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西尾幹二のインターネット日録

2005年06月
2005年06月30日

宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(十九)

D:面白い見方があるんですが、ベルリンオリンピックが盛大に盛り上がって、丁度9年後にナチスが崩壊する。それからモスクワオリンピックの9年後にソ連が・・・・・(笑い)・・・・北京オリンピックの9年後まで長生きしたいという先輩がいるんですよ。(笑い)それは冗談ですけれどね。

宮崎:それは2017年ですね。

C:東京オリンピックのあとはどうなったんです?

D:東京オリンピックは民主主義国家だから、そうではなくて、独裁国家がオリンピックをやると9年後に崩壊すると。

西尾:まぁ今のこの新聞にも、日本歴史教科書って出ているね。

B:大躍進の時に餓死者が2000万と3000万とも出ていますね。あの時内乱が起こらなかったのはどういうことですか?

宮崎:やはり軍事力ですよね。それに鎖国していましたから、外国からバイキンというか、自由思想が入っていませんでしたから。

西尾:今でも私は鎖国だと思うのですけれども。携帯電話というのは鎖国をやぶる力になるんですか。

宮崎:なると思いますね。海外ともかかりますから。一部のGPSとか、ただこの間の上海デモの時に、あらゆる携帯電話にまで、当局から通知が入ったというあの恐さ、みんな登録番号をどこかが控えているんですよね。文字通信で入っていて、声では入らないけれど、声の通信がどこまで統御されているか、ちょっと疑問です。

 今日言い忘れたのですが、反日といっていても、本気の反日の人は少ないと言いましたけれど、反日というのは、これが記号でこれを反日=反共産党と置き換えますと、彼らはそれで通信をやっている形跡があるんです。若者達が。それだと当局にはキーワードには入っていないから、それで自由な通信をしているんです。

西尾:一字置き換えて読み直せと。

宮崎:そうそう、そういうことあると思いますよ。それは複雑な思考回路を持っている民族ですから。

西尾:それは法輪功の中のメディアとも違うと?

宮崎:そうとうダブっているんです。法輪功がこれだけの力を持ったということは、今までの民主人戦とか、中国民主党とか、北京の春、中国の春、その外世界中の反体制派が結局ここに、収斂しているんです。コメントはみんなここに出す。自分達の機関紙はまあせいぜい・・・・

西尾:じゃあ、アルカイダなんかとも繋がっているの?

宮崎:アルカイダとは繋がっていないでしょう。

C:大紀元はいつから出ているのですか?

宮崎:これは去年あたり、おととしに池袋に撒いていたのが最初で、えっと思って取ったんですね。

西尾:資金は何かというさっきからの質問ですが。

宮崎:資金は法輪功です。

C:法輪功はそんな資金があるんですか?身銭ですか。

宮崎:話半分、3000万単位だって、創価学会600万であれぐらいの金があるんだから、そりゃ3000万というと相当あるでしょうね。

A:その情報が出回るのは在外の人たちに向けてなんですか。

宮崎:在外です。内部には一切入りません。

西尾:だから弱いね、内部に入らない限り。携帯でどうなのか、というところですね。えっと、三好さんどうぞ。

M:ちょっとひとつお聞きしたいのですが、今回の中国の反日の引き金、韓国の反日がありましたけれど、それが引き金になったのではないかと言われましたが、韓国の反日と中国の反日は、何かつながりがあると見た方がいいのでしょうか。

宮崎:情緒的な部分の反日感情は近接していると思いますけれど、韓国の場合は盧武鉉の延命が第一でしょ。そのために、昔日本に協力したやつをとっつかまえて、罰金を課すとかいう法律を作ったり、いろんなことをやっていますね。

 それから反日グループは殆どプロですからね。戦争中に抗日分子であったということを言えば、年金をもらえるんですよ、ずーっと。強盗やった犯人も刑務所から出てきて、みんな私は抗日分子だと言って、金を貰っているんですから。その団体が大きなメジャーで、三つか四つあって、彼らは会費をとっていますから、常に日本大使館に行って、何かをやらないと、レゾンデートルにならないんですよ。そうやってやってきたら、今度はたまたま竹島でぶつかったでしょ。島根県が竹島の日を制定した、それでまた燃えていると思います。中国の場合は反国家分裂法と2プラス2があったけれど、韓国の場合はやはり竹島問題で火がついたんでしょう。

C:呉善花さんは、中国の反日デモも韓国が作ったんだと言っておられましたけれどね。

宮崎:世界中に文化を発信したのは韓国だと言いたくなるのでしょう。

C:韓国に触発されたんだろうと。

西尾:少しはあるけれど、中国は中国で別です。あとの方、いかがでしょうか。

L:中国から日本にたくさん留学生が来ているわけですけれど、あの人たちは日本の中で学生生活を送りながら、中国の政治的立場というものを日本の学生の中で言わないように、ひっそりしているということはあると思うのです。この間テレビを見ていましたら、日本に来ている優秀な中国の留学生達は今度の反日暴動をどう考えるかということで、アンケートに答えていましたけれど、日本を相当理解しているはずの学生達が、大体半分ぐらいは反日暴動賛成だと、答えていたんですよね。ちょっと質問するとすぐに、大虐殺だとか、侵略だとか、簡単にそういうことを言うんですよ。

 つまり、歴史の知識というものがないので、つくる会が矯正しようとした反日の歴史知識のまんまで見るんですね。だから、それを教育する手段が日本側にあればいいものだと思うのですが、まさか留学生に入国前に日本史の試験をやるわけにもいかないでしょうし、考えてみると、つくる会の歴史教科書が大きく普及することが鍵だなというふうに、思います。どうにもならないんだなと、閉じられた気分になりました。

西尾:それでは最後に今のことについて感想を述べますと、基本的には悲観しておりましてね、要するにレッテル張りですね、余り深い意味もなく。つくる会というものも世界で有名なレッテル張りをされているわけですよね。アメリカやヨーロッパの世界まで、歴史修正主義が悪いことをしているから、それは一部除いて、小泉初め政府は謝罪して、それで、中国が収まった、結構なことだというような言い方になっていますね。こういう構造でことが収まるのは、ものすごく嫌なんですよ。

 むしろ逆に大混乱が起きてですね、中国は野蛮な滅茶苦茶な国なんだよと、我々の主張しているのは、結局正しいんだよと、言うことが日本国民が肝に銘じるためには、中国の国民が自滅するくらいのことが起らないとだめなんじゃないかと思っているんですね。大躍進のころのことがまた起って、それが海外に今度は広く知られて、日本も外国もそれで初めて眼が覚めるじゃないかと、こう思っています。これで本日の会の最初の山口先生のお話と逆で、大混乱、大波局を期待しているという私の最初のテーマに戻ります。小泉さんがなんか謝罪めいた変なことを言って、収束してしまうのは、結局負債がこっちに残るだけと思っています。

 
 
 過激な発言をしたのは、私だけでしたが、今日はどうも有難う御座いました。

2005年06月29日

日本会議へのメッセージ

 日本会議から私に「みんなで靖国神社に参拝する国民の会」の発起人に就任し、国民に呼びかけるメッセージを書き送って欲しいとの依頼があったので、就任を承諾し、次のメッセージを認めた。

  弁解、釈明、反論などの

「罪」を前提にした議論をすべて止めよう。

日清戦争以来の日本の戦争が中国を一国として保全し、

韓国と台湾その他に現代文明を与えた

アジアの歴史の母であることを前提にした議論を、

政治家が国際舞台で当然のごとくに語るように導こう。

宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(十八)

西尾:そのとき武器は返すの?その辺の管理はどうなっているんですか。

宮崎:これはちょっとわかりません。管理はあってないようなものかもしれません。ともかくね、モラルがないでしょ。私ね、海南島の山奥の五師団、昔日本の監視所があったところに行ったんですよ。突然山の中にピンクのビルがあってね、何だこれと思うと、それが兵舎なんですよね。私が泊ったのがなんとか賓館というんですが、一泊2万1500円ぐらいで、値段はともかく、外人はこっち側、あっち側に違う旅館があるんですよ。それで朝みていましたら、皆軍人が女と出てくるんですよ。なんだこの腐敗ぶりは・・・と、そういう印象を持ちました。

 チベットへ行く時に、西都から320人乗りのエアバスだったのですが、310人が兵隊なんです。今兵隊が勤務の移動を飛行機でやっているんですけれど、たまたま30分ぐらい飛行機が遅れた時にね、ロビーのソファにふんぞりかえって寝ているのはみんな軍人でね、日本の自衛隊ならあんなこと絶対にしないでしょ。一般乗客が立って待っているのにね。それで若い兵士に、いろいろ話し掛けて、「おまえ等何処へ行くんだ?」「ラサに行く」「何年勤務だ?」「1年勤務だ」と。それでね、バリバリ、バリバリ食べてました。「ところで、隊長は何処に居るんだ」と聞きましたら「隊長はあそこで飲んでいる」と。

 一事が万事そうではないと思いますけれど、「台湾向けに700基のミサイルといっていますけれど、使えるのはおそらく200基くらいだろう、その中で台湾に飛んでくるのは75基ぐらいしかないだろう」と佐藤守さんが言っておられましたけれど、それに近いのではないでしょうか。

東中野:どうなんでしょう?200年大体国家が治まって、200年天下大動乱あって、この繰り返しがチャイナの大陸でしたけれど、1840年のアヘン戦争からまだ200年経っていないんですよ。1840年からずっと内乱が続いていると考えていいのか。年表を作ってみますと、そうなる。

西尾:共産党政権も内乱のひとつと?

東中野:そうです。大躍進政策の3000万も内乱の一つ、毛沢東の文革も内乱の一つ、年表を作っていきますと、私はこれはチャイナの内乱はまだ終わっていないんではないかと思います。ひょっとして内乱の原因は、いっぱい下に隠れているわけですから、天下大乱が起きてきても不思議ではないと思います。

西尾:2040年に別の政権が生まれると?

東中野:そうかもしれませんね。

西尾:それは群雄割拠ですか?

東中野:それはわかりませんけれど、今の中国共産党の磐石の独裁というのは、クェスチョンマークがつくんだなと、お話をうかがっていて思いました。

宮崎:法輪功は会員数を7000万人と言っていますが、話半分にしたって3500万。

東中野:共産党員は何人くらいですか?

宮崎:6400万くらいですから、今100万人脱党したといっています。法輪功がアメリカに行って、英字新聞を出して、それから香港、台湾、日本、アメリカで漢字の新聞を出しているんですよ。日刊ですよ。この軍資金はどうしているのかということですが、すでにそれだけの反政府運動が広がっているんですよ。

東中野:これはインターネットですか?

宮崎:インターネットも出しています。英語版、日本語版、支那版。

C:資金源は?

宮崎:ですから法輪功。会員がみんなで身銭を出す。

東中野:すごい反政府運動ですね。

宮崎:統一教会が世界日報を出していて、アメリカに行っても世界日報がありますけれど、ワシントンタイムズは完全に統一教会ですからね。

東中野:え?ワシントンポストじゃなくて。

宮崎:ものすごくいい新聞があるんです。原理色、統一教会色はぜんぜん出していない。で、申し上げたいことは、そこまでの反政府運動が巨大な組織として、世界に散らばっている。そしてテレビ局もアメリカに一個作りましたから、毎日反共、反政府です。

2005年06月28日

お知らせ

 6月末~7月の私の公開活動

《評論》
「靖国で譲れば次は『天皇制廃止』だ」
(特集・中国に譲る勿れ)『Will』8月号


《出版》 
編著『新・地球日本史2』
扶桑社刊  ¥1800

 周知の産経新聞好評連載の後半部で、現代史の中で最も重大かつ議論を呼ぶテーマを18氏が論じる。

 巻頭に三浦朱門氏と私との対談があり、新聞掲載時の対談の約3倍の分量。また巻末で私は書き下ろし新稿「日本人は運命の振子を自ら動かせたか――あとがきにかえて――」を掲載し、責めを果した。


《増刷》
『民族への責任』増刷決定!


《講演筆録》 
「ヨーロッパ人の世界進出」
藤岡信勝+新しい歴史教科書をつくる会編
『歴史教科書10の争点』の中の第三章。
徳間書店刊  ¥1500


《テレビ出演》 
TVタックル「靖国問題を徹底討論する」(仮題)
7月11日(月)21時~22時テレビ朝日


《記者会見》
船橋西図書館焚書事件・最高裁判決を受けて
7月14日(木)10時30分の判決以後、
時間未定  法務省記者クラブ


《講演》
 「これでよいのか!日本の姿勢」
7月9日(土)午後2時~4時30分
鎌倉市 鶴岡八幡宮境内 直会殿
(JR鎌倉駅下車 徒歩10分、Tel 0467-22-0315)
参加費:  ¥1000
主 催: 教育を考える湘南地区連合会・鎌倉市の学校教育を考える会
      教科書を良くする神奈川県民の会
代表連絡先: Tel 0467-43-2895(木上)


《シンポジウム》
サマーコンファレンス2005道徳力創造セミナー
7月23日(土)15時30分~18時
名古屋国際会議場(名古屋市熱田区西町1-1、Tel 052-583-7711)
基調講演: 西尾幹二
パネリスト: 兼松秀行、陰山英男、水野彌一
参加費: 入場無料  
主 催: 日本青年会議所
代表連絡先: Tel 090-8991-7123(宮崎修)


『新・国民の油断』の改版について
 

 『新・国民の油断』の128ページ後半部分に誤解を招きかねない記述があり、129ページの写真の無断使用にも遺憾の意を表し、同書は店頭からいったん回収された。しかし問題の個所を修復して、あらためて店頭に出すことになっている。ご迷惑をかけた関係各位にお詫びする。本全体の内容には格別の影響はないので、今後も読み継がれ、社会批判の一書として重要な役割を果たしつづけることを疑っていない。

2005年06月27日

宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(十七)

西尾:ご発言いただいていない方、東中野先生いかがでしょうか。中国問題をに携わっていたお立場から。往時の中国大陸の研究をなさっていて、今の中国はあんまり変わらないと思いますか・・・・

東中野:ちっとも変らないですね。結局腐敗と、汚職と、水滸伝の昔からそれですし、史記の昔からそれですし、皇帝専制が今は共産党独裁。今日のお話で驚きましたのは、農民の叛乱が20万件、しかしながら中央集権国家の軍事力というのは、月とスッポンですから、農民反乱は太刀討ち出来ない、近代軍隊に対しては。しかしながら、常にどの時代も農民反乱で、社会が大混乱に陥り、農民反乱のリーダーが二回も皇帝になり、これからまた同じような近代版の、21世紀版のそういった社会変動というのが、中国を襲うのかなぁと。

 しばらく小康状態が続いても、ネタはつきないわけでしょ。ぜんぜんネタはつきない。原因はぜんぜん消えていないわけです。金融問題だ、水問題だ、そして農民の不払い問題だ、すべてがそろっている。中国に向かって、アメリカは選挙をやってくれといいましたよね。中国のリーダーが農民は字が読めないんだ、字が読めないから選挙は出来ないんだと言ったら、アメリカはいや、インドネシア方式でちゃんと書いたものを配って、丸をつけさせたらいいじゃないかと、そこまで言ったんです。

 結局私たち日本にとって、非常に大きな不安というのは、常に中国人民の感情を傷付けたといわれますけれど、世論のない、言論の自由のない国ですから、大きな問題はそこにありまして、中国が民主化するということ。選挙をやって、そして自分達のリーダーを選ぶという、民主化するということがはたして可能か、そこが非常に大きな問題だろうと思います。そういう意味で、海外のメディアの反応として、21世紀の問題はもう日本問題じゃないんだ、中国問題だと、言っている。私はそうだろうと思いました。

 その意味では1930年代に、中国国民党が世界の問題は日本だと日本を問題視して言いましたが、それが20世紀まで続いて来て、21世紀に入ってようやく世界が日本を見る目を変えてきた。そしてアジアの問題は中国問題だと、こういう所に到達したところが、私としては非常に嬉しいと思います。

 あわせて、今度は日本がどういう政策を取るのか。相変わらずアメリカとは足して2で割った政策を行っている。したがって台湾問題に関してはアメリカと妥協する。今度は北京に対しても、足して2で割った対応を取るのか。「すみませんでした、私がいたりませんでした、どうかよりを戻してください」こういった、足して2で割る発想で外交を行っていて、それでいいのか。日本人が南京の問題で今までこれだけもめてるというのは、あの時にきちんとした記録を政府が残さなかったからなんだと思います。

 今回のバンドンの問題でも、政府はきちっとした記録を残してほしい。私たちはこういう発言をしたということを記録に残してもらいたい。やはり言葉だけでもいいので、先ほど西尾先生がおっしゃられたように、謝罪はする、しかしこれまで何度謝罪をしました、これが最後でございますと。そういう形で記録をきちっと残していかないと、50年たったときに、2005年のバンドン会議を歴史家が研究する時に、研究する資料がなくなるわけですね。政府がそういうものを用意してくれないと困る。

 70年代の南京はそういう、資料を政府が用意していないから、ものすごく今苦労しているわけです。あまつさえ、敗戦の時に全部焼きましたから、日本陸軍、海軍は、とんでもないことをやっているわけですよ。あれが残っていれば非常に楽なわけです。私たちは外交交渉というのは、二国間交渉であると同時に、その二国間交渉を世界に向けて発信するというような、発想をしなければいけない。

 合わせて、二国間交渉というのは50年後の日本民族に対して我々はこういうことをしたんだという記録を残す、そういう形でやってほしいなと思うのですが、ところが依然として村社会の発想で、足して2で割ることをいろいろなところでやっている。そういう気持ちで聞いておりました。

宮崎:一点だけね、今の中国の人民解放軍というのは、あれは国家の軍ではないんですよ。共産党に従属するもので、そういう意味ではプライベートアーミーなんです。それで第二軍、つまり人民武装警察、これが国に依存しているんです。そうしますと、近代国家の中央軍というのは、今の人民武装警察、これは機動隊の役目しかないんですが、ややとって代わりつつあるんです。そうすると、これからどうなるか。プライベートアーミーと、国家に属する軍隊というのがこうなる可能性がありますよ。人民解放軍はまた人数を減らすと言っていますから、240万今度、200万人になるのかな。

東中野:減らされた人民解放軍というのは、また私兵化するんでしょ?中国大陸では。

宮崎:それが皆盗賊をやるんですがね、それが危ないので、第二軍にいれているわけですよ。放っておいたら、この4月10日に北京でデモがあったように、やるんですよ。退役軍人は、暴動予備軍ですから、職がないしね。軍人恩給というものは
・・・・

東中野:退役軍人のデモがあったんですね。

2005年06月26日

宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(十六)

宮崎:まず、鉄鋼から言いますと、新日鉄もJFも高炉を持っていくんです。しかしこれは大変なんですよ。この高炉で特殊鋼を作られたら、戦車から大砲からみんな向うの精度があがるんでね。この問題があるんですよ。


西尾:禁輸にはできないの、日本は政治的に。

宮崎:いや、もうこれは決めちゃっていて、向うで作っていますよ。

西尾:そういうのは、たとえばアメリカだったら防衛上のストップをかけると思う。

宮崎:日本にはその条項はありません。

西尾:だけども、それじゃ自分が自分を殺すような話ですね。

C:製鐵の投資はストップはかからない。もう少しハイテクのものになってくれば、ちがうんでしょうが。

宮崎:クルマの問題でしょ。クルマは全社でていて、しかもトヨタは、天津、広州、長春、三つ工場を作るんです。これみんな合弁でしょ。合弁というのは危ないですよ。ただ、それほどいいものは作りませんから。

 問題は日産ですよ。日産は武漢の――武漢は上海から600キロあるでしょ――その武漢から200キロ山奥のところなんです。なんであんなところに行ったのかというのは、非常に不思議なんですけれど、ただあそこでつぶれかけの(とうふう汽車)というのがあって、頼むからそこと合弁してくれと、カルロスゴーンは出遅れたのを一気に挽回するためにたのみこんで、あそこと合弁して、年間30万台作るそうです。日産は、それ以前の基本の商業として、クェスチョンマークですね。

西尾:どういうクェスチョンマークなの?

宮崎:つまり、そんな山奥に作って、どこに売るんですかね。作った自動車を全国に輸送するだけでも、コストがかかりますよ。それから原料を上げるのに、船でえっちらおっちら持って行って、それから武漢の山奥まで運ぶんですかね。

西尾:そこは計算してやっているんでしょ。

宮崎:いや、もちろんやっているんですが、ただ、現地に行っている人から聞くと、なにしろど田舎で、カラオケもない、週末に200キロ運転して武漢まで行ってカラオケをしに行くっていうんですからね。それぐらいひどい所だっていうのは、分ると思うんですよね。

C:80年代の話になりますけれど、中国は松下とかトヨタに是非中国に来て、工場を作ってくれと言ったんです。松下は割りあい素直にしたがって、北京の近くにテレビの工場なんかを作ったんですが、トヨタは非常に慎重な会社ですから、これはアメリカに行くときもそうですし、ヨーロッパに行くときもそうですが、他より遅れるんですよ。いつも遅れて、あとで追い越してしまうというそれがトヨタの特徴なんですが、中国では慎重の上に慎重に、80年代は受けなかったんです。

 それでヨーロッパのフォルクスワーゲンなんかがその時受けて出て、結果としてフォルクスワーゲンが中国の中では今一番大きなシェア―を取っていると思います。日本の企業もホンダあたりが出て行って、初めて、10年くらい前に、私トヨタといろいろ話しをしていた事があったんですけれども、トヨタの人もやっぱり中国に出遅れたなと、意識があって、それでダイハツに出て行ってもらったものをダイハツと一緒にやろうと、いまおっしゃったようになったんです。それでトヨタとしては、今他のマーケットと同じように、三番手、四番手だけれどもいつかは一番手になってやる、という格好でやろうとしているんじゃないかと思います。

宮崎:ただ、日本車がデモ隊に壊されましたからね。

西尾:なんで中国に進出してやりたがるんだろうかなァ。

C:それはマーケットが大きいからですよ。

西尾:いやぁ僕はそんなに目の色を変えてやらなくってもいいと思うんだけどな。

B:中国で中国向けの品物を売るというのは、比較的いいけれども、製造工場を中国へ作ると、設備投資もこれは非常に危険だから、考えてやったほうがいい。

C:作って向うで売るのは、今でも難しいと思いますよ。作ってそれをどんどん世界に売っていくほうがむしろいい。

西尾:中国向けで売るとなると、金を取れないということ?

宮崎:自動車が一昨年440万台作って、去年500万台作ったんですね。今50万台ぐらい在庫があるはずなんです。それは結局自動車ローンを組んだけれど、二回目くらい払って、そのままドロンというのが相当いるからなんですよね。金融子会社が今までなかったんですが、日本信販みたいなものをじゃあ中国が作れるかというと、作れないんで、それをつくることまでまたメーカーに頼んでいるわけですよ。

 トヨタは金融子会社を出して、クレジットカードみたいに割賦を受付けるわけです。受付けているんですけれど、3回、4回くらい払ったら、そのあとドロンというのが相変わらず多い。今取りっぱぐれが非常に多いので、今度頭金を20%、30%にして、それで今売行きがガタっと落ちたんです。中間層が買い出したからこういうことになっている。

 特権階級は自動車買うにせよ、マンション買うにせよ、全部キャッシュを持ってきていますからね。消費人口が変ったことで、資料を読み違えた。やはり基本的に中国人は、金は返さない。払うのは最後の土壇場で払うけれど、ただひたすらまけろっていう民族ですから・・・・

西尾:痛い目に会うんじゃないですか、日本の企業は。

D:すでに相当痛い目にあっていると思いますよ。

2005年06月25日

宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(十五)

西尾:それで中国の先行きは?

宮崎:先行きは、今申し上げましたように、エネルギー投資が余りにも無謀なので、そこから破綻を来たしそうです。

 軍のエネルギー確保の発想はパラノイア的です。

 長期契約で、向こう25年間に、2000億ドルをイランに出資するといって、今700億ドルを払ったらしいんですが、今から開発するわけでしょう。開発するのに、資金切れになったらどうするのか、そんなことぜんぜん考えていません。

 ですから、中国のやることが、あんまり無謀なので、メジャーがみんなプロジェクトから撤退していくわけです。東シナ海からもユノカルなどが撤退しましたね。コスト度外視ですから。

 新疆ウイグルから上海まで持ってきているガスも、パイプラインは完成しましたが、末端の消費者にとって、国際価格の3倍もするんですよね。だれも買わないでしょ。買わないから今度は共産党が押しつける。国有企業にこれをこの値段で、買いなさいと。

西尾:日本のように、中東から輸入するというラインだけでは足りないんですか?

宮崎:中東からも石油、ガスを輸入しておりますが、足りないというよりも備蓄設備が少ない。

C:中東から輸入するだけじゃなくて、スーダンからも石油を輸入しているらしいですよ。

西尾:そこで素朴な質問ですが、なんで日本はそんなに、がつがつしないでもやっていられるのでしょうか。

C:いえいえ、過去に於て日本がやろうとした同じようなことを中国もやろうとしているんでしょう。日本は最近政府が石油公団を廃止したりしましたけれど、一時国が金を出して、石油を自分の側に抑えて、それで安定輸入先を確保しておこうということでやっていたんです。その政策があまりうまくいかなかったので、というか一部分しか成功しなかったので、そのうち堀内さんなんかが批判するもんだから、やめてしまったんです。それで今になって、石油がなくなり、天然ガスがなくなろうとしているとき、もっと日本は自分の側に抑えておくべきだったんじゃないかという議論が、今ごろまた再発しているんです。

 中国は30年前の日本と似たようなことを、わぁ~っといっぺんに金をかけてやろうとしているんです。で、今宮崎先生が言われたように、全てのプロジェクトがうまく行くとは思えませんけれども、ただ彼等としては本当に必要なのは油とガスだから・・・・・

西尾:日本はどうなの。何度もききますが、日本はのんびりしていませんか?

C:日本も同じです。石油の値段がこんなに上がったのは、中国がそうやってたくさん買おうとしているからなんですよ。ですから、影響は全世界が受けています。

西尾:中国の経済が伸びれば伸びるほど、エネルギーはより必要になるということですね。

C:宮崎先生がいっておられたように、めちゃくちゃやっているから、プロジェクトとかなんかで、おかしくなるんじゃないかというのはとおっしゃる通りではないかと思いますね。

D:アメリカの共和党は、民主党もですが、チェイニーとかラムズフェルドあたりはニクソンの時代から、ワシントンに居た人間です。彼らはマッカーサー元帥が好きなんですよ。マッカーサーが辞めた時に、議会証言の中で、彼らは朝鮮戦争の体験を心情を通して語ったんです。それはつまり、我々アメリカというのは、アジアの戦争に勝てないと言っているんですよ。そこらへんが共和党の、中国に対する考え方の根底にあるんじゃないかと私は思うのです。

 戦争しちゃいけない、封じ込めくらいはいいけれど、戦争はとにかくやっちゃいけない。今やっているのは、日本式に金持ちにして、おだやかにソフトランディングにもっていこうというのが、共和党の政策の根幹だと思います。

西尾:金持ちになるプロセスで、日本の場合は平均して金持ちになり、静かになっていった、だからよかったけれど、中国は非常にドラスティックに差ができたりするから、金持ちになったとたんに情報が過剰になって、内乱が起きる可能性は中国の場合は高いですよね。

宮崎:富の独占という意味で、中国共産党という権力だけが富を独占するわけですから、庶民のことなんか共産党はどうでもいいんです。そこで必ず不満が堆積してくるんですね。今の段階は、なんといったって飯が食えるから、まあいいのですが、これで農民が本当に食えなくなったらあちこちで一揆的な暴動を起すでしょうね。暴動が起きても、今の軍隊240万と第二軍の人民武装警察70万とで抑えられる、ただ軍がそのうち、武器を敵に渡すなどの腐敗を始めるでしょうから、そうすると昔のように、群雄割拠じゃないけれど・・・・がたがたしてくるでしょう。

西尾:中国と北朝鮮とは違いますか?そういう意味で。

宮崎:いや、かなり違いますよ。

西尾:違いますね。抑えられない。北朝鮮の軍隊、北朝鮮の民衆は抑えられるけれど、本当に餓死者が出るようになったら中国の場合は抑えられないと。

宮崎:あの半島とは違って中国のように広いところでは、山西省は山西省で何をやるかわからないし、江西省は江西省はで何をやるかわからないという状況も出ないとも限らない。ただ、この間もその議論になったんですが、かつての地方軍閥のごとくにたとえば、旧満州では張作霖が出たり、天津からは袁世凱が、山東に閻軍閥、四川に朱徳、広東に葉剣英が出て「広東覇王」をなのるというような、旧来の軍閥かといえば、それは違うと思うのです。

西尾:ということはつまり、片岡さんがさっきから言っているように、現代の国家、主権国家が武力、軍事力を持ったら、地方軍閥は手が出せないということですね。

宮崎:地方叛乱ですね。もちろんそうですが、我々が昔からイメージしていた中国の地方軍閥というのは、もう消えかけてないと思います。

 軍の近代化以来、地方軍閥を警戒してきた。

 その結果、いまあるのは、総参謀本部、総政治部、総後勤部、もう一つ。この四つの「縦の系列」があって、それぞれが地方空間を束ねている。

 軍の中の四つの「縦の系列」にそれぞれ利権があるんです。どこどこのガスはここ、たとえばどこかに労働者を派遣するのはここ、サウジアラビアのミサイル管理はここ、ホテル経営から何から全部「縦の系列」で利権を取り合っているので、それが喧嘩を始める、(ま、今も喧嘩していますけれど)そのときが大混乱の始まりでしょう。

西尾:それが流血の喧嘩になるかもしれないと?

宮崎:なる可能性はある。しかしいい部隊にはいい武器が行くわけですから。

 外国にも出している。軍は輸出で儲けていて、たとえばバングラディッシュあたりは、全部中国製の武器ですよ。90パーセント。ロシアのカラシニコフを真似た機関銃ですが。一発打ったら弾奏が壊れるので、あれみんな“チャラシニコフ”と言っている。(爆笑)

 周縁諸国は、プロチャイナの国々でも、そういうものしか持っていない。まだ、それで十分だから。一方、中国は沿岸警備を含めて、海軍の装備が格段によくなったようですね

西尾:北京オリンピックの見通しはどうでしょうか?

宮崎:オリンピックまでは強権発動で持つと思います。その前に不動産と金融の問題がどうなるかですよ。

C:さっき宮崎さんがおっしゃった、株の投機は?メタル関係は?

宮崎:これは終わりました。鉄鉱石は上がっているんですが、ただ需要がもうないんです。いままで隠していたやつを今だして、それから発注っていうことになりますでしょ。

C:アメリカでも日本でも、そういうのは起っていますけれど、上がるとみんなが買いだめして。

B:上海の土地はもう下がるとおもいます。

宮崎:石油と金が上がっています。

C:日本企業の投資の問題ですが、ちょっと感想を述べさせていただきたいのです。過去10年、15年の間に中国向けの投資については、日本の企業は揺れているんですよね。中国はカントリーリスク――リスクと言う言い方はおかしいかもしれませんが――結局中国に投資して、うまくいくかということです。日本の企業も90年代の前半なんかは、相当慎重だったんです。それは現実に、うまくいかないケースもあったし、中国の中で売ろうとすると大臣が買い占めちゃうようなケースもあった。

 さっき銀行は不良債権が多いとおっしゃっていましたが、中国人は借りた金を返さない。それで日本のやおはんという会社が投資して、つぶれちゃったんです。結局、中国の中で商売しようとして、やっていけなかったのです。日本の企業はどっちかというと、中国で作らせて、それを買ってアメリカに輸出すると、その商売だったら代金はアメリカから入るわけですから、それで向うで割に伸びているのはそうです。

 私は中小企業の仕事をしていましたけれど、日本の中小企業も中国向けの投資がむずかしいなという感じをもっていたんです。ところが、90年代の終りごろから、少し様子がかわってきて、日本の大企業もうまくやるのが出てきたし、しかも中国の中で商売するイトーヨーカ堂とかですね、そういう所も出てきて割にうまく行き始めたもんだから、中国国内をマーケットにした商売の為の、投資というのが非常に増えてきて、つい最近まではものすごいブームになっていたんです。ただ、反日暴動の事件があったのでまたカントリーリスクが出て来たと思います。

 東南アジアの方に、アセアン諸国のほうにまた若干ウェイトが移っていくんじゃないかなと思います。それは中国にとっては、非常に大きな影響があると思います。しかし経済問題ですから、これはしょうがない。

宮崎:もうひとつ、今木下先生がお触れにならなかったことで、WTOの問題があるんですね。WTOで来年、金融の自由化とか知的財産権の保護とか、いろいろあるんですけれど、やはり繊維ですよね。繊維のクォーターがなくなって、中国がラオス、カンボジアに負けるんですよ。中国企業がみんなあっちへ行っているでしょ。価格競争に勝てない分野が中国でさえ今でてきた。

B:ストが起きているでしょ。賃金ストが・・・・

宮崎:ストは年中起きている。基本的にはみんな不払いなんですよ。工場長が持ち逃げしたり、約束の半分ももらえない、これ一番多いんですよ。

B:約束した金を払わないというのは、中国人なんですか。

C:中国に投資することに、通産省がかんでいます。通産省が熱心にやったような気がするんです。

西尾:台湾の悲運がここで問題になりますね。許文龍さんが涙を飲んだ事件がありましたね。愛国者だったのに、自分の会社の人間がおそらくひどい目にあって、仕方なく台湾の独立放棄なんて心にもないことを無理して書かされたんでしょうが、日本の企業も罪もないのに、10年の刑とか、そういう人があいついで出たりすると、日本の企業もこれは大変だということになって、逃げ腰になる、そんなことおこりませんかね。

宮崎:今小林陽太郎だの、一応財界が中国の言うとおりに動いているから、今のところ嫌がらせはないと思います。ただ、たとえばトヨタの会社あたりが全然違うことを言いだすと、やりかねないですね。

西尾:困ったもんですね。常識の存在しない始末に負えない国ですから、日本の企業もちゃんと分って、不当なことをされたらどうしたらよいか、今から対応策を考えておいてほしいですね。

2005年06月24日

台湾の楊さん

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豊城和彦
 56歳、会社員。団塊の中心世代。全共闘運動真っ盛りの時期に学生時代を過ごし、三島由紀夫の自決に言い知れぬ衝撃を受けた。素材メーカーに勤務すること三十余年。進行する日本社会の劣化崩壊に、こうしてはいられない、の思いが強い。

 台湾の楊さん

 劉さんの時の台湾出張から10年ほど経った頃、また別の新製品の市場開拓で何度か台湾に出かけた。代理店の楊さんは私よりもだいぶ若い。市場打診を始めたばかりの特殊な製品を目ざとく見つけて台湾代理店に名乗りを上げた、小さな商社の経営者である。日本の大学に留学していた時のバイト先(?)で今の奥さんと恋仲になって千葉県から台湾に連れ帰ったという辣腕。奥さんは日本人だからもう少しうまい日本語を話してもいい筈なのに、性分なのかかなり雑な日本語をしゃべる。

 10歳ほども年下だし、ややがさつでさっぱりした男だから、遠慮のない話ができる。現地で一緒に市場開拓に回った時、途中で車を止めて楊さんとその部下の3人で昼食を取った。例によって絶対に食べきれないほどの種類と量を注文しようとする。

 「そんなに食べられないよ、このくらいにしようよ。」と言っても「まあまあ」とか言いながらどんどん注文する。過剰注文をして大量に余らせるのはもう2度目か3度目である。たまりかねて年の差をいいことにお説教を試みた。

 「こっちの言葉でもったいないはどう書くんだっけ?」
 「可惜。」
 「日本語の『もったいない』には単に経済的に惜しいとか、損をするという意味だけでなく、例えば食べ物だとかに対しても、そのものの本来の目的を達して上げられないような状態になる時に、そのものに対して申し訳ない、気の毒だ、と思う気持ちがこもっているんだ。その食べ物を作ってくれた人に申し訳ない、という気持ちもあるが、それだけでなく、人間が接する森羅万象にはすべて何らかのたましいがあって、それが、本来果たすべき役割を果たせていないような状況にある時、その気の毒なたましいに対す
る同情心のこもった言葉が『もったいない』なのだ。」

 大略こんな話をした。楊さんは神妙そうに聞いていたが、話は耳の穴を素通りしたのか、それともちょっとは記憶に残ってもう一回お説教されると面倒と考えたのか、その晩は台湾人の経営らしい日本料理屋に連れて行かれた。和食ならコースで出るから量が多すぎると言って文句をつけられる心配がないと考えたのかもしれない。

 そんなに安い店ではなかったろうと思うが、お皿やお椀は確かに和風なのに、料理の出し方はめちゃくちゃで順序も何もあったものでなく、ほとんど全品をいっしょくたに持ってきて、お膳の上にごちゃごちゃにおいて行った。盛り付けだってなんか洗練されてないのである。

 全体にこっちの人は大まかで、細かい事にこだわらない。(台湾人に限らず、大陸でもシンガポールでも似たような印象を受けるから、シナ人全体と言った方がいいか?)

 お膳の上のありさまにちょっとしたカルチャーショックを受けながら、和食というのは順序だとか容器のとりあわせだとか盛り付けだとか、要するに総体のものなのだなあ、ということを改めて感じた。

 『もったいない』が地球環境保全のキーワードとして使われる気配である。森羅万象に精霊が宿ると考えるアニミズムに根差しているらしい日本人の「もったいない」感覚をぜひ世界中に広めたいものだ。

2005年06月19日

鹿子木裁判長が与えた憂鬱(追記あり)

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・否定された企業防衛策

我が国初の平時導入型敵対的買収予防策が司法により否定された。
新株予約権差し止め、東京地裁・異議審・高裁・・・まだ記憶に新しいほりえもんの事件を思い出す。最初に司法判断をして強烈な牽制球を投げた裁判長も同じ鹿子木氏。
あの時はニッポン放送が買収を仕掛けられた後の「有事・事後の」新株予約券発行という防衛策が問題となって、ライブドア側の差し止め請求が通った。この事件以降、各企業ともおっとり刀で「平時・事前の(有事に発動する)」買収防衛策を作った。
経済産業省の企業価値研究会でも「論点公開~公正な企業社会のルール形成に向けた提案~」 が公表されている。この資料の126ページ、企業価値研究会 委員名簿を見ると「武井一浩 西村ときわ法律事務所 弁護士」とある。
日経新聞によると実はこのニレコのライツプランは経産省の企業価値研究会の委員をしていた事務所(西村ときわ法律事務所)によるものらしい。

ニレコの企業買収防衛策に対する新株予約権発行差止仮処分命令申立事件の決定を読んだ。東京地裁商事部の鹿子木裁判長の論旨はいたって明快、ここまでくるとあきれるほど。この判断が基準になるなら今回新株予約権スキームを実施したほとんどの企業は発行差し止め処分を食らうことだろう。

・H17. 6. 9 東京地方裁判所 平成17年(モ)第6329号 保全異議申立事件
・H17. 6.15 東京高等裁判所 平成17年(ラ)第942号 新株予約権発行差止仮処分決定認可決定に対する保全抗告

この判決についてはいろんな専門家がそれぞれの立場で解説するであろうから詳しくは触れない。
(異議審の市村氏、高裁の赤塚氏に比べて、鹿子木判決が一番いやらしいことだけは述べておく)
ここではあえてテクニカルな話題を避け、この判決の根底にある考え方に注目したい。
なぜなら、この東京地裁民事8部というのは今後も実質的に我が国の大多数の企業(上場会社)の管轄裁判所となるのだから。
そして、この二つの地裁決定が今後の我が国の企業買収防衛策に大きな影響を与えることになるのだろう。

しかし、これが罷り通るなら、もう、ムチャクチャだ。
一体どこまで企業の自治に司法判断が踏み込んでくるというのか。
鹿子木氏の論では理想的な経営者とは、いくつかの利害関係者(ステークホルダー)の利害を同時に考えることができる人物となる。そして、必ず一般株主の利益を忘れない人物。しかし、経営者に複数ある利害関係者に対する責任を持たせて、いろいろなことを実行させるということは、結局、経営者の裁量権が増してしまうことになり、最終的にはそれが論理破綻になってしまって、どんな利益も満たせないということにもなりかねないのだが。

本来なら、このような状態で安易に市場経済の活性化のみを目的とした練りこみの足りない新会社法を導入すべきではない。(新会社法では新株予約券の差止請求のみならず、発行無効確認訴訟もできる、そして施行1年後には合併対価の柔軟化により三角合併も可能となる)
経営者が余計なことに気を取られて、本業に没頭できなくなるとしたら本末転倒もはなはだしい。

・株主重視経営と株式市場中心経営は、似て非なるもの

あえて誰も言わない禁句を言おう。
「我が国では会社は株主のものではない」 「企業価値は株価で決まるものでもない」

皆が口には出さないものの、本当は心の底で思っていることだろう。
我が国の会社の成り立ちを考えてみれば誰でも分かることが何故言えなくなったのか。

我が国は間接金融主体の経済であったので、その成長期には銀行融資によって資金調達を行なっていた。そして、それを一所懸命返済してきた。株式市場から会社の成長に必要な資金を調達するところなど殆んど無かったはず。
つまりオーナー経営者ならずとも、会社に関わる全ての人には株式市場の力を借りずに、自分達が会社を大きくしたという自負があったはず。長年会社に勤めてきた従業員が「会社は自分達のもの」と思うのもある意味当たり前とも言えよう。特に短期投資の株主など、株式を売ってしまえばその会社と縁はなくなってしまう。

働く者の心の底では皆が「会社は株主だけのものではない」と思っているのに、いつの間にか会社は株主のものとされてしまっている。岩井克人さんの論とは別の意味で私は会社は株主のものではないと言い切る。従来は日本的産業資本主義、家族的会社制度、金融機関からの資金調達に絡む株式の持合いや系列によって磐石と思われていた日本的社会システム。ところがこれを時代遅れと批判する考え方の勢力が実権を握りだしてこれを解消させてきたことが、現在のような事態を招いたと言えよう。

・株式市場とは長期投資の人も短期投機の人も同時に存在する場所

ほりえもん達の台頭にしたところで、小泉氏や竹中氏の存在抜きには語れない。
当時低迷していた我が国の株式市場に、一般投資家の参加を呼ぶ込むとのことで、2001年の小泉政権の時に株式分割を容易にした。
恐らく株式分割は業績良好、高株価の株式の分割を想定したものだったのだとは思うが、実際にそれを利用したのは、今やほりえもんに代表される新興市場のIT企業だった。
実業の能力には乏しくとも、こういう抜け道には目ざとい彼らは株式分割制度の歪みをついて魔法の杖を手にすることになる。
ライブドアなどは2003年には公募増資して51億円を、昨年の公募増資ではいきなり382億円を手にしている。この背景には、一株を4回にわけて3万分割するという、常識外れのやり方でドーピングして時価総額を極限まで高めた手法がある。
株式を2倍に分割すれば、株価は半分になりそうなものだがここにトリックがある。
株式分割に伴う株券の交換、それにかかる一ヶ月半のタイムラグによる需給バランスの崩れによって株価が高くなるのだ。巨額の資金を持ち短期売買を繰り返す投機的投資家が動き、また、たいしたお金も持っていないくせに、自分も将来お金持ち、とバカな夢を見る自称デイトレーダーがそれに乗せられ、せっせとその手助けをして結果的に社会に対する価値破壊を行なう。そして、それによって手にした資金でこうした会社はまた企業買収を続けていくことになる。時価総額の大きさに比べ収益力が劣るこんな会社は、これを止めるわけには行かない。止めれば待つのは株価の下落しかないのだから。

鹿子木氏の基準では、生産品質や技術の向上のような地道な努力ではなくて、ほりえもんのようなサギまがいの時価総額上げのトリックが真摯な経営努力になるのだろうか。(既存株主にとって不測の損害を与えるという点では、MSCBのような資金調達を行う経営者であるほりえもんはまさにその筆頭なのだが)
このようなことができる日本の株式市場のスキームにこそ歪みがあり、これをこそ是正しなければならないのではないかという考えになぜ至らないのか。
鹿子木氏は分かっているのだろうが日本はアメリカ型の資本主義はできないのだ。
元々の金融システムが根本的に違うのだから。
それなのに、彼のような人達がそれを無視してこんな考えで司法判断を続けていくと、何をどうやってもアメリカの資本主義に負けてしまうことになる。
もっとはっきり言うと、金融力がないといくら産業が強くても、国家は必ず乗っ取られる。
つまり、日本がアメリカの「下請け国家」にならざるをえないということになる。

・株式市場中心主義におけるコーポレートガバナンスの問題

直接金融主体のアメリカ型資本主義の最大の特徴は株式市場至上主義、あるいは時価総額至上主義にある。会社の優劣は市場で判断される。どんなに立派な仕事を行っている企業でも、将来性があっても株価が低ければ価値がない。クリントン政権の労務長官を務めたロバート・B. ライシュは『勝者の代償』(東洋経済新報社)の中でこう言っている。
かつての経営者支配の時代には、労働者は限られた労働強度の中でその雇用は安定していた。底辺の労働者の賃金は上がり、経営トップの報酬は制限されて、賃金格差は縮小した。労働者の平均賃金が持続的に上昇することによって、中流階級が拡大した。
 ところが、九〇年代以降こうした状況は急変することになった。企業は、いまでは、従業員や地域社会や一般大衆に対する責任を果たさなくなった。経営者の唯一の任務は株価を最大にすることであり、そのことにより自分の報酬を高めることである。企業はコスト削減のため、リストラを繰り返し、労働者の安定した雇用は消滅した。労働者は収入を得るために以前よりもはるかに継続した努力を求められ、長く働き、家庭にも仕事を持ち込まざるを得なくなった。この求めに応じられない労働者は下層に転落して行った。こうして、不平等はおどろくほど拡大した。

アメリカ経済の帰結は、金融資本による独裁とも言える。

・むしり取りの構図

その金融資本にいく金が、結局は我が国が稼いだ金であることが一層私を苛立たせる。
アメリカは実業は下手でも、マネーゲームだけはとても上手い。株、為替、M&Aなどのゼロサムゲームになると、アングロサクソンであるアメリカは本当に強い。
ここ数年のアメリカは貿易では大赤字、ただし金融資本による富のむしりとり-海外直接投資-では受取超過となっている。アメリカの03年海外直接投資収益率は10.3%。対日投資収益率は13.9%にも達する。逆に、米国以外の国からの対米直接投資の利益率は、平均で4.2%(欧州が4.5%。日本は5%)。要するにアメリカの一人勝ち、そして、特にむしりとられ方が激しいのが日本である。アメリカ金融資本にとって日本は「おいしい植民地」なのだ。
ただし、日本は製造業中心で5%の収益を上げている。しかも、地域に根ざした雇用をつくりだしている5%である。雇用を生まないマネーゲームの13.9%とどちらが社会的価値があるだろうか。
政治力をも利用したアメリカ企業の収奪ぶりはすさまじい。しかし、我が国で同じ事を今後もやらせることを許すわけにはいかない。小泉改革がアメリカの利益を計るための方向性をもって推進される-私にはそうとしか思えない-のを止めねばならない。(数字は米国国務省「International Investment Position of the U.S.」より、参考「WEDGE」4月号10-12ページ)

日本は金融資本を欧米型にせず、土地をベ一スにした資本を産業に投下することで発展してきた。そして、一所懸命に努力し、いいものを安くつくることで成功し、資本を蓄えた。
しかし、ほりえもんや竹中氏と根っこのところでは同じ考え方の鹿子木氏のような人達が、自らの無謬性を信じて亡国の司法判断を繰り返していけば、その蓄えは、結局はアメリカの金融資本に取られ、最後には我が国の主要な全産業が「下請け」にされてしまう。
政府が巨額の税金を投入した長銀を、アメリカの投資会社リップルウッドが買い取って新生銀行になったのも、旧日債銀をソフトバンク、オリックス、東京海上火災の3社連合が買い取ったのも、みな同じ構図。
そして、この流れは、これからいっそう激しくなろうとしている。
日債銀の破綻後の一連の出来事などは、合法的に行われた一種の強奪だったとも言えよう。
本来、このようなことは政府が規制するべきものである。
しかし実際には4兆円強の公的資金、つまり税金が投入されていたにも関わらず、自分の都合のみでソフトバンクの孫氏は490億円で買ったあおぞら銀株を1011億円でサーベラスにさっさと売却した。しかし、これは彼の信ずる経済合理性に基づき、合法的に可能な限り早く多くの利益をあげただけである。小泉氏や竹中氏といった市場原理主義者がいつも言っていることを投機家として行っただけにすぎない。
旧日債銀だけでも、幼児も含め国民1人あたり3万6000円を負担した計算になるのだが。
そして、その後こういうことがあったことも見ておかねばならない。
楽天 株式会社あおぞらカードの株式譲受
ヤフー、あおぞら信託を傘下に収めてネット銀行業参入へ

完全にもてあそばれている。政治家のみならず、我が国の国民も。
従業員、顧客、地域社会のいずれも考慮されることのない資本家中心の経済理論など、アメリカのむしりとり植民地経営正当化の詭弁にすぎない。郵政民営化にしても政府機関が民営化されれば、資本家がそれを買い取り、またも同じ事が起きるのが当然の帰結になるやもしれぬことも声を大にして言う人がいない。

さて、鹿子木氏はこれらの事例を十分に承知の上で、一体どんな考えを持って訳の分からない持論で裁いてきて、今後はどうするというのか。

・アメリカの言うことは本当に正しいのか

もともと、欧米でできあがった資本主義というものは、資本家を中心としたものであり、極端に言えば金貸しの利益と権利最優先である。ただし、鵜飼の鵜がいなくなって鵜匠だけになっても困る。だから、支配者からすれば、生かさず殺さずというのが丁度良い。いまの日本はアメリカニズムとその信奉者によって、そういう状態に置かれようとしている。

日本の問題点が政財の癒着体質と情報公開不足にあるとするアメリカ政府の主張を正しいとする人に問いたい、エンロンやワールドコムの事件が示すようにアメリカの方が我が国以上に腐敗と癒着体質、情報公開不足が多かったのではないか。 アメリカの突きつける年次改革要望書は情報公開や腐敗防止策をさせることで我が国経済を脆弱にし、乗っ取りやすくすることが目的ではないのか。
そういうバカな話を真に受けてきて我が国のシステム全体が歪んでしまっているのだから、このままアメリカの要望のままに部分的に変えていっても、もうダメだということに気付くべきだ。

西尾幹ニ先生が「ライブドア騒動の役者たち」で鹿子木氏について、既に4月に彼の無国籍思想の危うさを語っておられたが、その時は買収攻防のスキームにばかり目がいってしまい、さして気にも留めなかった。これは私のみならず専門家もほとんどそうではなかったろうかと思う。確か「正論」だったかと思うが、「民族への責任」という近著に所収されている。あの時どうして誰も気付かなかったのか。そうすればこんなばかげたことの繰り返しは起こらなかったのかもしれない。

いや、今からでも遅くない。
この判決には強い意思を持って、国民世論としての異議を申し立てるべきである。このような判例を既定路線とさせて良いはずがない。
労働の対価としての賃金のみで満足し、企業が生み出す経済的付加価値は海外に流出してよいという人がいるなら別だが。
その場合には、我が国の経済は崩壊する。

企業価値の優劣すら企業へ判断をゆだねることは許されず、もっと司法判断を仰げというようなわけの分からない判決。
極論を言ってしまえば平時における買収防衛策の導入自体を否定しているのだ、鹿子木氏達は。
一体誰の損害を念頭においてこのようなことを言うのか、彼等は。

鹿子木氏はアメリカ帝国主義の走狗となりたいのだろうか。
我々日本人を下請け奴隷にしたいのか。
そういう人間を法匪と呼ぶのに私は何のためらいも覚えない。

福井雅晴
Ph. D in Economics Univ. of California,Berkeley

以下に追記あり
24,June '05

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新刊『民族への責任』について(九)

 『民族への責任』が経済評論に踏みこんだことは前回に述べた。第4章「ライブドア騒動の役者たち」で私は司法を槍玉にあげた。

 ホリエモンの悪口を書いた人々は多かったが、私以外に、雑誌評論で東京地裁の鹿子木康裁判官の判決文を吟味し、批判した人はいただろうか。同裁判官は敵対的M&Aを仕掛ける側に、最初から予断をもって、味方している。公平ではない。

 裁判官も「グロバリゼーション」や「市場の自由化」にいかれているのである。このことに危惧を抱き、私は新会社法の危うさを論じた。

 対日投資もときにあっていいし、市場の自由化も資本主義の原理であることを私は否定しない。しかし、門戸を開放するにはそれにふさわしい時期がある。

 日本の株価が低迷し、日米企業の時価総額にちょうど今開きが出ているそのときに、株式でM&Aを可能にする「三角合併」などの手法で、投資を歓迎し、日本の企業を外資に売り渡すのは恐しくあぶない話ではないだろうか。

 しかも、司法が日本ではすでに国籍不明となりつつある。

 実は、話は変わるが、「西尾幹二のインターネット日録」には長谷川さんのほかにもう一人、管理人がいる。

 かなり大掛りな仕組みになっているので、複数の有能な人材の関与があることは見ているだけですでにお気づきであろう。

 福井雅晴氏、42歳、企業経営者。滋賀大学経済学部卒、カリフォルニア大学・バークレー校のPh.D(経済学)を取得。該博な知識、見識、広い視野の資料蒐集力の持主である。経済の分野だけでなく、歴史や政治や社会一般に関する博識には私は日頃舌を巻いている。

 東京地裁の鹿子木裁判長をはじめ、日本の商法関係の司法のあり方に私同様に強い疑問を抱いている。

 今度管理人のお二人、長谷川、福井の両氏に、私が原稿を書けない日に、ときおりオピニオンを提示してもらうという、新しいbanner-s.gifという欄を設けることにした。

 (今作業進行中の「新人ゲスト・コーナー」はこれとは別である。こちらも間もなく折をみて順次掲載していく。)

 最初の試みとして、福井雅晴氏にご登場いたゞく。

2005年06月17日

新刊『民族への責任』について(八)

 今度の本は私が15年ぶりに本気になって経済評論を書いた点に新しい特徴があることにはたして気がついてくれる人がいるか、エコノミストはどう考えるか、ずっと気になっていた。

 PHPの編集者の丸山孝さんは経済畑の本も出している方だが、今日、6月16日にファクスで個人的な書評を書き送って下さった。

 謹啓『民族への責任』をお送りいただき、ありがとうございます。 

 今回もたいへん面白く拝読いたしました。個人的には、特に私の興味の強い分野である第一部の「第四章 ライブドアー騒動の役者たち」から「第六章 アメリカとの経済戦争前夜に備えよ」の部分が、単行本では通読できることもあって、再読の印象は一段と切実かつ興味深い内容でした。

 タイトルの「無国籍者の群れ」や「アメリカとの経済戦争前夜に備えよ」というコピーに現われた明快な内容に、まったく賛同します。アメリカが日本を「自分に都合のいいように組み変えた後で、利益を吸引」しようとしているのは明白で、なぜエコノミストがこのことに警鐘をならさないのか、それのみならず、なぜむしろアメリカに加担しているのか、かねてより不思議でなりませんでした。

 今から書くようなことは邪推であるため、マスコミにはもちろん登場してきませんが、どうも一橋大学の経済学部、社会学部出身者(あるいは同程度の大学の出身者)に、そういった「アメリカ賛美派」が多いように感じています。その代表が竹中平蔵氏と中谷巌氏ですが、要するに国内では東大でないとワンランク低く見られるので(・・・・それもどうかとは思いますが)、一橋経済学部の人たちはアメリカに留学してドクターを取ってくるため、すっかり洗脳、あるいはトラの威を借りる、あるいは無国籍者となってリベンジ、ということになってはいないかと、かねてよりウガッています。

 もうひとつ気になっているのは、いわゆる「無自覚な内通者」とでも言うべきか、一般のビジネスマンを見ても、アメリカ流に加担することによって自分の利益を上げようとする人物が、ここ10年ほどずいぶん増えたように感じます。(特に金融とIT)。

 そういったことを思い出しつつ読み進めると、最初は『民族への責任』とはなかなか強烈なタイトルだと思っていたのですが、だんだん「なるほどその通り、実に、実に良いタイトルだなあ」と印象が変ってきたことも、付け加えておきたいと思います。

 確かに『民族への責任』という立場から本書を(私の場合特に第一部の第四章から六章を)読んでみると、日本人が真に何をなすべきかが見えてくると感じます。

 成程、そうか、そうか。やっぱり私の経済評論を評価してくれる人もいるのだ、と思うと嬉しくなり、ならばなぜ『正論』に出た段階で一般のエコノミスト諸氏がかくも完全に無視してかかるのか、ここに逆に、エコノミストの世界が今の日本で機能していない秘密があるのではないかとさえ思った。

 「グロバリゼーション」や「市場の自由化」を唱えるのでなければエコノミストの看板を張っていられないともひごろ聞いている。経済評論は日経が旗降る「大政翼賛会」になっているのかもしれない。

 

それから個人的には第二部「第五章 採択包囲網の正体」が収録されていたのも嬉しかったです。これでようやく、この論文のためだけに保管していた『諸君』を、取り出しにくくてもかまわない場所に移動できます(笑)が、やはり単行本という形で一冊にまとまってくれると、何かと重宝で、改めて本の良さを感じたりしました。ここに出てくる長谷川さんが「インターネット日録」の長谷川さんと同じ方だと今頃気がつくとは、うかつの限りでしたが(笑)。

 丸山さんは私のたゞの担当者ではなく、昔からの根っからの愛読者であることが上記の前半の文からジーンと伝わってきて、あゝ、こんな風にして読んでくれていたのか、と知って、なにか胸に迫るものがあった。

 そして、そのような彼が、つい2、3日前の日録で管理人長谷川さんのアイデンティティに初めて気がついたというのも、不思議では決してなく、人は本を読んでいるときには必要のないかぎり固有名詞を読みとばしていることを裏書きしている。

 

タイトルといえば、「第三章 皇位継承問題を考えるヒント」というよりサブタイトルの「まず天皇制度の『敵』を先に考えよ」も、たいへんに印象深い内容です。特に、奥平氏の引用があることによって、きわめて効果的に問題の本質をえぐっていると思います。そのような感想は雑誌掲載時にも申し上げたかもしれませんが、読者によっては「本書の中でこの論文に最も感銘を受けた」という人も多いのではないでしょうか。

 それに比べると、私のように第一部の第四章から六章の経済評論に最も引かれるというのは、あるいは少数派なのか・・・・この点の議論が盛んになればと思うのですが、依頼するのに適当なエコノミストの著者を思いつかない次第です。

 初歩的な印象ばかりで恐縮ですが、たいへん興味深く拝読したことが伝われば幸いです。

 「天皇制度の『敵』を先に考えよ」のアングルが効果的と言っていたゞけたのも、うれしい。というのは、皇室問題を論じる人が概して穏健な保守派で、敵の巨大さを日頃意識していない穏和しい、呑気な人が多いことに私は的確な警告を発したつもりだったからである。皇室に近い人であればあるほど、この点では迂闊である。

 なにかを論じるには論じ方ひとつで論の内容は変わってくる。よく素人っぽいもの書きで、自分は誰それと同じことを考えてきたとか同じことを言ってきた、とか簡単に口にする人がいるが、月並みな語り口で平板に語れば、同じこともじつは違った内容になる。

 結論が同じでも経過が違えば、本当は結論も違っているのかもしれない。丸山さんは永年の編集者経験から、その違いのきわどさをすでに十分に肝に銘じておられるのだ、と私は思った。

2005年06月14日

新刊『民族への責任』について (七)

 お知らせ

日本文化チャンネル桜に出演します。

6月15日(水)22:00(一時間)   「大道無門」 渡部昇一氏司会 

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新刊『民族への責任』について (七)
民族への責任
 未知の女性からの手紙に私は次のような返事を認めた。私が未知の読者への返事を書くことはこれまで滅多にないことなのに、これは例外である。


 拝復

 あなたのお手紙を拝読して、妙に納得しています。少くとも不快ではありませんでした。罵倒されている趣きもあり、腹を立てるべきでしょうが、私が「日本国と日本民族が未だ存在している」という幸せな安心感の内部に包まれてこの本を書いているのでないことは、あなただってよくお分りのところでしょう。

 「貴方様は日本国と日本民族が未だ存在していると勘違いしているようですが」と書かれてありましたが、あなたがヨーロッパの大学の学位によって自分の人生を支えられると勘違いしている程度には、私も自分の住む国の歴史と文化がまだ辛うじて存在していると勘違いしても、そう間違っているとは思いません。私はあなたの雅子様への対抗心といささかの軽蔑感を興味深く思いました。そこからあなたのご出身の階級や郷土、ご両親のご身分など――まったく書かれていないだけに――いろいろ想像し、小説家的イマジネーションを働かせています。

 思い切って日本を切り捨て、外国で研究に打ち込んで、日本への幻想など露ほども抱かずに徹底して生きてみて下さい。その揚句の果てに、やっぱり日本に立ち還らなければ自分の存在を支えられないと思うか、そうならないで済むか、それは分りませんが、いや味なくらいの外国かぶれになることも、ひとつの生き方です。

 なにごとにつけ不徹底であることは稔りをもたらしません。私は足して二で割るものの考え方をするなとあの本の中で言いつづけましたが、今まで天皇について発言しなかった私の、今度の本における唐突なまでの皇室問題への言及が、あなたを刺戟したのかなと思いました。だとしたら、皇室はやはり鍵ですね。

 あなたが書いている内容よりも、私を侮辱するような言い方で何とかして私に噛みつこうとしているその動機にむしろ興味を覚えました。しかしよく分りません。もう少し素直に、普通に書いて下されば、もっとはっきり分るのにと残念でした。ただ『民族への責任』という近著に私は雅子さんのことをほとんど書いていないので少し変だな、という気もしています。

 外国で勉強をなさって「もう日本に帰らない」と断固意気がってみてもなにか心が満たされず、不安を未来に抱いて苛立っているお嬢さんという印象でした。

 どうかご自分の人生をもっと大事にしてやっていって下さい。
                                  
                                  不一

 もう一度この無礼な手紙を読み直してみた。それなりに筋が通っているのである。今の日本に非常に多い、独立心旺盛な知的女性の一人であることは確かだろう。そして、『民族への責任』を訴えた私の危機意識、最後の拠り所としての日本への熱い思いが、彼女をいたく刺戟し、立腹させたに相違ない。

 「日本と日本民族は、もはや存在しないのです」と繰り返されるリフレインが、なぜ西尾はこんな自明なことが分らないのか、このバカヤロと叫んでいて、今のこの国の知識層に例の多い典型的な反応の一つではないかとも思える。しかしそれでいて自分を必死に守ろうとしていてどこか痛々しさを感じた。

 普通のケースとは違った意味で私の心を打つものがあったので書き留める。

2005年06月13日

新刊『民族への責任』について (六)


 鎌倉市議を長くつとめた伊藤玲子さんが今度後進に道を譲り、人生最後の課題として、地方議員に保守系の新しい女性議員を次々と送り出したいと仰言る。自分の知っている議員になるためのノウハウを有能なご婦人に教えていきたい、ついてはそういう人を紹介しれもらえまいかといわれて私がすぐに思ううかんだのは、いうまでもなく長谷川さんである。

 伊藤さんにいわせると、世に議員になりたがる女性は多いが、大半が左翼である。これでは困る。保守系女性議員が増えないと、教育も行政も良くならない、と。

 この話を長谷川さんにしたら、保守系の女性はまず自分の家庭と家族を大事にするので、なかなか議員にならない。あるいはなれない。理由は簡単です、というのである。

 長谷川さんはお嬢さま育ちで、医者の奥様である。一男三女の母親である。家族と医院を支え、つくる会の広島支部事務局長をつとめてなおかつ「インターネット日録」によく時間が割けるものと感服する。

 さて、世の中にはさまざまな女性がいて、長谷川さんのような迷いのない強靭な人もいるかと思うと、迷いを見せまいとして迷っている、強気が表に露骨に出て、しかも決して愚かな人だとは思えないが自分の知力一筋に頼むあまり危くみえる女性もいる。

 未知の女性から一通の奇妙な手紙が来た。「本を読んでの感想」と封筒の裏に書いてあるので、期待をして開いたら、のっけから私をからかう言葉で始まる。何とかして侮辱しようと苦心している風が全文にみなぎっている。が、読み終わって、私はなぜか怒りがわいてこなかった。

 案外私と同じようなことを考えてもいる。私からそれほど遠いわけでもない。しかし書き方は徹底的に私を愚弄している。これは新しいタイプの女性かもしれないと思って、この手紙を紹介することとする。

 自著を出すと一つや二つ必ず面白いこういう手紙が届くものである。



 西尾博士殿

 貴方様ほどのエリートが皇室すなわち雅子様の虚像のキャリアや日本民族に関して完全な誤解をなさっておいでなのはもったいないことで貴方様ほどのエリートならば雅子様を本気で相手にするのも滑稽です。もっと狡猾にならなければなりません。

 雅子様は田園調布双葉編入、東大中退、オックスフォード大中退、外交官試験ノンキャリア受験、ハーバード大卒と言っても米国の大学の在籍期間は3年で学位は教養学位しかもらえないこと(ドイツの大学は卒業すると日本で言うならば修士号のレベルの学位が授与されますよね、私もドイツに留学していたので知っています)は皆が知っているしインターネットの掲示板では有名です。

 日本の一流大を卒業した雅子様より若い戦前の大地主などの旧家出身の女性達は皆海外の大学で博士号まで取得し様々な国際資格や難関の国家資格を取得すれば完全に雅子さまよりもキャリアが上になることを知っているので、もう誰も雅子様を相手にしていないし、地道に日々努力して自己研鑽しています。

 雅子様がドレスを着て華やかな皇室外交をしたいならしたいだけさせてあげればいいし、それで雅子様の虚栄心が満足させられ、戦後の米国による植民地化で肥え太らされた労働者階級(それは贅沢な小作人を意味する)が自分達の成功の象徴としてピザとティファニーを愛する雅子様が欧米できらびやかに活躍するのを熱狂を持って迎え、女系天皇が誕生して日本神話から連なる歴史が完全に途絶えれば雅子様は日本プロレタリア革命の女王として永遠に歴史に偉大なる功績を残すことになるのです。

 貴方様は日本国と日本民族が未だに存在していると勘違いしているようですが、日本国なんていう国は、もうずいぶん以前から存在しなかった。この国はナポレオン帝国下のワルシャワ公国と同じであり、戦前の地主などを支持基盤とする最も保守的であるはずの自民党、行政機関、皇室こそが最もワルシャワ公国なのであり、日米安全保障条約は双子の赤字を抱える偉大なる世界の基軸通貨ドルを外貨準備に持ち、そのドル資産で世界一の外貨資産の保有者だと誇る累積債務財政赤字国家日本と米国との間の連隊保証債務と同じです。

 連帯保証人は、金を借りたひとが金を返せなくなったら代わりに金を返してあげなければならない。二つの大学中退という華麗なるエリート・キャリアを持つ米国帰国子女雅子様は双子の赤字を持つ強い米国ドルの象徴であり皇太子は円の象徴であり二人の結婚はドルと円との完全な愛の結晶を意味し、この連隊保証債務によるオーストラリア・ハンガリー帝国は力強い米国株式相場に支えられて永遠に繁栄するのです。

 私は今二つ目の学位(一つ目はドイツ哲学、そして今は経済学)を取得している最中ですが、この後修士号を取得したらスイスのロザンヌ大学で博士号取得を目指し、もう日本には戻ってこないつもりだし、私の友人達にも米国以外の海外で博士号取得を目指して真の国際人になって二度と日本に戻ってこない方がいいと勧めています。

 連帯保証人には近づかない方がいい。私は靖国の英霊達が、もう自分達の郷土と自分の生家と自分の氏神と郷土の地主神だけを守って自由に羽ばたいてくれと言っているように思えてなりません。貴方様のようなエリートが幾ら頑張っても日本国と日本民族は、もはや存在しないのです。

 日本が再び生まれ変わるとき、それは米国ドルが暴落して米国株式市場が崩壊し、米国が世界の覇権国でなくなるときです。でも、そのときの日本は、もはや古代神話から続いた日本ではなくなるのではないかと私は思っています。大和朝廷による神話が成立する以前の、その郷土、その郷土の守り神と長い歴史を土台にした新しい国が生まれる可能性はあると思います。

                                (原文改行なし・適宜改行)

2005年06月12日

新刊『民族への責任』について(五)


長谷川「例えば、国旗国歌に言及しなくては、わが国の歴史の教科書とはいえません。驚くべきことに、八社中六社までが何の記述もありません。・・・・・・・また文化の基本は国語です。日本語の起源に詳しく言及しているのも扶桑社のみです」
 
 さらに歴史上の人物について、文化史の記述について、分量、質ともに他とくらべて扶桑社版が群を抜いていることは一目瞭然である、という数字上の事実を資料で説明した。
S「国旗国歌なんて、法制化はつい最近なされたばかりだから、歴史教科書にのせる必要はない。国歌のほうはまだ異論がいっぱいあって、教科書に書くべきことではない。それに神話上の人物が挙がっているが、神話は歴史じゃないから、書くことは許されない」
K「でも、日本にはあちこちに神社があるのですから、神話上の人物を教えることも大切ではないですか」
長谷川「東郷平八郎は国際的にも高い評価を受けてきたのに、扶桑社以外の教科書には登場しません。それでいて、名前を初めて聞くような、読み方もよく分らない人物、外国にとってだけ重要かもしれない人物がたくさんとり上げられています」
K「そうですよ。東郷平八郎は教えるべきです」
K氏はときどき助けてくれるが、話が途切れて、長くはつづかない。
K「扶桑社本がいいと思いますよ。日本は自信をもって生きていかなければならないんだから、私もこの教科書でいきたいですね」

 そう言ってくれるが、それ以上の支援はない。教育長は答申尊重を何かの一つ覚えのように繰り返すのみである。教育委員長は司会進行役で、自分の意見をいっさい言わない。議論が燃えあがり、壁につき当たり、しばし沈黙が支配する。夕方までもめても、どうしても噛み合わない。

 教育長は次のように何度も同じことを言った。
「ともかく教科書は教員が使うんだから、教員がいいと思うのが一番いい」
長谷川「じゃあ、教育委員は何のためにあるのですか」
教育長「いや、教育委員は大切なお仕事です。みなさんを尊重していますよ」
長谷川「こんなお飾りでは意味がありません」

 日本のどこをみても、どの角度からみても、どうも教育長が最大の闇の役割だということがわかる。
S「長谷川さんの異論は、選定審議会に報告しておきましょう。答申の結論は変えられませんよ」

 K氏はもうここまでくると反論しない。

 夕方になり、ついに最後に採択についての議決に入った。ただし票決はしない。議決文書が卓上に出される。教科書の各一冊ずつの正否の判定ではない。小学校と中学校の分を二つに分けて、それぞれの全部を合意するかどうかが問われる。長谷川さんは、「他の教科書に関してはいいですが、中学校の歴史と公民に関しては賛成できません。そう議事録に留めて下さい」

 K氏はそのときにはもう何も言わなかった。印鑑を捺(お)すというのでもなく、肯(うなず)いて終った。
「教育の荒廃を治すのはここにあると思って頑張ってきたのに、とても残念です」と彼女は最後にひとこと言い添えた。


 当「日録」の管理人の長谷川さんがどういうお人柄の方かは読者はお分りになったであろう。一部のつくる会関係者の間ではその行動力が高く評価されている。そういう人でなければ「日録」をこつこつと支えて4年目にも及ぶということがどうして出来るであろう。

 信じることに靭く、そして生きることに熱い稀有な方である。しかも美人である。

2005年06月11日

新刊『民族への責任』について (四)

 前回につづき本からの直接の引用である。

 長谷川さんはただ一方的に押し切られそうなその場の雰囲気を恐れたのである。さっそく電話で県の教育委員会に「しぼりこみ」の意味いかんを問い合わせた。指導第一課の門田(もんでん)剛年氏は市の課長と同じような答を言うばかりだった。長谷川さんが「一位をきめて報告するのはどうですか」というと「選ぶための諮問ですから、当然どれを選んだらよいかという判断ができなくてはなりません。だからそれは構わないのです」「判断するのは教育委員ではないのですか。だから順位づけしてはいけないはずだったと思いますが」「順位づけは構いません」というような応酬だったらしい。

 しかし、同和問題対策のため旧文部省から送り込まれた、辣腕(らつわん)だった県の前教育長辰野氏がきめたルールとは真向から対立する話である。辰野氏は少し前に広島県から転出した。たちまち元のもくあみということか。

 7月20日、廿日市市の臨時教育委員会が開かれた。メンバー構成を言っておくと、教育委員関係は五人で、教育長、教育委員長、教育委員S氏(広島大学名誉教授・生物学)、K氏(元中国電力常務。会社社長)、長谷川真美氏。それから行政から市の教育部長、教育総務課長、学校教育課長、ほか事務局の担当係。

 会議の冒頭、目を剥くような驚くべき発言が学校教育課長からとび出した。
「歴史の教科書はすでに検定を通っているのですから、どれもみな同じで、歴史の内容については今日はご議論いただくことは控えていただきたい。われわれは政治的に中立でなくてはならないので、教科書の内容に踏みこんだ討議は本日は行えません」
「それなら何を論じるのですか」とある委員。
「子供にとって分り易いとか、先生たちが教え易いとかに関してです」
教育長がここでひきとった。
「つまり、歴史観で選んではいけないということです」

 あまりのことに長谷川さんは唖然として、開いた口がしばらく塞がらなかったらしい。

 地方の小役人どもが何かを恐れ、必死に難を避けようとして、歴史の教科書の内容はみな同じなのだから、挿絵がきれいだからとか、図表がわかりやすいからとか、そんなことだけで討議せよ、という。しかし実際の教科書は、内容的に極左から中間左翼まであり、扶桑社本がそれらのすべてと対決している。なぜ逃げるのか。歴史の内容を論じなくて何で歴史の本の選択ができるであろう。私はおどおどした小役人の立居振舞いを笑ったゴーゴリーの風刺小説を思い出した。広島県廿日市市は帝政末期のロシアなのだろうか。
「それはおかしい」と教育委員のS氏が怒りだした。「このあいだは選定審議会から一方的なお話を伺っただけなので、今日はわれわれの側できちんとした討議をしたい」

 朝の9時半から始まって、中学の部に移ったのは昼すぎであった。

 長谷川さんは用意していた原稿に基いて、約10分意見を述べさせてもらった。
〈教育荒廃に際し、教育委員の果すべき役割は大きい。自分は“教育委員はただのお飾りか”という文章で疑問を表明したことがある。教科書を選ぶことは教育委員にとって最も大切な仕事である。文部科学省の学習指導要領をこそ採択の基準にすべきなので、そのことを市の採択要綱の文言に入れるようにお願いしたら、それは大前提だから入れなくてよいというお話だった。けれどもわが国の国土と歴史に対する理解と愛情を深めるようにという学習指導要領の精神で、はたして廿日市市の答申は書かれているだろうか。扶桑社版では生徒はただ暗記するだけで、考える内容が非常に少ない、と答申にあるが、これはまったく逆の評価で、出来事、背景、影響というものの材料を扶桑社のようにたくさん与えて初めて、生徒に自分自身で考える力を養うことが出来るのである〉

 大略こう述べて、学習指導要領の大きな目標を掲げた一文をコピーで配り、
「この精神に添うような内容の教科書は扶桑社しかありません。私は本委員会に出された答申を差し戻したい」
教育部長が「差し戻されても困る」という大きな声をあげた。教育部長、教育総務課長、学校教育課長が立ち上がって教育長の所に集まり、こそこそと話し合った。
「差し戻しがまったく出来ないわけではありません。ただきちんとした新しい答申を出せるかどうか分りません」
と部長が困惑した顔で、とりなすように言った。

S「長谷川さんは何が問題なのか、具体的に例をあげて言ってくれ」
長谷川「自分が調査した結果を発表していいですか」
S「どうぞ」

2005年06月10日

新刊『民族への責任』について (三)

民族への責任 さて、今回の新刊については、版元の徳間書店のお許しを得て、約8ページに及ぶある部分をそっくり全文掲示することが可能になった。

 「西尾幹二のインターネット日録」の読者にとって管理人の長谷川さんのお名前は馴染みだろうが、どういう方なのか、私とどういう関係にあるか、私がなぜ彼女に全幅の信頼を置いているのか、分らないという人も少くないであろう。現にオピニオン板にそういう疑いの書き込みがあったので、信頼への由来を明らかにするよい機会と思えてここに全文8ページを掲示する。長谷川さんがドラマの主役となって登場するシーンである。

 本当はこう書いて読者の気を引いて、あとは本を買って読んでくれ、と言ったほうが有利なのだが、この本は他にもいっぱい面白い売りの部分があるので、ケチケチしない。ここは全面公開といこう。

 

 広島県廿日市(はつかいち)市は単独採択区である。県から教科書採択の委託を受けた市の教育委員会は、選定審議会(校長代表、PTA連合会長、学識者という名の元校長二名等から成る)に責任をまる投げした。さりとて選定審議会は自ら教科書を読んで、研究するわけではない。調査員と称する中学の教師に再び責任をまる投げした。調査員は各教科ごとに五人いる。彼らのみが教科書を読んで、報告書をつくる。選定審議会はその報告書の答申に黙って従い、文句をいわずに上にあげる。教科書を実際に見てもいないのだから、何かをいえるわけがない。かくて報告書の答申はそのまま教育委員会にあがってくる。教育委員たちも教科書は展示場でみる以外には接する機会がない。よほど熱心な委員以外は展示場に行かないし、行っても小中学の教科書ぜんぶ見るのは百時間かけてもできない。そこで委員会になると、答申を承認するといって、教科書を見もしない人がパチパチと賛成の手を叩く。これが前回までのやり方で、今回もほぼこの通りで行きそうだった。

 前回、教育委員長が冒頭、教育委員会は時間がなくて開けなかったので、「専決処分」したから委員のみなさま、このままどうかお認めください、という妙はことばを使った。教育委員会は開かれていなかったのに、教育長が任されて決定したという形式だけを踏もうとしたからだった。

 廿日市市教育委員の長谷川真美さん(主婦)は、市教育委員会規則の「教育長の事務委任」の条項中に「教科書採択は除く」とあるのを発見していた。そこで、今回はあらかじめ教育委員長に逃げ道を封じるべく釘をさしておいた。パチパチとみなで拍手して終り、つまり審議もせずに事後承認、というわけには今度はいかない。

 しかしあがってきた報告書の答申を見ると、総評が書かれていて、一番下の枠に、中学の歴史は東京書籍がよいと考える、と書かれてあった。教育委員会にあがってくる前に、一、二社にしぼりこんではいけない、というのが、文部科学省の指導方針だったはずだ。長谷川さんはびっくりして、「これは『しぼりこみ』ではありませんか」
と問うた。事務局側を代表して、学校教育課長が、
「いえ、これは『しぼりこみ』ではありません。『しぼりこみ』というのは、調査委員の研究段階で、あらかじめ何社かを外して、数社にしぼりこんで比較調査をすることをいいます。調査の段階では全社を扱っていますから、『しぼりこみ』ではありません」
長谷川「でも順位づけをしているではありませんか」
課長「調査の段階では順位づけもいたしておりません」
しかし現に東京書籍が一位として示されているのだから、いけしゃあしゃあとよく言えたものである。
長谷川「じゃあ、出された答申はこの委員会で変更してもかまわないのですね」
課長「委員たちの話合いによって、可能ではあります。しかし、答申は重んじられなければなりません」

 教育長がその通りだ、と口を挟んだ。彼はその後も何度も答申の尊重をくりかえし強調した。
課長「県の教育委員会から『しぼりこみ』をしてはいけないと指導されていますが、これは『しぼりこみ』ではないし、こういう研究報告の仕方をしてはいけないとは指導されておりません」
長谷川「今日のここから先の討議は延期していただけませんか。中学の歴史・公民は国際問題にもなっていて、慎重に審議したいので、7月20日に延ばして下さい」

2005年06月09日

新刊『民族への責任』について (二)

以下の3点において日録をリニューアルします。

(一)[ブログとしての日録本体]
1)西尾幹ニのコラム 
2)新人のコラム(不定期・週1回予定) 
3)海外メディア記事の紹介(不定期)
日本に関する海外メディアの記事をピックアップして日本語に翻訳して紹介

(二)[会員制サイト設置]

(三)[オピニオン掲示板について]
上記の変更により、オピニオン掲示板は日録のコンテンツから外れ一般リンクへの組み入れとなります。

*詳細はここを御覧ください。

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 新刊『民族への責任』について (二)

 もう一度目次を見ていたゞけるとありがたい。

 今度の私の本には経済問題がかなり大きくクローズアップされている。日本の未来はこの面でも危い。

 本の帯広告には次のように書かれている。出版社の編集部が考えたキャプションである。

日本をいかに衰滅から守るか―― この一冊の本が日本人の運命を決める。

皇位継承問題、会社法改正、中国のガス田開発、歴史教科書と中国・韓国の反日気運、そして少子化の不安……、内と外から日本を揺るがすこれら一連の出来事は相互に関連がないように見える。しかし、その背後には「敵を見ようとしない日本人」の姿が見え隠れしてはいないか。立ちすくむ民族の性根を鋭く見据え、戦後60年の空白を撃つ警世の書。


 第2部に教科書採択のなまなましい体験記をまとめてのせた。4年―5年前の文章だが、今までどの本にも収録しないで今日という日を待っていた。

 けれども私の問題意識が「教科書」をはるかに越えて、先を見ていることは読者もすぐにお気づきになるだろう。

 第六章「平和のままのファシズム」は現在の、未来の日本の危機を予言していたつもりだ。冷戦の崩壊後、自由が勝利して、なぜ自由はいままた不安な暗雲に閉ざされだしているのか。

 付録3に「歴史認識」に関する私の発言の全リストを掲げたが、最も古い新聞の文章は1988年5月である。リストにある題目だけ見ていても、「歴史認識」の歴史が一望できるだろう。

2005年06月08日

新刊『民族への責任』について(一)

 先日西荻窪の飲み屋「吾作」で宮崎正弘氏と、一夕歓談した『民族への責任』(徳間書店¥1600)の見本が自宅に届けられていたので、一冊持って行ってお渡しした。そうしたらもうたちどころにメルマガに書評を書いて下さった。

 自著を、自分で紹介するのは難しいので、氏の書評を掲げさせていただく。そしてその上で、目次を掲示する。

 なおご好評いただいていた「宮崎正弘氏を囲んで―中国反日暴動の裏側」はまだ終っているわけではない。あと6~7回は連載される。

<<今週の書棚>> 西尾幹二『民族への責任』(徳間書店)     宮崎正弘

民族への責任最初に本書の独特な構成に気付かれる読者が多いだろう。
 四年前に書かれた一連の雑誌論文と、最近書かれた論考が、あたかも一対になって比較できる編集上の構成は、意図的な配置であると思われる。
 過日、杉並の居酒屋でご一緒したおりに、やおら西尾さんが鞄から出されたのが、この新刊だった。かなり分厚く活字もぎっしり。通読に時間がかかりそうだった。そこで小生は講演旅行に携行し、時間をみつけてようやく通読した。
 本書が扱うのは皇位継承、会社法改正、中国のガス田開発、中国・韓国の反日デモ、さらには少子化問題と対策にまでテーマが拡がる。一見、整合性がないように見えて、じつは四年間のブランクを一挙に埋める、つまり日本人に共通する自由の不在についての批判に纏められ、その狙いは通底するのである。
 教科書問題は北京とソウルの指令によって教育委員会の現場で採択されている。現場の委員達には脅迫まがいのFAXや電話が集中し、決断を示せない。
 大事なことを多くの教育委員が決断できないのである。
大げさな表現ではない、あのやる気のない文科省の役人をみていたら、こういう結果は予想できたことだった。
 教科書以外の問題も、「いずれも待ったなしの決断を迫っているテーマ」であり、日本を衰弱から守るための「悲しいまでの裁定の条件」であると西尾氏は言う。
 だが政治はつねに問題を先送りして次代に無責任にバトンを投げ、「どこかから吹いてくる政治の風にあわせて自分の道徳を政治に合わせた」。
保身に陥り、現実の解決を逃げた。
「現実には存在しない何らかの空想を選んで、しかも道徳や思想や教育の名においてそれを実行する。そうすることで、自分が道徳や思想や教育の『基準』をつくっているのだという恐ろしさの自覚すらない」。
 これが西尾さん特有の語彙によれば「平和のままのファシズム」である。同じことをすでに四年前にも書かれていた。
しかるに状況は四年前もいまも不変であり、「政治的道徳家は群れをなし、後から後から登場する」と嘆かれる。
教科書採択の決断のシーズンが四年ぶりにやってきたのに国民の危機意識は希薄であり、「やるか、やらないか」を一日延ばしにしてきた。小泉政権はやることをやらないで、やる必要のない郵政改革、道路改革という「粗悪品法律」の濫造という政治をしている。
中国についての危機意識も鋭敏であり、日本はいかにして自分たちの衰亡を防御するかを考えるべきであるに対して「中国はいかに自己の過剰と欠乏を調和させるかが究極の課題である」。
したがって「日本人と中国人の間には生命のリズムという点での共通性はなにもない。どちらにも危機があるが、その内容と性格を異にしている。日本人と中国人の間では、深い精神的な意味での共同作業は考えられない。『東アジア共同体』などというばかなことを言うのはやめたほうがいい」
 ついでながら本書52ページには小生も登場するが、その部分ははしょって、つぎに女性天皇擁護論批判の一節。
 「皇室の『本当の『敵』がみえないままで『皇室典範』に手を加えるのは、外敵に気付かぬままに国境を自由開放するのにも似ている。中国問題で奥にいる『敵』の仕掛けが見えない不用意な外務官僚』」もまた文科省の役人同様である。要するにかれらは「開かれた社会の自由が恐ろしいのである。自由に背を向けて、『閉ざされた社会』のシンボルやイメージに取り巻かれて、自分を守っていたい」のだ。
 現代日本への痛憤、悲嘆、哀切。読んでいて未来が悲しくなる。救いがない役人たちに政治教育道徳をまかせておくのはもう止めなければ、日本は衰退を免れないだろう。

 過分のことばを数多くいたゞき、宮崎氏には心より厚く御礼を申し上げる。

 このご書評の中に出てこないテーマや内容もあるので、まだ書店でご覧になっていない方のために、目次をお示しする。

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   目  次   民族への責任

中韓の反日暴動と歴史認識――序にかえて――

第1部 平成17年(2005年)

 第一章 民族の生命力をいかにして回復させるか   
    ――性と政治の関係

 第二章 領土問題           
    ――和を尊ぶ日本的美質ではもう通らない

 第三章 皇位継承問題を考えるヒント    
    ――まず天皇制度の「敵」を先に考えよ

 第四章 ライブドア騒動の役者たち     
    ――企業、司法、官庁に乱舞する無国籍者の群れ   

 第五章 怪獣は四つの蛇頭を振り立てて立ち現れた 

 第六章 アメリカとの経済戦争前夜に備えよ   
    ――日本の資本主義はどうあるべきか

 第七章 韓国人はガリバーの小人   

 第八章 第四次世界大戦に踏みこんだアメリカ  
    ――他方、北朝鮮人権法で見せた正義

第2部 平成13年(2001年)

 第一章 歴史の矛盾     

 第二章 文部省、約束を守ってください   

 第三章 売国官庁外務省の教科書検定・不合格工作事件  

 第四章 われわれのめざしたのは常識の確立  

 第五章 『新しい歴史教科書』採択包囲網の正体

 第六章 平和のままのファシズム  

 付録1 歴史を学ぶとは――扶桑社版『新しい歴史教科書』序文  
   2 教科書検定・不合格工作事件(平成12年)の略譜  
   3 「歴史認識」問題に関する西尾幹二の全発言リスト  

 初出紙誌一覧  

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 「領土問題」には地図が、「皇位継承問題」には皇室の略系図がのせられてある。後者は所功氏のご指導もいたゞき、苦心のうえつくり上げた3ページの自信作である。

 伏見宮家が南北朝時代に始まり、戦後GHQの指令で廃された11宮家の基で、今上陛下の系譜とは別であることはよく知られていると思う。今上陛下の系譜は江戸時代に新井白石が断絶を恐れて考えだした閑院宮家の流れをくむ。つまり、このとき緊急避難的な措置がすでにとられているのである。

 こうして生まれたのが第119代光格天皇だが、今度調べていて面白いと思ったのは、置き去りにされかけた系譜から光格天皇の皇后が選ばれていることである。過去にはいろいろな工夫がなされていることが分った。

 有栖川宮、桂宮は江戸時代に絶家し、伏見宮家のみが敗戦まで宮家でありつづけた。孝明天皇の妹に皇女和宮がいることは有名だが、その姉君の淑子内親王は桂宮家を継ぎ、女性で宮家の継嗣となった珍しい例である。しかしそれゆえであろうか、ここで絶家している。女性天皇の行方のあやうさを暗示していないだろうか。

 現在、三笠宮家の宣仁親王が桂宮と呼ばれているのはなぜかと不思議に思っていたら、これは祭祀継承といって、お祭りごとだけを引き継いでおられるのだと所先生に教えてもらい、成程と合点がいった。

 皇室の系図は入り組んでいて難しい。まあざっとこれくらい頭に入っていれば、一番肝心な議論にはこと足りる。大切なことはこのままでいけば20~30年後に皇室の「敵」が巨大な姿を現わすことだ。それは現代日本の社会意識そのものに深く根を張って、巣くっている。

 天皇家も迂闊であり、不用意であったと今にして思う。もうひょっとしたら間に合わないかもしれない。

2005年06月07日

お知らせ

★日本文化チャンネル桜に次の3回出演します。★

6月7日(火)  20:00(30分)
   報道ワイド日本 水島総氏、鈴木邦子氏

6月8日(水)  19:00(1時間)
   明日への選択  伊藤哲夫氏

6月15日(水)  22:00(1時間)
   大道無門  渡部昇一氏

最高裁口頭弁論 (四)

 アメリカは文明国だと果たしていえるのだろうか。しかし失われた本を回復せずに、60年も放置してきた責任は何といっても日本人自らにあるだろう。

 目録を見て、日本人の協力なしで出来る作業ではないと思った。ユダヤ人に対するナチスの犯行はユダヤ人の協力なしでは不可能だった。

 件の『没収指定図書総目録』の最初の「ア」のページから何冊か書名を書き出してみよう。

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(以下略)

 これらの書物が暗示する一つの大きな心の歴史、それがぽっくり抜けて、空洞となり、私たちは歴史の連続性を失った。

 ミラン・クンデラの言ったことば、―国民の記憶を失わせるのは簡単である、「その国民の図書、その歴史を消し去った上で、誰かに新しい本を書かせ、新しい歴史を発明することだ。」をあらためてよく、憂悶の思いをこめて噛みしめておこう。

 話題を再び現代に戻すが、私たちの口頭弁論のあと、船橋市代理人が裁判長の質問に答えて、文書で提出した以上に新たに申し立てることは特にない、と述べた。裁判長横尾和子氏が「判決申し渡しは次回7月14日午前10時30分です」と宣言し、ただちに閉廷となった。

 法廷に私たちがいたのは全体で30分未満だった。

 外は小雨が降っていた。

2005年06月06日

最高裁口頭弁論 (三)

以下の3点において日録をリニューアルします。

(一)[ブログとしての日録本体]
1)西尾幹ニのコラム 
2)新人のコラム(不定期・週1回予定) 
3)海外メディア記事の紹介(不定期)
日本に関する海外メディアの記事をピックアップして日本語に翻訳して紹介

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(三)[オピニオン掲示板について]
上記の変更により、オピニオン掲示板は日録のコンテンツから外れ一般リンクへの組み入れとなります。

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 最高裁口頭弁論 (三)

 私にひきつづいて井沢元彦氏が意見陳述を行った。私はすぐ隣の席で聞いていたが、氏の意見を記憶だけでうまく表現する自信がない。幸い裁判所に提出されていた氏のメモのコピーが私にも渡されていたので、これを掲げさせていただく。

勿論、氏が口頭で展開された陳述内容はこのメモの何倍にも及ぶのであるが、私がへたに要約するよりは、たとえ量が少なくても、ご本人の要旨メモのほうが正確であろうと思われるので、以下に示す。


意見陳述上の趣旨について
                        原告本人 井沢元彦

○ 被告の行為は、民主主義社会への挑戦であり、文明への冒涜である「焚書」に値する行為であり、厳しく責任を問われるべきである。

○ にもかわらず、原判決は被告の「非行」に触れながら、この問題に対する認識が余りにも低いと言わざるを得ない。

○ 著作者にとって、作品は「子供」のようなものであり、それを恣意的に廃棄された苦痛は大きい。

○ このような行為に何のペナルティも課さなければ(単なる内部処罰でなく)今後も、こうした行為がくり返される恐れがある。これは、すべて著作権を持つ人に、あるいは著書を持つ人にとって、重大事であり 、もっといえば裁判官も「判例の著作者」という意味で、決して他人事ではなく、かつ、この事態を放置することは国民の「知る権利」への重大な侵害に発展する可能性もある。

                                  以上


 ひきつづいて内田弁護士より意見陳述がなされたが、一つの事実指摘が私の印象に残った。

 内田氏は言った。「船橋市は、本件事件の発覚が、一図書館利用者からの『最近、蔵書がなくなっていないか』という疑問から端を発していることを、故意に無視しているのではないか。」(氏の提出文より)

 あゝそうだったのか、と私は合点がいった。読者は敏感である。書物は世に出された瞬間に、著者の手を離れ、読者のものになっているとはよくいわれる。著者にとっては自分のものであって、自分のものではない。そのことをわれわれはとかく忘れがちである。

 関心をもつ著者の本がごっそりなくなっていることに読者の誰かが気がついたのだ。船橋市民の中にそう気がついて、不思議に思う人がいた。そのような素朴な知覚から端を発して事件へと発展したということには、ある深い意味がある。
 
 事件を起こした土橋司書のある「意図」が敏感な読者のアンテナにひっかかったのである。

 としたら、アメリカ占領軍の数千冊に及ぶ「焚書」が日本国民のデリケートな読者としてのアンテナにひっかからなかったはずはない。気がついても、読者の中の誰も何も言わなかったし、言えなかった。あるいは言えないものと思いこんで沈黙した、そういう長い、暗い歴史があるのである。

 私たちはすべての本を再発掘して、もう一度自分の歴史をとり戻すことはできるのだろうか。

2005年06月05日

最高裁口頭弁論 (二)


 チェコ出身の作家ミラン・クンデラは次のように語っています。

 「一国の人々を抹殺するための最初の段階は、その記憶を失わせることである。その国民の図書、その文化、その歴史を消し去った上で、誰かに新しい本を書かせ、新しい文化をつくらせて新しい歴史を発明することだ。そうすれば間もなく、その国民は、国の現状についてもその過去についても忘れ始めることになるだろう」

 とても示唆に富むことばですが、逆に一冊の本に書かれた内容がある民族に致命的であって、それへの反証、反論の本が書かれなかったために、その民族が悲運に泣くという逆の例から、歴史の記録がいかに大切か、歴史を消すことがいかに恐ろしいかをお示ししてみたいと思います。

 近代ヨーロッパの最初の覇権国スペインはなぜ進歩から取り残されたか。16-17世紀に歴史の舞台から退いた後、なぜ近代国家として二度と立ち上がることができなかったのでしょうか。

 それもたった一冊の薄っぺらい本から起こりました。一修道士バルトロメ・デ・ラス・カサスが1542年に現地報告として国王に差し出した「インディアスの破壊についての簡潔な報告」がそれです。からし粒ほどの小著ですのに、大方の国語に訳され、
世界中に広がり、深々と根を下ろし、枝を張りました。日本でも岩波文庫から出て、よく読まれてきました。書かれてある内容が凄まじい。キリスト教徒はインディオから女や子供まで奪って虐待し、食料を強奪しただけではありません。島々の王たちを火あぶり刑にし、その后に暴行を加えた、等々です。

 それ以後スペインとなると「黒の伝説」がつきまといます。中南米のインディオを大量虐殺し黄金を奪ったスペイン、狂信のスペイン、異端尋問のスペイン、文化国家の仲間入りができないスペイン、凶暴きわまりない闇の歴史を持つスペイン――そういうイメージにつきまとわれ、スペイン人自らが自分の歴史に自信を持つことができなくなりました。

 最近わが国でも歴史認識に関する「自虐」心理が話題になっていますが、自分で自分を否定し、自己嫌悪に陥り、進歩を信じる力を失った最大級の自虐国家はスペインです。

 それもたった一冊の薄っぺらな本に歴史的反証がなされなかったからです。あまつさえオランダとイギリスが銅板画をつけ、これを世界中にばらまきました。しかし近年の研究で、あの本に書かれた内容には誇張があり、疑問があるということが次第に言われるようになってきました。とはいっても、なにしろ16世紀です。ときすでに遅しです。

 じつは日本にも似た出来事があるのです。この赤い一冊の大きな本をみて下さい(私は裁判官の方に本をかゝげた)。アメリカ占領軍による『没収指定図書総目録』です。

 マッカーサー司令部は昭和21年3月に一通の覚え書きを出して、戦時中の日本の特定の書物を図書館から除籍し、廃棄することを日本政府に指示しました。書物没収のためのこの措置は時間とともに次第に大かがりとなります。昭和23年に文部省の所管に移って、各部道府県に担当者が置かれ、大規模に、しかし秘密裏に行われました。没収対象の図書は数千冊に及びます。そのとき処理し易いように作成されたチェックリストがここにあるこの分厚い一冊の本なのです。

 勿論、占領軍はこの事実上の「焚書」をさながら外から見えないように、注意深く隠すように努力し、また日本政府にも隠蔽を指示していましたので、リストもただちに回収されていたのですが、昭和57年に「文部省社会教育局 編」として復刻され、こうして今私たちの目の前にあるわけです。

 戦後のWar Guilt Information Program の一環であった、私信にまで及ぶ「検閲」の実態はかなり知られていますが、数千冊の書物の公立図書館からの「焚書」の事実はほとんどまったく知られておりません。

 今となっては失われた書物の回復は容易ではないでしょう。しかし私は書名目録をみておりますと、この本がもどらない限り、日本がなぜ戦争にいたったかの究極の真実を突きとめることはできないのではないかと思いました。

 「焚書」とは歴史の抹殺です。日本人の一時代の心の現実がご覧のように消されるか、歪められるかしてしまったのです。とても悲しいことです。船橋西図書館のやったことは原理的にこれと同じような行為につながります。決して誇張して申し上げているのではありません。

 裁判所におかれましては、どうか問題の本質をご洞察下さり、これからの日本の図書館業務に再び起りかねない事柄の禍根をあらかじめ断っていただくべく、厳正にご判断、ご処置下さいますよう切に希望する次第です。

2005年06月04日

最高裁口頭弁論 (一)

 最高裁判所の建物内には初めて入った。外観は高速道路からいつも見ていた、コンクリートを打ちつけた侭の、材質を剥き出しに、飾りを省いた現代建築である。近寄ると砂岩をかためたような、ざらざらした粗い目の石材で、予想していたようなコンクリートの地肌のまゝではなかった。

 なにかに似ているなと思った。裏口から入った。雨が降っていて、吹きっさらしの幅広い戸外の石段を昇っていて、あゝそうだ、ヨーロッパの古城だと気がついた。内部に入って、広間を見て、カルカッソンヌの中世末の城を思い出した。積木を組み合わせたような石組みといい、内部の天井の高い大広間のたたずまいといい、ヨーロッパの古城の模倣であることは疑いをいれないように思えた。

 迎賓館はベルサイユ宮殿のイミテーションだし、東京都庁舎のモデルは、ノートルダム寺院だと私は秘かに信じている。現代建築家といえども、西洋の古い建造物に原像を求めているのがおかしいようでもあり、悲しいようでもあった。

 弁護士さんが主任の内田智氏のほかに、五人集っていた。みなさんいずれもみな理念のための戦いに参じた、無私の法律家のかたがたである。口頭弁論に各5分の時間を与えられているのは、私のほかに作家の井沢元彦氏、そして主任弁護士の内田氏である。

 最初上告人の控室に案内された。第一審では原告、被告の名で呼ばれる区別が、第二審では公訴人、被公訴人、最高裁では上告人、被上告人と名づけられ方が変わっていることを、このとき初めて弁護士さんの一人から教えられた。私は本当に何も知らないのだな、と思った。

 平成17年6月2日午後1時、最高裁第一小法廷は開廷された。裁判官は五人、中央の裁判長席にいる方は女性である。訴えている上告人は9人の焚書された本の執筆者と、「新しい歴史教科書をつくる会」である。訴えられている被上告人は船橋市である。傍聴席の約半分が埋まっていた。知っている人の顔もあった。

 裁判長が案件の名をあげ、上告人代表の内田弁護士が手短に応答した。そしてすぐに最初が私の口頭弁論の番である。

 数日前に原稿用紙二枚の予定の発言内容の提出が求められていたので、三点に分けて箇条書きしておいた。しかし喋ったのはその約5倍はある。文章にはしておかなかったので、メモを見ながら早口で話した。録音は許されていないので、以下、記憶とメモに基いて書く。

=====================

 

上告人の西尾幹二です。三点に分けて考える処を申し述べさせていただきます。

 日本国民の一人として、日本国の公立の図書館から、理由説明もなく一括して廃棄された本のうちに、自著が含まれたことに、私は屈辱と怒りを覚えました。私の過去の全著作活動が公的機関から、理由もなく「差別」されたという感覚、私の人権が一方的に侵されたという強い認識をもったことをまず第一に告知しておかなくてはなりません。

 第二点以下は私個人の感情ではなく、そこから離れた公的問題に絞ってお話ししたいと思います。

 廃棄の対象となった私の本の9冊のうち7冊は、歴史にも政治にもほとんど関係がありません。私が「新しい歴史教科書をつくる会」に関わるより前の文芸書や人生論のたぐいで、私が会の代表であったというそれだけの理由によって、昔の本に遡って無差別な廃棄の対象となったのであります。

 これはある集団に属していればそれだけで罪になる、という断罪の仕方であって、ユダヤ人であれば罪になるというナチスの論理、地主や資本家であれば罪になるという共産主義の理論を思わせるものがあります。「つくる会」に属していれば、それだけで、属するより前の書物までも罪になる、というこんな全体主義的な発想が許されてよいのでしょうか。

 なにかに属している者はそれだけで罪になる、という「集団の罪」Kollektivschuldの概念に立脚して、1930年代に二つのの全体主義、ナチズムとスターリニズムは無実の人々を処刑しました。尤も、この「集団の罪」の概念は被害者である場合と加害者である場合とでは意味が逆になり、必ずしも一筋縄ではいきません。ドイツ人は戦後、悪いのはヒットラー「個人」であり、ドイツ民族という「集団」には罪はない、という詭弁を弄しつづけてきたのは周知の通りです。

 ですが、本件のような被害者の立場からいえば、「集団の罪」を被せられるのは恐ろしいことで、私の本は私がなにかに属しているかいないかで判断されるべきではありません。

 当件にナチスまで持ち出しては大袈裟に思われるかもしれませんが、決してそうではありません。体制の犯罪、自由の扼殺(やくさつ)は小さな芽から始まるのです。

 図書館員の特定の思想をもったグループが団結して、しめし合わせて、歴史を消し去るということもあながちあり得ないことではないと思わせたのが本件であります。

 さて、そこで焚書とは何か、歴史の抹殺とは何か、という三点目のテーマに移ります。

2005年06月03日

宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(十四)

以下の3点において日録をリニューアルします。

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 宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(十四)

西尾:今のような内閣のやり方だと、靖国と教科書だけが悪ものになって、総理が靖国に行かない、教科書は採択させない、なんていうのがカードになって、その分だけ教育委員がびびっちゃって、採択をしない教育委員は大人だという気分になりかねない。いままでの日本の国内の空気では、教科書はどうも中国や韓国が悪いんだから、日本人は自分達の道をまっすぐ行けばいいんだと思っていた。だけど、そこは風圧が烈しくなれ、教育委員たちも、事後責任を感じるような、心理においこまれてですね、マイナスイメージになるんじゃないかと、私はそこをしきりに心配しています。

B:小泉氏があそこでまた村山談話をいいましたね、やはり影響をちょっと心配しているんです。私は村山と、河野談話を早く廃棄してもらわなければ困ると思っているのです。なかなか、やりにくくなりましたよね。むしろ村山談話に沿っているのは他の教科書ですから。

宮崎:あの人はおかしいですね。頭が。

C:どの人?

宮崎:小泉さん。

B:ないんだからしょうがないんですからね。

A:彼のやり方は、全部そうなんだけれど、憲法は私の在任中はやりませんということでやっていてね、なんでこそこそやるのか。どうして国民に語りかけて、ふつうの国になるんだからと言ったらいいんですよ。そうしたらもっと・・・・、口を開くたんびに謝罪、哀悼。

D:宮崎さんのメールマガジンに読者の方が、バンドンの会議で謝罪の話をしたのは、何も中韓に対してではなくて、欧米諸国の、元植民地国家の前で一般論を言ったことは非常にいいという論説をのせておられる方がいたと記憶していますが。村山元総理があの談話を言ったのは、社会党だからということで許せていたんですが、政府も外務省も含めて保守の小泉総理がまたあれを繰返して踏襲したというのは困ったことで、つまり一切政府の人間は、もうこれ以上言えなくなってしまっているということになると思うんですね。以前は、せめてもの言い訳は政府が言ったといっても、あれは社会党だったわけで。


B:あの件は閣議決定をしているのです。閣議決定というのはのちのちの内閣までね、ずっと縛り付けるんですよ。だから今役人は何も言えないわけなんですよ、あれに関することはね。ただ、ですが、強いて村山談話をひっぱりだす必要はないんですよ。町村さんにしても向うに行って村山談話と変らない・・・・

西尾:先に言いましたね。町村さんが。

宮崎:あの論理はね、高坂正堯みたいな人がいるんで、なんでも是認するわけですよ。いい方に、外務省の見解をみんなプラスに変えていくでしょ。高坂正堯が甦ったかと。

 年内のことよりも、もうちょっとスパンを広げて金融危機の問題はさっき申し上げました。今度はエネルギーの問題ですが、中国が今毎日240万バーレル石油を輸入しているんですけれども、おそらく10年くらいで一日500万バーレル輸入になるでしょう。それで、早め早めというのはいいんですけれども、国内的には新疆ウイグルから上海まで、4200キロのパイプラインを引きましたね。そのパイプラインを次にカザフスタンにまで伸ばしているんですが、これが1900キロ、それから、ロシアのシベリアの途中から分捕る。とうとう中国の方が先に工事をしますから、・・・

西尾:日本はそれにお金を払うんですか?

宮崎:いえ、先にするのなら日本はそこまでお金を払わない。それからサハリンのガスも一本は中国向けです。それから、イランにですね、イランには総額2000億ドルの投資をしているんですよ、中国は。それからブラジル、インドネシア、あらゆる所に投資をするんですけれど、これは日本の大東亜戦争の資源を求める戦線の拡大と同様に、ものすごく危険じゃないかと思うのです。一つは、金銭的にもうアホができなくなるんですよ。2000億だの1000億だののプロジェクトを、ぼんぼんぼんぼんやっているわけだから。そのエネルギー投資の破綻がおそらく、三年から五年くらいで出てくるだろうと思うのです。

 もう一つは国内的に、今発電所をものすごく作っているんです。今でも発電は石炭が72パーセントです。五年以内に原子力発電を30基くらい作ると。今もさかんに作っています。水力発電もそこらじゅうにダムを作っています。ダムなんですが、今22000箇所ダムがあるんですが、実際に2000くらいは機能していないんです。水力発電が壊れているんです。山峡ダムも今2mくらい亀裂が入っています・・・・(笑い)

 山峡ダムは軍が反対したんですよ。あれ破裂したら100万くらい流域が水没します。原子力にいたっては、日本製をまだ入れていませんので、ロシア製でしょ。これはチェルノブイリの二の舞があるんじゃないでしょうか。あれぐらいの原子力のレベルでは。ですから大変なことになるんですよ。そういう意味でね、次の問題は水もさりながら、このエネルギーに対する無謀な投資がどこかで破綻をきたすような気がします。

西尾:ちょっとお伺いしますが、日本の10倍の人口があるから、そんなにエネルギーを確保する必要があるのですか。日本は中東から順調に安定した輸入があるから、賄われているんですか。日本のエネルギーの何倍くらい、中国は必要としているのですか。

宮崎:石油消費でいえば、中国は世界第二位です。日本を越しましたから。

西尾:同じくらいなんでしょ。

宮崎:人口比から言えば、よくこんなものですんでいるなという気がするんです。

西尾:でもとんとん、同じぐらいなんでしょ。なんでそんなに・・・・

宮崎:今申し上げますが、今までは国内にあったんですよ。大慶油田があったし、勝利油田があった。大慶油田が今枯渇しています。それから勝利油田も今生産を拡大できない。ですから東シナ海も日本と衝突おこしてまでしてむちゃくちゃ開発をする。ベトナム、フィリピン、マレーシアともそうで、石油からガス重視に移管しているんですよ。ガスの契約が多いですよね。石炭はだからといって、急に壊せないんですよ。廃坑、安全基準を満たしていない炭坑を次々に廃坑を命じているんですけれど、その廃坑を温州の資本が入って、また営業をやって、ひそかに石炭を取っている。

 それからこれは我々の常識では考えられないのですが、エネルギーを盗むやつがいるんです。しかもこれがまた凄い盗み方なんです。例えば石炭を、20輌の貨物列車が通りますよね、その列車ごと全部盗んじゃうんです。その規模の強盗事件がそうとう起きています。それからガスも盗むんです。途中からパイプラインを引いて。

(笑)
C:盗んでどうするんですか?

宮崎:闇で売るんです。

西尾:でもどこかにいったん貯蔵しなくちゃならんでしょ。

宮崎:それはタンクローリーを盗むんですから。何台も盗みますから。それから漏電、漏水の問題があります。水道管が悪いんですよね。40パーセント漏水だっていうんですよ。その無駄遣いがあるでしょ、電力もおそらく30パーセントくらい無駄になっているんです。それプラス電力を盗む奴がいますからね。このエネルギーをもうちょっと日本なみに締めるとですね、漏水、漏電をなくして、省エネを図ればいいんです。石炭の電力発電のところは、公害装置を取り付ける。日本はこれで成功したから、消費がこれですんでいる。中国は目先の消費と、バクチ性があるから、儲かると思ったらそっちへ入り込んでくる。収拾がとれなくなっているんでしょう。

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2005年06月02日

宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(十三)

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そこで、我こそと思わん方の参加をお待ちします。

応募要綱
2)については特にジャンルを定めませんので800字程度のブログエントリとしてのコラムをnishio@hz.sub.jpまでメールにて送付してください。

※採否の発表は当日録において行ないます。個別のお問い合わせには応じられませんので、悪しからずご了承下さい。
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・住所、氏名等の情報が明記されていない場合

西尾先生による選考の上、このエントリ上で該当者を発表し各々1回ずつ日録上に文章が掲載されます。
その後の評判により、2)については専用カテゴリーを設け、定期的な継続をお願いする予定です。

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これは全く新しい試みです
実名、プロフィール公開を原則とした会員制サイトを設け、より深く掘り下げた論考を展開したいと思います。
ここでは、西尾先生以外に西村幸祐氏、遠藤浩一氏他何人かのプロの書き手の方にも参加いただく予定です。
何度かの議論を行なった後、西尾先生を含む可能な限り全員での飲み会を予定しています。
やはり、直接会って気心の知れたほうが議論に身が入り実りあるものになるだろうとの考えからこうなりました。
とは言え、人となりがわかりませんので当初は推薦制とさせていただきます。
メンバーの推薦により広げていくつもりです。
ソーシャルネットワーキングのようなものとお考え下さい。
まずはパスワード制の専用掲示板を設けます。
先述の2)のライターさんはもちろん当初より参加していただきます。

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つまり、西尾幹ニの公式サイトの扱いではなくなるということです。

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宮崎正弘氏を囲む――中国反日暴動の裏側(十三)

西尾:それでは話は最初に戻りますが、2プラス2の理由でもってデモをやった。中国政府はコントロールしたデモをやったつもりが、そうはいかず、ちょっと不安になった。であるならば、コントロールできてよかったなという山口さんの、最初の発言は、私はおかしいと思う。コントロールできなくて、中国政府が慌てれば慌てるほど、それみたことかと、日本の立場からはいえる。

 日本を恫喝する為にやったのですから、それでまた、日本が謝罪をするなんていうのは、バカな話で、謝罪をしたことで静めたというなら、大損をしたのは、日本だけになります。やっぱりそれはおかしい。私たちとしては、中国が冷や汗をかくどころか、泥汗をかいてほしいわけですよ。そういう状態になって初めて、少し彼らも反省をするわけで、下手な手は使えないぞとなる。そうでなければ、また日本をいじめるデモをやって、又日本がどんな反応をするかを見てやれという話になってくる。

L:よくわからないのは3月の全人代の時にね、対日三原則を出しましたよね、あの時は一応少し靖国なんかを後に置いていこうという方針だったと思うのですよね。それが2プラス2が出た後に、そういう方針を確認したらしいんですよね、全人代の協議会かなにかで。そのあとひっくり返って、今度はまた靖国がケシカランというような話を持ってくるということになると、真ん中にはいった3月の、文藝春秋なんかはそれを取り上げてやっていましたが、胡錦濤政権が靖国を諦めたとか、放棄したとかいうタイトルでなんとかという人が書いていましたよね、そうすると胡錦濤政権は、しょっちゅう変るということですね。なぜ変るんでしょう。

西尾:盧武鉉みたいだね。

L:それは内部での突き上げがあって、変ったんじゃないかなぁと、確証はないけれど、そういう感じを私は持っています。

西尾:靖国を一回我慢しようという姿勢を見せた。ところがまた元に戻ったというわけですね。

L:どこかから、そんなのはけしからんという声があがった。ネットから起ったというんだけれど、ネットだけではそういうのは起るわけはないので。

宮崎:今先生がおっしゃったのは、慶応大学の国分○○が言っているわけですがね、要するに靖国問題を一時的に引っ込めるというのを、3月の温家宝の全人代最終日の記者会見で対日三原則を出している。そのさなかに、胡錦濤を中心に特別な討論会が開かれたという、この二つの情報なんです。

 全人代というのは、2000人からの会で、その最中にそういう重要な基本路線を策定するかどうかは、疑問だと思います。それから外交に関して言えば、胡錦濤さんは外交はあまり慣れていなくて、誰がブレインかというのが問題だと思いますが、前は(せんきしん)がいましたけれど、彼が引退しので、今はどうやら唐家セン、この人は例の日本に靖国神社に行くなと厳命しましたと、えらそうなことを言ったあの人ですが、どうも影の宮崎:そう、あれは非常にうまくいったと言っていましたね。

西尾:今年短期的に見て、このデモが5月、6月、7月どうなるのか、それから経済やその他の要因とからめて、中国大陸の行方はどうなるのか、そのあたりで宮崎さん、もう少しご示唆いただければと思います。

宮崎:年内の可能性は小泉さんが靖国に行くかどうかで変わる。行かれればもうちょっと大規模な反日デモがあると思いますね。それこそ今度は火炎瓶あたりが飛んで、けが人ももう少し出るというようなことにもなりかねない。

西尾:やっぱりそうですか。官製デモだったんだから、私はそうならないと思う。

宮崎:いえ、それはやりますよ。今まで言ってきたことで、靖国に行かないということが勝利だと言ってきているのだから、靖国に行ったら向こうのメンツがつぶれますから。ただ、それがまずい時には、小泉さんが靖国に行ったということをいっさい報道しないでしょうね、今度は。そうするとデモは避けられますから。

B:中国が報道しない?それはやるでしょうね。

宮崎:そういうことは平気でやりますから。

B:でも、日本や世界のテレビに出れば・・・

宮崎:出てもアクセスがないんですから。携帯電話でわかりますけれど、人民日報が言わない限りは国民は動きませんから。

B:教科書採択はどうですか?やはり6月以降、7月、はっきりしてくると・・・・韓国はやろうと・・・・

宮崎:採択というよりは、検定が通ったことがけしからんということでここまでやったんですから、採択の問題はそんなに大きな問題にはもうならないんじゃないかな。むしろ韓国でしょう。

B:韓国はね、来るっていいますからね。

2005年06月01日

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2005,0601,17:55 遠藤浩一氏の名前とリンク追加訂正
文責:WebMaster(福井)

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