1月12日朝日新聞の告発記事で始まった4年前のNHKの慰安婦問題を扱った番組修正事件については、私はまだ何も発言していない。しかし考えている処は、多分「日録」の読者の方々と同じであろう。
何といっても問題なのは昭和天皇を「強姦と性奴隷制」の責任で有罪と認定した番組の内容の余りのひどさである。番組の内容はどうでもよい、政治家の介入の有無だけが問題だ、という田原総一郎氏らのテレビの問いの立て方はおかしい。
番組の内容が余りにひどいから、NHKの幹部もあわてて修正させたものに相違ない。政治家の介入があってもなくても、NHKの幹部であれば、あんな極左の政治糾弾、「裁判ごっこ」に名を借りた歴史告発をそのまゝ放送させるわけにはいかなかったのは余りに自明である。
問題の第一は、永年NHKにこの手の極左が巣くっていて、番組作成を自由に任されていたことである。その責任はどうするか。彼らに反省の色はなく、今なお居直っている。
問題の第二は、NHK内部の極左と朝日新聞社が密接にリンクしていたことである。番組内容の偏向のひどさについて、朝日新聞社側に認識も自覚もないことに驚かされる。その追及をどうするか。
問題の第三は、朝日新聞社が社是として番組内容に共鳴していたからこそ疑問を抱かず、政治家の介入という形式で批判ができると思い込んだのであろう。朝日の世間知らず、情勢判断の甘さに、むしろ私はびっくりしている。
以上がさし当りの感想である。
「新しい歴史教科書をつくる会」の第二回目の採択を前に、反対勢力の慌てぶり、行き詰まり、そしてその揚句、追いこまれた彼らの狂気の形相が感じられる。
この夏の決戦で彼らは中国と韓国が余り頼りにならないのではないかと疑いだしているので、必死に新手を考えたものと思われる。欧米人がコミットしている4年前の事件とその裁判をここで表に出して、朝日、毎日、共同、及びその同調テレビの力でごり押しをしようとしていると思われるので、十分に警戒する必要がある。
1月18日産経新聞コラム「正論」に掲げられた私の文章は、10日に執筆されている。まだ上記事件を予知していない。しかし問題は底流においてつながっている。そう思って読んでいただきたい。
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戦後史乗り越える新しい扉を開け
――心配は歴史認識での政府のブレ――
《《《心強い自民の運動方針案》》》
1月6日、自民党は本年の運動方針案を発表した。拉致の早期解決、憲法改正、郵政改革のほかに、教育の重要性、靖国神社参拝の必要性をあらためて強く訴えた点に特徴がある。
本年こそ教育基本法の改正を実現するとしたほかに、「教科書の検定・採択は、客観的かつ校正、適切な教育的配慮がなされるよう努める。偏った歴史観やジェンダーフリーなどに偏重した教科書については、その内容の適正化を求める」とあえてはっきり打ち出した。教科書についてここまで明言した運動方針案の提出は、近年の自民党に例のないことで、背筋をすっと伸ばした、正しいさわやかな印象を与える。
戦後60年を迎えた今年は、再び中学の歴史と公民の教科書の採択が行われる新しい節目の年でもある。三年に及ぶ拉致問題で、日本人はようやく国家の重要性に気が付いた。中国原潜の侵犯で国防の不備と外務省の対中尻込みおべっか外交の間違いを悟った。中国のサッカー反日暴動と日韓条約の無効まで叫ぶ例のむちゃくちゃな韓国の親日派糾弾法は、それぞれの国内事情に原因があり、意図的に歴史を曲げた両国の反日教育の積み重ねに由来することも分かってきた。
われわれとしては、中国と韓国の教科書がいかにでたらめかの証拠を示す必要がある。ついにアメリカまでが、中国の歴史教科書の歪曲(わいきょく)と捏造(ねつぞう)を問題にし始めた。(『ニューヨーク・タイムズ』2004年12月6日付)。
《《《中国の監視認めた外務省》》》
こういう情勢下に、自民党の今年の運動方針案が教科書問題で責任を果たそうという意思を示したことはまことに頼もしい。とはいえ、自民党と政府の意向は必ずしも同じではない。外務省と文部科学省の態度も不明瞭である。日本は今いよいよ戦後史を乗り越える新しい扉を開こうとして、どうしても思い切って、ぱっと開けないためらいの場面が無数にある。
例えば、懸案の李登輝氏の訪日は実現したが、京都大学は失礼にも門前払いし、新華社の記者と称する男がぴったりと張り付いた、いわば中国秘密警察の監視付きの旅だった。日本の外務省が許しているのである。待望の新幹線に初乗りしたといっても、名古屋より東へは決して近づかせない。李登輝氏の兄上は靖国に祀られている日本の英霊である。氏の靖国参拝は個人としての権利である。次回にはぜひ実現を望む。
新しい歴史教科書をつくる会は、中学の検定教科書のすべてに従軍慰安婦が掲載された不当で異常な事態への国民的怒りの声に押されるようにして創られた。油断もスキもならないのは外務省だけではない。とうの昔に解決済みの話を政府が素知らぬふりで取り上げ、終った話を蒸し返す事件が年末にあった。
《《《理解できぬ細田氏の対応》》》
細田官房長官は、韓国とフィリピンの元慰安婦と称する二人に衆議院議員会館で正式に面会し、「これは父親世代の罪。心から反省し、おわびする」と謝罪した。それに先だって「教科書から慰安婦の言葉が減ってよかった」と中山文科相が語ったとされる一件があり、官房長官はこれについて問われると、「政府の考え方とは違い、理解できない発言だ。政府の政策に変更はない」と話したという(『朝日新聞』12月4日)。
心ある人は、変だなー細田さん、ちょっとおかしいんじゃないの、と思ったであろう。「娼妓」は存在したが、従軍慰安婦は存在しない。国家関与の強制行為、強制連行がなかったことは石原元官房長官の証言によって立証された。河野元官房長官でさえ、自分の謝罪談話が証拠に裏付けられていなかったこと、あいまいな憶測であったことを認めている。教科書から従軍慰安婦の記述が減ったことを改善と見る中山文科相は正しい。これを否定した細田官房長官は事実に反するウソに加担している。
事情を調べてみたら、11月4日の参議院内閣委員会で民主党の岡崎トミ子議員にうまく引っ掛けられて、元慰安婦と称する婦人たちに会わされ、謝罪を述べさせられたものらしい。情けない話である。さらに調べると、岡崎議員には、公用車でソウルの街に出掛けて韓国の反日デモに参加し、日本大使館に拳を振り上げて抗議した空前の事件があり、同じ民主党議員15人から批判書を突きつけられたいわく付き、札付きの議員である。
官房長官の謝罪は国家行為になる。よほど用心してもらわなくては困る。文科相の正論を抑えるなどはもってのほかである。 (にしお かんじ)
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18日朝、藤岡信勝氏から次のファクスが届いた。
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西尾先生
「正論」ご執筆ありがとうございました。細田官房長官に対し、糾弾調でなく、苦言を呈したのがよかったと思います。自民党の運動方針を前にもってきたのもポジティブで、今年のつくる会の闘争宣言となりました。ありがとうございました。
1/18 藤岡拝
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「今年のつくる会の闘争宣言」と仰言ってくださったので、日録のこの項もそう題することにした。
Posted by Nishio at 2005年01月19日 12:13 | コメント (3) | トラックバック (0) | Clip!!






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