。

 歴史は物語りだというのも、国境観念が希薄になるということに結果としてなるのではないかと私は思っているわけです。つまり、半分自分は世界の中の一つだと言う自覚が明確にないと、そうすると結局自己喪失に陥っているのではないか。それは、私が一番いいたいテーマでありまして、今現在、これから今、天皇の問題が本当に危くなっちゃっているのは何が原因かと言うと、本当は我々が無自覚に天皇ということを信奉していて、あまりそれを自覚的に意識してこなかったこともあると思います。

 これは、天皇が危うくなっているという、この今の時代は天皇の外にある原理と言うものを日本人が信じないということにあるんじゃないか。つまり、我々は、福田さんが最初におっしゃったことですが、我々は、二重性を持って生きなくてはならないと。天皇を否定するのではなくて、天皇と別に並存する何かの理想がなくちゃいけない。そういうものの理想を我々は過去において、中国の儒教に求め、また、ヨーロッパのキリスト教、近代文明に求めた、そういうことだったと思うんです。

 で、それがあったために、天皇を信ずる、あるいはまた日本の民族を信ずるということとバランスが取れていた。ところが外なるものの明確な理想像を失ってしまったために、軸が一つになってしまうと、今のような、天皇もどうでもよくしてしまうような、「有識者会議」とやらのやっているようなことが起こってくるのではないかと思う。

 つまり、日本文化の優位と言うことを言うのではなくて、歴史の独自性というのはあくまで、認めるんですけれども、この自分の優位と言うことだけを言っていると、相対の泥沼に入っちゃうよと、いうことが私のずっと考えてきている一つの問題であります。我々は、どうやって他者を認識できるか、その問題に直面しているのではないかと。それをちゃんとしていないから、今度は一番大切に思っていた、自分の神様を根底から失ってしまう。

 つまり、これは皇室典範有識者会議の人たちはまるでなんか、頭の中が真っ白な人たちですが、大真面目に議論している。あんな知性も位も高い人たちがなんで、こんな馬鹿なことしか考えていないのかというのが、本当の真の驚きなんです。その真の驚きはどこから来るかといいますと、私たちが本当に歴史を失っているということなんでしょうけれども、ただそれは、そう喘ぐことばかりではなくて、私たちが外に理想を失っていることに原因があるんじゃないか。

 私たちは、二重の理想をかかげて生きる、二重性をもって生きなければならないのではないかと思います。

お知らせ

 日本文化チャンネル桜の「西村幸祐氏の報道ワイド日本」に私は次のように出演することをお伝えします。

 23日(金) 20:00~21:00
 24日(土)  1:00~ 2:00
 24日(土) 10:00~11:00

 次はどうでもいいことですが、12月30日21:00~ 1:00と1月1日17:00~21:00に隠し芸大会があるそうで、私が歌謡曲を歌います。

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2005年12月22日

憂国忌シンポジウム(六)

 私の若い友人だった坂本多加雄君の書いたものをじっと読んでいると、なんか死の一点に向かって歩んでいるところがあるんですよね。不思議でしょうがないのです。現代では52歳の死は夭折ですからね。
 
 彼が歴史は「物語り」だと言ったことはよく知られております。つまり、国家と言うのは歴史という物語の一貫性の中に根拠がある、みんなが人々が共有する物語の内部に、人々がすんでいる。彼は、例えば旧東ドイツを例に挙げ、旧東ドイツは、自らがナチスドイツとは関係がないということを神話にした国家であると言っております。

 そうなると、これは、坂本さんは挙げていないけれども、金日成の抗日戦、日本に対する戦いを神話とした朝鮮民主主義人民共和国もそれなりに国家の来歴、物語りを持っているということになるんじゃないかと言いたくなるわけです。

 とにかく、そういう意味でそれぞれの国家は、それぞれの来歴を持ち、物語りを持ち、そこに歴史認識が成り立つ。これは教科書をつくる会としてはありがたい、便利な思想でしたが、しかし、すごく危ない思想なんです。私は、危ないなと思いました。そのときも思ったし、彼にも言ったかもしれませんが、亡くなった後で、私は書きました。

 これは、歴史は民族の外にはないと言っているのと同じですから。つまり、歴史は物語りで、民族の物語りだと言ったら、もうそれはさっき言ったように、東ドイツも北朝鮮もということになってくるし、日本もその内の一つかと言う話になっちゃう。これは、すごく危ない話で、歴史はそうすると客観的な歴史と言うものは否定するし、人類の歴史、世界の歴史というのを否定することになるんじゃないかと。そういうようなことを私は、思ったわけであります。

 そのような私の坂本君に対する思い、つまり坂本君に対して向けた疑問と言うのが、福田恆存先生が三島先生に向けた疑問とどこかパラレルではないかと言う気がいたしております。

 坂本君も、死と言うのが契機になって、歴史を考えている。ご自分の死も問題になるんでしょうけれども、そうではなくて、日本の歴史が死に面したことが過去に二度あったと彼は言う。すなわち、幕末と終戦。19世紀初頭と8月15日。

 これは日本の民族が死を意識したときで、このときよみがえった観念こそが、思い出、歴史の喚起、すなわち国体の観念であると、そういう意味で死を契機としたときに初めて危機感から初めて、国家、こういう意味での民族。

2005年12月20日

憂国忌シンポジウム(五)

 つまり日本人で国境意識というものを生み出したのは、中国を学んだ儒者達ですが、中国そのものには、国境観念がない。本国の儒教と学んだ儒教との違いを今申し上げているわけです。

 そこでパラドックスは次に移るのですが、これも仮説ということを理解していただきたいのです。国学というのが儒学の中から出てきますが、この国学というのはどういうわけか、国境観念を持っていないんです、実は。

 本居宣長は、これはじつに不思議なことなんですが、国学は、天照大神は日本一国の神ではなくて、全世界普遍の神だというふうに信じるわけです。したがって、国学の考え方は中国の儒教にむしろ似ている。そういう意味では、国境の観念がないんです。天照大神は、全世界の神であると。これで通用しろと言っているわけですから、ここから国境意識は生まれません。

 つまり、本居宣長には、元々政治から離れるという意識がずっとありまして、彼からは国家を構想する力はでてこない。国学には国家観念が希薄だといわれます。内面的文学的すぎるのであります。宣長はね。それはそれでいいんです。

 ですから、日本の日本たるもの、国家イデオロギーが出てくるのは初期の儒学者と、それからずっと下って水戸学が出てくる幕末です、国家意識が。水戸学がそれを可能にしたわけですけれども、これは初期儒学者たちの、影響が幕末にでてきたということです。それが、水戸学です。

 さて、三島さんは水戸学ではなく、この本居宣長に似ているんです。天照大神は日本一国の神ではなくて、全世界普遍の神だと。三島さんの天皇論は、読むとどこまでもそういう感じがします。どこまでも、日本の天皇は「特殊」だ、「普遍」だという話ではないんです。突き抜けてその先が、彼はその先が普遍だといいたいのでしょうが、普遍とか特殊ということは、ここではやめる、そういうことに捕われないということでしょう。

 天照大神は全世界の神である、それを貫くというのが、三島さんの精神運動であったと思います。そして、ここから一つ逆転して考えるのですが、本居宣長や国学が盛んに唱えられる時代というのは不幸な時代とよく言われます。戦時中の日本は国学が流行します。そして三島さんが、「今日に至る戦後日本、これはやはりこの国が、決して幸福な安定した国家ではない、ある危機が宿っている」と言っている。ということは、宣長も三島さんにも、国家というか天皇というものを突き抜けてそれが、世界の普遍の神だと言わざるを得ないような、情熱があるということは、これはある意味でこの国が、大きな危機に晒されているということを物語っているのではないかと、私にはそんな風に思えます。

2005年12月18日

憂国忌シンポジウム(四)

 先ほど、福田恆存氏と三島由紀夫氏の違いに西洋観があるのではないか、前者には国境の観念があるが、三島さんは国境の観念を突き抜けてしまうところがあると、逆にいえば、三島さんには他者としてのヨーロッパというのがあまりないのかもしれないということを申し上げたつもりでございます。

 これは、日本が「特殊」で、ヨーロッパは「普遍」だとか、そういう話ではございませんから、誤解のないようにと再度申し上げておきます。

 しかし、ヨーロッパを意識する前の日本はどうであったかという問題を、ものすごい大きな尺度で取り上げてみたいと思います。

 ともうしますのは、今の時代はヨーロッパ対日本というよりも、中国というものが大きくクローズアップされてきました。「現代に生きていたら三島は何を考えるか、どう考えるか」というのが今回のシンポジウムのテーマですから、中国がこれだけクローズアップされた時代にあって、我々はどう考えるかというと、江戸時代をとり上げてみる必要がある。江戸時代の日本というものは結局中国を意識することでヨーロッパを意識した日本人と対比されるべきであろうと思うからであります。

 実は、ヨーロッパを意識する前の日本で、国境を意識させたのは中国の存在であり、そうしたのは日本の儒者達だったということです。日本の儒者達は初めて日本に、日本的なものというものを自覚させたわけであります。中国を他者として認識した。中国は国境観念を日本人に結晶させた。ところが、ここからがものすごいパラドックスに満ちているのです。

 その反対に、中国人にはそもそも国境の観念がないのではないか、ということです。つまり、中国の観念の中に、『詩経』のなかに「普天の下王土にあらざるはなし」と、大空の下、どこまで、どこまで行っても、王の土地であって、自分がどんどん膨張して行って天下と一体になってしまうという、そういう考えがあります。それが中国です。広大無辺な地域に住む中国人は、自分が世界の中心だというふうに見なしている、とよく言われますが、それはつまり、他者がいないということであります。中国人には他者がいないということです。

 つまり、近代的な意味だけではなく、もともと中国人には国境の観念がないのではないかと思う。自分を限定して認識することがない国民ではないかということを一つの仮説として出してみたいわけです。

 ところがさらに、ものすごい逆説的なことなんですが、江戸時代になって中国を学んだ儒者達が、儒学(朱子学)を日本が直輸入したと思った途端に、日本の国家観念が生まれた、ということなんです。

 つまり、これは面白い逆説でございまして、林羅山、熊沢蕃山、あるいはまた中江藤樹、山鹿素行などは皆中国の観念を受け入れたかもしれないけれど、「中華の『華』はわが日本なり」と、「我が朝廷こそ中国の華だ」と言い出したのは初期儒学者たちです。

2005年12月17日

年末の新刊(再掲)

都内12月2日店頭発売、地方都市は3日発売
『狂気の首相で日本は大丈夫か』
は政局論ではない。この本は小泉論でもない。今夏の総選挙の研究書でもない。

 総選挙は今日の日本人の紛れもない新しい、昨日とすでに変わった顔を示していた。あの狂熱の中に今の、そしてこれからの日本の運命が予示されている。

 同じことは再び繰り返されるし、すでに繰り返されてもいる。なぜいち早く気がつかないのか。

小泉首相は来秋やめるからもうどうでもいい、と思う人は考えが足りない。やめないかもしれないし、やめたとしても後遺症は深い。やめてもやめなくても愚かだった日本人の体質は変わらずに残る。

 郵政民営化のときはろくに深く考えないで小泉に賛成し、皇室典範改定問題が浮上して小泉はけしからんと、にわかに言い出す保守のおじさんたち、お兄さんたちの何という頼りなさ、浅墓さよ。郵政民営化も、皇室問題も、北朝鮮との国交回復も、憲法案文の歪曲も、自分の在任中だけ増税を逃げるいい加減さも、みんな根は一つである。

 小泉氏が知識を持たないことは許されてよい。知識を持たないことに恐怖のないことが許されないのだ。自分は知らないということを知らないことに対し恥を知れ。財政の内情にも、皇室の歴史にも、世界の動向にも無知のまゝ強権を押し通そうとする臆面のなさが問題なのだ。

 日本国の総理の選び方に欠陥のあることが判明した。一総理の問題ではない。今の自分と闘わず、明日の自分に課題を先送りする日本国民全体が今、自分の不始末の付けを払わされているのである。

 これから起こる日本の悲運のすべてをこの一書で語ったつもりである。

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2005年12月16日

憂国忌シンポジウム(三)

 お二人には、西洋観の違いがある。西洋に対する、ヨーロッパに対する見方の違いがある。だからといって福田さんが言っていることを「普遍」と「特殊」というと、誤解を招きます。正確じゃない。日本は「特殊」で、ヨーロッパは「普遍」だ、「普遍」が大事だと福田さんが言っているという、そういう図式は建てたくない。

 そうじゃなくて、外にあるものに対する自己限界みたいなものが、福田さんには非常につよい。それに対して、三島さんには国境の観念がないのです。これは、ある意味ではすごいことです。ある意味では、突き抜けちゃっているんです。

 だから根源的には他者も自分も一つだったかもしれない。天皇に突き抜けていくこの情熱そいうのは、ここで言っていることは、国家のエゴイズム、国民のエゴイズムというものの反対の極のところに出て行ってしまう。そういう意味で天皇が尊いんだから、天皇が自由を縛られても仕方がない。その根源にあるのは、とにかく、お祭りだということです。天皇がなすべきことは、お祭り、お祭りと彼はいう。

 このお祭りというのは、祭祀ということで、今日朝日新聞で、岩井克己さんという編集員で、この方は立派な方ですが、皇室典範のことを問題に出していて、天皇のこの宮中のつまり、23日夜か24日未明にかけて闇に包まれた宮中参殿の紫宸殿で最も重い祭祀の一つのおこなわれるという、この祭祀のお話を新嘗祭、これはお祭りなんですね、この祭りをやる天皇というのが、三島さんの言っている天皇で、これは、普遍でもなければ、特殊でもない。それを突き抜けちゃって、何か外へ出て行こうとするんですね。

 それに対して、福田さんはやはり常識の人です。小林秀雄の言ったような意味での広い意味での常識の人ですから、国家というものを超えるものを意識している。国家のエゴイズムを押さえるとは何かを気にしている。国境観というものがある。その二つの対比を私は、ヨーロッパではなくし次には中国を意識した江戸時代の日本人はどうだったか。そして三島さんに比すべき人として、本居宣長にも国境意識がないということを取り上げてみたい。この話は続けたいと思います。

2005年12月14日

憂国忌シンポジウム(二)

 シンポジウムの発言は一人約6分、それを三回に分けて語ったので、自由討論は成り立たなかった。時間が少なく討論にはならないと私はいち早く見て、三回で全体がまとまるような話の展開にした。以下に私の発言部分だけを(二)から(七)で掲示したい。

 尚シンポジウムは全文が『月刊日本』に掲載されると聞いている。

(二)
 西尾幹二  昭和42年―43年当時、『論争ジャーナル』という月刊誌があり、ここを據点に保守系論客が結集していました。当時はまだ『諸君!』も『正論』もなく、『自由』とこの雑誌だけでした。

 その11月号で福田恆存氏が三島由紀夫氏との対談で、西欧の王室と天皇とを比較してこんなことを言っています。

 「エリザベス女王はカンタベリー大僧正によって戴冠式を行なふ。ちやんと二つに分けてある。ところが、天皇は自分で自分に戴冠しなければならない。」 

 すると三島さんが
 「それは日本の天皇の一番つらいところだよ。同時に神権政治と王権政治が一つのものになってゐるといふ形態を守るには、天皇は現代社会で人より一番つらいことをしなければならない。それを覚悟していただかなければならない。といふのが僕の天皇論だよ。皇太子にも覚悟していらっしゃるかどうかを僕は非常に言ひたいことです。」

 こう述べる三島さんに対して、福田恆存氏が、 「今の皇太子には無理ですよ。天皇も生物学などやるべきぢやないですよ。」

 三島氏が続けて 「やるべきぢやないよ。あんなものは」福田恆存氏が 「生物学など、下賎な者のやることですよ。政治家がさういふ風にしちやつたんだけど」

 三島さん 「ただ、お祭りなんだ。天皇は、お祭りなんだ」

 ここで天皇というのは昭和天皇、皇太子は今上陛下です。

 こういう対話が、昭和42年(1967)年の『論争ジャーナル』で行われた。当時この雑誌には村松剛氏、日沼倫太郎氏、高坂正堯氏、遠藤周作氏、佐伯彰一氏などが、多く寄稿しまして、私も一番若い世代として参加しておりました。

 当時の『論争ジャーナル』は、精神的に「楯の会」の母体のような位置にあり、そこで活躍していた人々の、私は最後の残党でございます。

 ここまでは本当は何を二人が言っているのかよく分からないのですが、こんな風な、活発な、赤裸々な対話が昭和42年の11月号に載っております。

 そこで福田恆存氏が、次のようにかなり手厳しいことをおっしゃっている。

 「僕にとって、問題なのは、エゴイズムの処理なんですよ。個人のエゴイズムといふのは、ときには国家の名において押さへなければならない。それなら、国家のエゴイズムといふのは何によつて押さへるかといふと、この原理は、天皇制によつては出てこないだらう。日本の国家のエゴイズムを押えへるといふことは、天皇制から出てこない。僕は、天皇制を否定するんぢやなくて、天皇制ともう一つ併存するなにかがなくちやいけない。絶対天皇制といふのは、どうもまずいんだ。(中略)天皇制の必要と、それを超える――これは優位といふ意味ぢやなくて――他の原理を立てなければならない・・・・・・」

 これは、三島さんの当時の生き方に対する、ある種のアンチテーゼとしておっしゃっている言葉だと、私は思います。つまり、国家のエゴイズムと個人のエゴイズムと、エゴイズムは両方にあるけれども、個人のエゴイズムを超えている国家というものがあって、国家がこれを抑えることはできるけれども、国家のエゴイズムは国家では超えられないと。

 私が、ここからすぐに思いついたことは、次のようなことです。

 ドイツ人、フランス人、イギリス人は自らのドイツ人であることを、フランス人であることをイギリス人であることを何とか超えることができるんです。それは、ヨーロッパというものがあるからです。だけれども、日本人は日本人であることを超えることができるか、日本の外に枠があるか。いうことは、永遠の課題として我々は考えなくてはならない。

 ここで、そういう問題が一つ突きつけられているということをまず意識していただきたい。これに対して三島さんが、どんなことをおっしゃったかというのが大変面白いのであります。

  「僕はその問題はかういふやうに考へてゐる。つまり、僕の言つてゐる天皇制といふのは、幻の南朝に忠勤を勵んでゐるので、いまの北朝ぢやないと言つたんだ。戦争が終つたと同時に北朝になつちやつた。僕は幻の南朝に忠義を尽くしてゐるので、幻の南朝とは何ぞやといふと、人にいはせれば、美的天皇制だ。戦前の八紘一宇の天皇制とは違ふ。

 それは何かといふと、没我の精神で、僕にとつては、国家的エゴイズムを掣肘するファクターだ。現在は、個人的エゴイズムの原理で国民全体が動いてゐるときに、つまり、反エゴイズムの代表として皇室はなすべきことがあるんぢやないかといふ考へですね。そして皇室はつらいだらうが、自己犠牲の見本を示すべきだ。そのためには、今の天皇にもつともつと、お勤めなさることがあるんぢやないか。

 そして、天皇といふのは、アンティ(反)なんだよ。今我々の持つてゐる心理に対するアンティ。我々の持つてゐる道徳に対するアンティ。さういつたものを天皇は代表していなければならないから、それがつまりバランスの中心になる力だといふんです。国民のエゴイズムがぐつと前に出れば、それを規制する一番の根本のファクターが、天皇だね。そのために、天皇にコントロールする能力がなければならない。

 その僕の考へが、既成右翼と違ふところだと思ふのは、天皇をあらゆる社会構造から抜き取つてしまふんです」

 ここまで読んでもやっぱり難しい、なんか分りにくいことをお二人でおっしゃっておるんですが、福田さんには、国境の観念がある、一方三島さんには、国境の観念が希薄なんじゃないか。これ、国家概念とはいわないですよ。国家観の有無じゃないですよ。国境の観念の有無と言いたいんですよ。

2005年12月12日

憂国忌シンポジウム(一)

三島由紀夫 11月25日は三島由紀夫自決から35周年目で、九段会館大ホールに800人近くが参集し、憂国忌が催された。

 最初に第一部として、舞台上で乃木神社が司る厳粛な鎮魂祭がおこなわれた。次いで国際的に有名な写真家・細江英公氏の解説付きで、スライド『薔薇刑』が映写された。天皇制や自衛隊入隊や檄文や愛国とはまったく異なる三島の世界である。裸体と「光と闇」とイタリアルネサンス。私が「三島さんには国境意識がない」とシンポジウムで語った仮説はこのスライドを見せられた直後であったせいもある。

 第二部は記念シンポジウムで、私のほかには井尻千男、入江隆則、サイデンステッカー、そして村松英子(司会兼任)の諸氏が加わる。一人6分ずつ三回話すだけの時間しか与えられなかった。

 この日の出来事については文芸評論家山崎行太郎氏がご自身のブログで上手に語ってくれているので、最初にその一部を引用させて頂く。

 

 昨日は憂国忌に出席。35周年ということで、例年と違い今年は、九段会館大ホールで鎮魂祭とシンポジウムが行われた。僕は、25周年の憂国忌以来、発起人にもなり、毎年出席している。僕にとっては、憂国忌は今や、年末が近くなる頃にやってくる年中行事のようなものになっている。保守論壇の友人や先輩達に会えるのも楽しみの一つだ。たまには未知の若い読者やフアンに遭遇することもないわけではない。(中略)

 シンポジウムでは西尾幹二さんや井尻千男さんの話も、たっぷり聞くことが出来た。西尾氏が、最近の保守に象徴されるような、他者を見失った「一国中心主義的歴史観と愛国論」を批判して、外部や他者を意識した「複眼的・相対的な歴史観と愛国論」を主張したのが印象的だった。これは、僕なりに言い換えれば、昨今の唯我独尊的な「左翼なき保守」思想批判である。つまり昨今の保守論壇や保守思想の貧困と退廃という問題である。西尾氏の保守思想・保守論壇批判に、僕は共感する。

 また入江氏が最後に、江藤淳に触れて、三島の死を「病的、衰弱」と言って批判的に嘲笑した江藤淳も、最後は三島の死の意味を理解し、それを反復せざるを得なかった形で自決・自死した、と語ったのが、江藤淳の弟子を自認する僕には印象的だった。(中略)

 二次会は神保町の中華料理屋だったが、出席者の多くが実は思想的には「反小泉」で、言い換えれば、主催者の宮崎正弘氏を中心に保守論壇の「反小泉一派」が総結集したような形で、なかなか盛況だった。帰りがけに、一昨日、西尾幹二氏から新著が届いていたのでお礼を言うと近づいて行くと、意外な話になった。「あなたに送ったあの本は、10冊の中の一冊だからね。」と言うではないか。まだ見本刷りの段階で贈ってくれたものらしい。「エッ!」というわけで驚きと共に感激したわけだが、西尾氏は実は、僕のこのブログを読んでいるらしいのだ。「小泉マンセー」ブロガーで、西尾氏のブログを荒らしまくった「ゴリ氏」一派のの話をすると、「あんなもの小さい、小さい…」と意に介していない様子だ。「それよりあなたのブログ期待しているよ」と言われて、またまた感激した次第である。

 西尾氏の新著は、『狂気の宰相で日本は大丈夫か』(PHP)というタイトルだが、徹底的な「小泉政権批判」の書である。冒頭には、産経新聞「正論」に掲載を拒否されたというエッセイをかかげ、本文は「保守論壇を叱る」という最新作から始まっている。「保守論壇」内部で孤独な戦いを続ける西尾氏の気迫がヒシヒシと伝わってくる過激な論争の書である。

2005年12月10日

ニューヨークタイムズの偏見(四)

◎抗議文英語 (柏原竜一訳)
For Op-Ed

Protest against NYTimes’ article “Ugly Images of Asian Rivals Become Best Sellers in Japan (Nov, 19, 2005)”

Mr. Onishi’s article of November 19 on best seller comics in Japan merely repeats the Chinese and South Korean anti-Japanese claims. It lacks an American sense of justice, which should be most demanded for the neutral position that a majority of Americans seek to hold. His article definitely reads as if he desires the re-emergence of the pre-war American attitude—treating China with favor and Japan with neglect—an attitude that eventually ruined U.S.-Japanese relationships. The Japanese media doubt the credibility of Mr. Onishi’s recent articles on Japan and scrutinize them with grave concern. For example, despite his interview with me, his description on the Japanese Society for History Textbook Reform such as 'the nationalist organization that has pushed to have references to the country's wartime atrocities eliminated from junior high school text books' only reflects his stereotyped prejudice and is contrary to the facts. Contrary to Mr. Onishi’s criticism, our textbook does not insist on the supremacy of Japanese culture, but the uniqueness of Japanese history. Moreover, it offers objective explanations regarding the fundamental differences between Japan and Germany in WWII, and the partial responsibility of the United States, United Kingdom, and especially pre-modern China who could not control herself sufficiently—for the Pacific War. Please see our website.

http://www.tsukurukai.com/05_rekisi_text/rekishi_English/English.pdf

By Kanji Nishio

Honorary chairman of the Japanese Society for History Textbook Reform


◎抗議文日本語

 11月19日付けの中韓批判の漫画、Best Sellers in Japan に関するONISHI記者の記事は、中韓の悪意にみちた反日の主張そのままで、中立の立場に立つべきアメリカ人の客観的公平さにかけ、戦前のアメリカの、中国への偏愛におぼれ、日本を不当に孤立させた外交の失敗をあたかも再度望むかのごとき危険性にみちている。最近の同記者の偏向報道は目に余るものがあると日本のメデイアでは疑問視し、憂慮されている。私は同記者とインタビューしたが、私の属するthe Japanese Society for History Textbook Reform を彼は the nationalist organization that has pushed to have references to the country’s wartime atrocities eliminated from junior high school textbooks.と説明したが、これはステロタイプの単純なレッテル張りで、事実に反し不当である。私たちの History Textbook はONISHI 氏が非難するように日本文化の優越性を語らず、日本の歴史の独自性を主張するのみである。日本は第二次世界大戦において、ドイツとはまったく異なった戦争をしたこと、太平洋の戦いには英米にも責任があり、自己管理のできなかった国家以前の中国にも一半の責任があたことを客観的実証的に描いている。 

2005年12月09日

ニューヨークタイムズの偏見(三)

◎大西記者の紹介

NORIMITSU ONISHI(ノリミツ・オオニシ=大西哲光)
ニューヨーク・タイムズ紙東京支局長
千葉県市川市で生まれ、4歳の時、家族でモントリオールに移住。国籍はカナダ。米プリンストン大学で学生新聞編集長を務めた。前任地は西アフリカ・コートジボワール。ナイジェリアの民政移管やシエラレオネの内戦を取材した。9・11後はアフガニスタンにも出張した。

ニューヨークタイムス東京支局 東京都中央区築地5丁目3-2
朝日新聞社            東京都中央区築地5丁目3-2

◎読者からのメール

西尾様

ご僭越だとは存じますが、メールさせていただきます。

19日のNYタイムズに西尾先生の発言が紹介されていますが、取材を受けての回答なのでしょうか?

http://www.nytimes.com/2005/11/19/international/asia/19comics.html?pagewanted=2

ご存知の通りNYタイムズはアメリカで大変影響力のある新聞です。また場所柄、マスコミ関係者が多く日本についてまともに知らない人間はここに書かれていることをそのまま信じ、それを自分達が報道する内容に反映させ世界中にまたそれが発信されます。

中国、北朝鮮、韓国をさらに追い詰めるには海外マスコミの協力が必要だと考えていますが、このような内容の記事が大手新聞で続ける限り、その道のりは長いと言わざるを得ません。

私のようなものが西尾先生にメールさせていただくのは大変失礼だとは思ったのですが、本日そのニュースを見つけ、だまって見過ごすことができませんでした。

末筆ながら、益々のご健康とご活躍をお祈り致します

p.s. 福沢諭吉の「脱亜論」もこのオオニシノリミツの手にかかると西洋にあこがれる傲慢な差別主義者に成り代わってしまいます・・。

◎朝日新聞の記事

  朝日に載った記事の画像

◎NYTのこの記事について話題にしているブログの紹介

 反日勢力を斬る:NYタイムズの嫌韓流批判

 反日勢力を斬る:NYタイムズの嫌韓流批判(2)

 反日勢力を斬る:NYTの中韓批判マンガを批判(3)

 反日勢力を斬る:NYTの中韓批判マンガの批判(4)

 ニューヨークタイムズ大西批判ブログ英語版

 ぼやきくっくり:産経がNYT批判

2005年12月08日

年末の新刊(再掲)

都内12月2日店頭発売、地方都市は3日発売
『狂気の首相で日本は大丈夫か』
は政局論ではない。この本は小泉論でもない。今夏の総選挙の研究書でもない。

 総選挙は今日の日本人の紛れもない新しい、昨日とすでに変わった顔を示していた。あの狂熱の中に今の、そしてこれからの日本の運命が予示されている。

 同じことは再び繰り返されるし、すでに繰り返されてもいる。なぜいち早く気がつかないのか。

小泉首相は来秋やめるからもうどうでもいい、と思う人は考えが足りない。やめないかもしれないし、やめたとしても後遺症は深い。やめてもやめなくても愚かだった日本人の体質は変わらずに残る。

 郵政民営化のときはろくに深く考えないで小泉に賛成し、皇室典範改定問題が浮上して小泉はけしからんと、にわかに言い出す保守のおじさんたち、お兄さんたちの何という頼りなさ、浅墓さよ。郵政民営化も、皇室問題も、北朝鮮との国交回復も、憲法案文の歪曲も、自分の在任中だけ増税を逃げるいい加減さも、みんな根は一つである。

 小泉氏が知識を持たないことは許されてよい。知識を持たないことに恐怖のないことが許されないのだ。自分は知らないということを知らないことに対し恥を知れ。財政の内情にも、皇室の歴史にも、世界の動向にも無知のまゝ強権を押し通そうとする臆面のなさが問題なのだ。

 日本国の総理の選び方に欠陥のあることが判明した。一総理の問題ではない。今の自分と闘わず、明日の自分に課題を先送りする日本国民全体が今、自分の不始末の付けを払わされているのである。

 これから起こる日本の悲運のすべてをこの一書で語ったつもりである。

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2005年12月07日

ニューヨークタイムズの偏見(二)

◎ニューヨークタイムズ画像が掲示されているところ

◎当該記事英文と日本語文(対訳)

 Kanji Nishio, a scholar of German literature, is honorary chairman of the Japanese Society for History Textbook Reform, the nationalist organization that has pushed to have references to the country's wartime atrocities eliminated from junior high school textbooks.

Mr. Nishio is blunt about how Japan should deal with its neighbors, saying nothing has changed since 1885, when one of modern Japan's most influential intellectuals, Yukichi Fukuzawa, said Japan should emulate the advanced nations of the West and leave Asia by dissociating itself from its backward neighbors, especially China and Korea.

"I wonder why they haven't grown up at all," Mr. Nishio said. "They don't change. I wonder why China and Korea haven't learned anything."

Mr. Nishio, who wrote a chapter in the comic book about South Korea, said Japan should try to cut itself off from China and South Korea, as Fukuzawa advocated. "Currently we cannot ignore South Korea and China," Mr. Nishio said. "Economically, it's difficult. But in our hearts, psychologically, we should remain composed and keep that attitude."

ドイツ文学者西尾幹二は新しい日本の教科書を作る会の名誉会長であり、 その国粋主義団体は中学校教科書から戦時下の残虐行為の引用を削除するように圧力をかけている。

西尾氏は日本が隣人に行ったことに鈍感で、 「近代日本で最も影響力のあった知識人福沢諭吉が、日本は西洋の先進国を真似るべきで、アジアの遅れた隣人特に中国と朝鮮からは分かれろと言った1885年から何も変わっていない」と言う。

「何故彼らは成長しないのか?」西尾氏は言う。「彼らは全く変わっていない。中国と朝鮮は何故何も学ぼうとしないのか?」

西尾氏は南朝鮮について漫画の中で一章を書いているが、福沢が提唱したように、中国と南朝鮮から離れるべきだと主唱する。「現在われわれは南朝鮮と中国を無視できない。」西尾氏は言う。 「経済的に難しい。しかし、われわれの心の中に、心理的に常にこの態度を持ち続けなくてはならない。」

The reality that South Korea had emerged as a rival hit many Japanese with full force in 2002, when the countries were co-hosts of soccer's World Cup and South Korea advanced further than Japan. At the same time, the so-called Korean Wave - television dramas, movies and music from South Korea - swept Japan and the rest of Asia, often displacing Japanese pop cultural exports.

The wave, though popular among Japanese women, gave rise to a countermovement, especially on the Internet. Sharin Yamano, the young cartoonist behind "Hating the Korean Wave," began his strip on his own Web site then.

"The 'Hate Korea' feelings have spread explosively since the World Cup," said Akihide Tange, an editor at Shinyusha, the publisher of the comic book. Still, the number of sales, 360,000 so far, surprised the book's editors, suggesting that the Hate Korea movement was far larger than they had believed.

"We weren't expecting there'd be so many," said Susumu Yamanaka, another editor at Shinyusha. "But when the lid was actually taken off, we found a tremendous number of people feeling this way."

So far the two books, each running about 300 pages and costing around $10, have drawn little criticism from public officials, intellectuals or the mainstream news media. For example, Japan's most conservative national daily, Sankei Shimbun, said the Korea book described issues between the countries "extremely rationally, without losing its balance."

As nationalists and revisionists have come to dominate the public debate in Japan, figures advocating an honest view of history are being silenced, said Yutaka Yoshida, a historian at Hitotsubashi University here. Mr. Yoshida said the growing movement to deny history, like the Rape of Nanjing, was a sort of "religion" for an increasingly insecure nation.

"Lacking confidence, they need a story of healing," Mr. Yoshida said. "Even if we say that story is different from facts, it doesn't mean anything to them."

The Korea book's cartoonist, who is working on a sequel, has turned down interview requests. The book centers on a Japanese teenager, Kaname, who attains a "correct" understanding of Korea. It begins with a chapter on how South Korea's soccer team supposedly cheated to advance in the 2002 Word Cup; later chapters show how Kaname realizes that South Korea owes its current success to Japanese colonialism.

"It is Japan who made it possible for Koreans to join the ranks of major nations, not themselves," Mr. Nishio said of colonial Korea.

現実には、南朝鮮は2002年共催したサッカーのワールドカップで日本よりはるかに進み、多くの日本人に、南朝鮮がライバルとして台頭したことを印象づけた。同時に、南朝鮮のテレビドラマ・映画・音楽、いわゆる韓流は日本と他のアジアをかけめぐり、日本のポップカルチャーの輸出をしばしば取って代わっている。

日本の女性の間では人気があるが、その波は反動を特にインターネットで起きている。嫌韓流を書いた若い漫画家山野車輪はウエブサイトで次のように漫画を書き出している。

「嫌韓感情はワールドカップ以降爆発的に広がった。」晋遊舎の編集者AKIHIDE TANGEは語る。 36万冊を超える売り上げは編集者を驚かし、嫌韓流の動きは思っていた以上に大きかったことを意味する。

「こんなに売れるとは思っていなかった。」晋遊舎の別の編集者Susumu Yamanakaは言う。「しかし蓋を開けてみると、多くの人が同じ感情を持っていることが分かった。」

今のところ、このおよそ300ページで10ドルの2冊は、公的機関や知識人や主要メディアからほとんど批判を受けていない。例えば、日本の最も保守的な新聞紙産経新聞はその韓国の本は極めて理性的に、バランスを欠くことなく国の間の問題を描いていると言う。

国粋主義者と修正主義者が日本の論壇で大勢を占めるに従い、歴史を正直に見ることを唱える人達が黙らせられるようになってきている。一橋大学Yoshida Yutakaは言う。南京のレイプのような歴史を否定する動きは増大する不安な国にたいするある種の宗教である。

「自信が無いから心を癒すストーリーが必要になる」吉田氏は言う。 「例え歴史が事実と違っていたとしても、それは彼らには何も意味しない。」 韓国の本の漫画家は現在続編を書いており、インタビューの要求を拒否した。

その本は韓国の「正しい」理解をしている日本の10台Kanameを主人公にしている。2002年のワールドカップでいかに韓国チームが不正を働いたかで始まり、後の章では、Kanameは南朝鮮を日本の植民地の現在の後継者と認識している。

「韓国人が主要国の地位につけたのは日本のおかげであり、彼らの力ではない」と西尾氏は植民地朝鮮を言う。

But the comic book, perhaps inadvertently, also betrays Japan's conflicted identity, its longstanding feelings of superiority toward Asia and of inferiority toward the West. The Japanese characters in the book are drawn with big eyes, blond hair and Caucasian features; the Koreans are drawn with black hair, narrow eyes and very Asian features.

That peculiar aesthetic, so entrenched in pop culture that most Japanese are unaware of it, has its roots in the Meiji Restoration of the late 19th century, when Japanese leaders decided that the best way to stop Western imperialists from reaching here was to emulate them.

In 1885, Fukuzawa - who is revered to this day as the intellectual father of modern Japan and adorns the 10,000 yen bill (the rough equivalent of a $100 bill) - wrote "Leaving Asia," the essay that many scholars believe provided the intellectual underpinning of Japan's subsequent invasion and colonization of Asian nations.

Fukuzawa bemoaned the fact that Japan's neighbors were hopelessly backward.

Writing that "those with bad companions cannot avoid bad reputations," Fukuzawa said Japan should depart from Asia and "cast our lot with the civilized countries of the West." He wrote of Japan's Asian neighbors, "We should deal with them exactly as the Westerners do."

As those sentiments took root, the Japanese began acquiring Caucasian features in popular drawing. The biggest change occurred during the Russo-Japanese War of 1904 to 1905, when drawings of the war showed Japanese standing taller than Russians, with straight noses and other features that made them look more European than their European enemies.

"The Japanese had to look more handsome than the enemy," said Mr. Nagayama.


『マンガ嫌韓流』は、おそらくは意図せぬまま、日本の自己規定に関する葛藤や、アジアへの優越感と欧米への劣等感という過去から続く感情を、露呈している。この本では、日本人の登場人物は大きな目と金髪といった白人の風貌で描かれている一方、韓国人の登場人物は黒い髪と細い目という典型的アジア人の風貌で描かれているのだ。

このような特異な美意識は、ほとんどの日本人が意識しないまでに大衆文化に深く根をおろしているが、そのルーツは19世紀後半の明治維新にある。当時の日本の指導者らは、欧米列強の侵略を防ぐ最良の策は彼らの真似をすることだという結論に至った。

今日なお近代日本の知の父祖として尊敬され1万円札にも描かれている福沢諭吉が、1885 年に書いた『脱亜論』は、アジア諸国に対する日本の侵略と植民地化の理論的裏づけを提供した書物だと、多くの学者から見られている。

福沢は、日本の近隣諸国が絶望的なまでに遅 れていることを嘆き、「悪友を親しむ者は共に悪名を免かるべからず」と書いて、日本はアジア を脱して「西洋の文明国と進退を共に」すべしと説いた。福沢は近隣アジア諸国について、こう 書いている:「まさに西洋人がこれに接するの風に従いて処分すべきのみ。」

こうした感情が定着するにつれ、大衆文化の中で描かれる日本人の風貌は欧米人風になり始めた。最大の変化が訪れたのは、1904-05年の日露戦争中である。戦争絵画の中で日本人はロシア人より背が高く描かれ、通った鼻筋やその他の顔立ちは、日本兵を敵のロシア人以上に欧米的な風貌に見せていたのだった。

「日本人は敵よりハンサムに見えなければなりませんでした」と永山氏が言いました。


Many of the same influences are at work in the other new comic book, "An Introduction to China," which depicts the Chinese as obsessed with cannibalism and prostitution, and has sold 180,000 copies.

The book describes China as the "world's prostitution superpower" and says, without offering evidence, that prostitution accounts for 10 percent of the country's gross domestic product. It describes China as a source of disease and depicts Prime Minister Junichiro Koizumi saying, "I hear that most of the epidemics that broke out in Japan on a large scale are from China."

The book waves away Japan's worst wartime atrocities in China. It dismisses the Rape of Nanjing, in which historians say 100,000 to 300,000 Chinese were killed by Japanese soldiers in 1937-38, as a fabrication of the Chinese government devised to spread anti-Japanese sentiment.

The book also says the Japanese Imperial Army's Unit 731 - which researched biological warfare and conducted vivisections, amputations and other experiments on thousands of Chinese and other prisoners - was actually formed to defend Japanese soldiers against the Chinese.

"The only attractive thing that China has to offer is Chinese food," said Ko Bunyu, a Taiwan-born writer who provided the script for the comic book. Mr. Ko, 66, has written more than 50 books on China, some on cannibalism and others arguing that Japanese were the real victims of their wartime atrocities in China. The book's main author and cartoonist, a Japanese named George Akiyama, declined to be interviewed.

Like many in Taiwan who are virulently anti-China, Mr. Ko is fiercely pro-Japanese and has lived here for four decades. A longtime favorite of the Japanese right, Mr. Ko said anti-Japan demonstrations in China early this year had earned him a wider audience. Sales of his books surged this year, to one million.

"I have to thank China, really," Mr. Ko said. "But I'm disappointed that the sales of my books could have been more than one or two million if they had continued the demonstrations."


同じような影響が別の新しい漫画「中国入門」に表れており、 中国人を人肉食文化と売春の強迫観念で描き、18万冊を売り上げた。

その本は中国を「世界の売春大国」として描き、証拠も無しにGDPの10%が売春であるとしている。中国を病原とし、小泉首相は「日本で起こっている大部分の病気は中国から来たと聞いている」と言っているのを描いた。

その本は中国での日本の最悪の残虐行為を否定する。南京のレイプは歴史学者が1937年から1938年の間に日本兵により10万人から30万人の中国人が殺されたとしているが、反日感情を広めるための中国政府の作り話として否定する。

日本帝国陸軍731部隊は生物兵器の研究を行い、数千人の中国人と牢人を生体解剖や切断などの実験に使ったが、日本兵を中国人から守るために創設されたとその本は書いている。

「唯一中国人が示せる魅力あるものは中国料理である。」漫画の原作者の台湾生まれの作家黄文雄は言う。66歳の黄氏は中国についての本を50冊以上書き、食肉文化についてや、日本人が中国における本当の犠牲者としている。ジョージ秋山を名乗る日本人はこの本の主な漫画家であるがインタビューを断っている。

悪意のある反中国の台湾の人達と同様に、黄氏は盲目的に親日であり、40年間日本で生きてきた。日本右翼に好まれ、今年初めの中国での黄氏曰く反日デモは幅広い読者を集めた。本の売り上げは今年だけで100万冊である。

「私は本当は中国に感謝しなければならない。」黄氏は語る。 「しかし、私はもしデモが続いていたら100万冊200万冊以上の売り上げがあったんだが。」

2005年12月06日

ニューヨークタイムズの偏見(一)

 11月10日に東京駅ビル内のホテルのロビー喫茶室でニューヨークタイムズの東京支局長のOhnishiという日系人、あるいは日系人ふれこみの東洋人のインタビューを受けた。私は警戒していたので、予定していた内容の話――韓国論である――を二度くりかえし、これ以外に書かないようにしてほしいと頼んで、約20分で切り上げようとした。

 しかし私も人が善いというか、愚かというか、そのあと雑談に移って約1時間半近くも自由放談をたのしんだ。テーマは日韓・日中の歴史的関わりについてである。漫画『嫌韓流』にエッセーを寄稿したことが原因で、インタビューに引っ張り出されたことは知っていたが、まさか自由放談の中の一つの誇張、福沢諭吉の脱亜入欧のところだけをねじ曲げて取り上げられるとは思わなかった。

 じつに沢山の話をしたのである。バカバカしい。その中の一番最後に語ったたった一つのテーマだけが取り上げられた。私の発言からの彼の引用は私の語った通りであって、そんなに不正確ではない。たゞ、1時間半の中の3分程度の部分に関して正確であっても、残りの1時間27分の話の内容が全部カットされているのだから、正確とは言いがたい。

 私を紹介するための一文、「新しい歴史教科書をつくる会」の説明文は歪められた固定観念であって、はなはだ迷惑である。これは彼の勝手な規定であって、デタラメである。外国の新聞というのはひどいことをするものである。新聞記事を見てここが一番ひどいと思って、東京支局にすぐ電話をした。

 新聞自体に抗議するには投書しか方法がないという。投書にも長短二つあって、方法を教えてくれたので、長文の方を選んで書いた。掲載されるかどうかも分からない。ニューヨークタイムズの記事の日付は11月19日。私の抗議文のメイルは11月30日に発せられた。私に関する記事内容に対してだけではなく、記事全体にたゞよう対日偏見に関して短く、鋭く私見を述べた。英訳は柏原竜一氏にお願いした。

 ニューヨークタイムズの記事やそれへの日本での反響を先に掲げ、私の抗議文と英訳は記事や反響の全部を紹介した後に示すことにする。関連記事の選択と配列は長谷川真美さんにお願いした。

2005年12月05日

管理人からのお知らせ

 去る12月1日よりhttp://nitiroku-nishio.jp/blog/(独自ドメイン)のアドレスが手違いによりアクセス不能となっておりました。

 その間も、http://nishio.main.jp/blog/(サブドメイン)のアドレスはアクセス可能でしたが、一部の方がアクセスできなくなっていたようです。

 ここにお詫び申し上げます。

 尚、以前より移行を準備していたことでもあり、12月4日より「西尾幹二のインターネット日録」のアドレスを、覚えやすい/blog/(独自ドメイン)とさせていただきました。

 従来のアドレス(前述の2つ)にアクセスしていただいた場合も、自動的に新アドレスに切り替わるよう設定しておりますが、この機に「お気に入り」を上書きして、このアドレスに書き換えていただきますよう、お願いいたします。

 また、サーバー移転に伴い、携帯電話用のアドレスも/cgi/mt/mt4i.cgi?id=2と変わっておりますので、お気に入りを入れ替えてください。

2005年12月04日

歴史は復讐する

 皇位継承問題について、朝日新聞から寄稿を求められた。13字×100行=1300字というわずかな分量だが、担当者との打ち合わせも密にして、コンパクトにまとめることができた。

 少ない語数の中に多くを盛りこむのはむつかしい。できるだけ論理的に書いて、情緒的な形容詞などを省いた。「呪わしい悪夢」の「呪わしい」を削り、「澎湃として沸き起こる」の「澎湃として」を捨てた。それでかえってよかったと思っている。こんなに言葉を切り詰めて、400字詰め原稿用紙で3枚と5行で、ぎりぎり言うべきことを言ったのは初めてである。

 新聞社サイドは天皇制否定の共和制論者、女性天皇の積極論者、それに私の3人を並べて「視点」欄をつくる模様である。他の二人は誰であるのか、私はまだ聞いていない。

 有識者会議の無知の広げた世論に対し、小さな拙文が大きな破壊力を持つことを祈っている。

(以下、12月3日朝日新聞朝刊より転載)

 

 天皇の制度をなくした方がいいと考える人は別として、天皇の存在は日本人に末永く必要だと考え、そのうえで女系天皇でいいと主張するのは間違いだといいたい。

 有識者会議の答申は「将来にわたって安定的な皇位継承を可能にするため」女系天皇をも良しとするが、これは考えが足りない。

 旧宮家の皇籍復帰よって男系を守らない限り、皇位はむしろ不安定でトラブル続きになる。もし女系天皇を頂けば、30~50年後に今の天皇家はその正統性を問われ、政治的に左右両翼から挟み撃ちに遭うだろう。

 左派の最も意識的な天皇制度の否定者は共産党とその関連の知識人である。私のみるところ彼らは、女系天皇の容認は制度のなし崩し的否定に通じると見て歓迎してさえいる。この道を進めば、恋愛や離婚の自由、退位や皇籍離脱の自由、つまり皇族の人権化を通じて天皇制度そのものを破壊できる。「万世一系の天皇」という歴史的正統性からみて疑わしく贋(にせ)ものの天皇だ、と訴えることもできる。

 他方、右派からみても、女系の容認は皇室の系図をめちゃくちゃにするのでとうてい許せない。有識者会議の答申は女性天皇、女性皇族の配偶者も皇族とするといっている。衆議院議員○○家の長男、会社社長△△家の次男といった民間人がいきなり皇族に列する可能性がある。

 これは○○家、△△家の系図が天皇家の系図になるという歴史上例のない事態の出現であり、わが家系を天皇家にしようという権勢権門が競争して殺到するであろう。

 もし愛子内親王とその子孫が皇位を継承するなら、血筋を女系でたどる原則になるため、天皇家の系図の中心を占めるのは小和田家になる。これは困るといって男系でたどる原則を適用すれば、一般民間人の○○家、△△家が天皇家本家の位置を占めることになる。

 どちらにしても男系で作られてきた皇統の系譜図は行き詰って、天皇の制度はここで終止符を打たれる。

 今から30~50年後にこうなったとき、「万世一系の天皇」を希求する声は今より一段と激しく高まり、保守伝統派の中から、旧宮家の末裔(まつえい)の一人を擁立して「男系の正統の天皇」を新たに別個に打ちたてようという声が湧(わ)き起こってくるだろう。他方、左派は混乱に乗じて天皇の制度の廃止を一気に推し進める。

 今の天皇家は左右から挟撃される。南北朝動乱ほどではないにせよ、歴史は必ず復讐(ふくしゅう)するものだ。有識者会議に必要なのは政治歴史的想像力であり、この悪夢を防ぐ布石を打つ知恵だったはずだ。

 小泉首相は国民の意見も皇族の忠告も他の政治家の口出しも認めず、報告書通りに皇室典範改定を強行すると聞くが、独善的、閉鎖的なやり方は、郵政民営化のときとまったく同じ独裁主義の暴走だ。

 解決策は、旧宮家の皇籍復帰、養子縁組、新宮家の創設のほかには考えられない。有識者会議はこの方法について、戦後60年たつので国民の理解が得られないというが、これはおかしい。旧宮家は、明治天皇が皇女を嫁がせるなどした特別な存在であり、○○家や△△家の一般民間人が皇族になるよりは、はるかに違和感が少ないであろう。

2005年12月01日

年末の新刊

 都内12月2日店頭発売、地方都市は3日発売
 この本は政局論ではない。この本は小泉論でもない。今夏の総選挙の研究書でもない。

 総選挙は今日の日本人の紛れもない新しい、昨日とすでに変わった顔を示していた。あの狂熱の中に今の、そしてこれからの日本の運命が予示されている。

 同じことは再び繰り返されるし、すでに繰り返されてもいる。なぜいち早く気がつかないのか。

小泉首相は来秋やめるからもうどうでもいい、と思う人は考えが足りない。やめないかもしれないし、やめたとしても後遺症は深い。やめてもやめなくても愚かだった日本人の体質は変わらずに残る。

 郵政民営化のときはろくに深く考えないで小泉に賛成し、皇室典範改定問題が浮上して小泉はけしからんと、にわかに言い出す保守のおじさんたち、お兄さんたちの何という頼りなさ、浅墓さよ。郵政民営化も、皇室問題も、北朝鮮との国交回復も、憲法案文の歪曲も、自分の在任中だけ増税を逃げるいい加減さも、みんな根は一つである。

 小泉氏が知識を持たないことは許されてよい。知識を持たないことに恐怖のないことが許されないのだ。自分は知らないということを知らないことに対し恥を知れ。財政の内情にも、皇室の歴史にも、世界の動向にも無知のまゝ強権を押し通そうとする臆面のなさが問題なのだ。

 日本国の総理の選び方に欠陥のあることが判明した。一総理の問題ではない。今の自分と闘わず、明日の自分に課題を先送りする日本国民全体が今、自分の不始末の付けを払わされているのである。

 これから起こる日本の悲運のすべてをこの一書で語ったつもりである。

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