空白の歴史のうちに足踏みしていると、退行するというか、途方もない方向へ逸れてしまうというか、思いもかけない不安が露呈するのは憲法の場合にも当て嵌まる。
自民党案といい、民主党案といい、財界の案といい、最近出ている憲法改正案には、在日外国人の人権を認める条項とか、環境権とか、男女参画社会の基本権とか、妙なものが次々と並んで、今のままの憲法のほうがまだましだという思いすらしてくる。
私は3年ほど前、改正憲法からは「化け猫」が出てくるという論文を書いたが、不幸にも私の予言通りになってきた。
私は今、憲法改正反対論者である。たゞ一点、9条の2項を削除する改正案だけを国民投票にかけて、それ以外は当分凍結するにしくはない。今の国会議員には新憲法を作成する力はない。
そこで教科書のことを考える。「新しい歴史教科書」が普及し、それで育った世代が政治家の主流を占める時代になって初めて、憲法改正に取り組む資格が生じ、その時まで待つほうが安全だろう。今の政治家に任せていては危くて仕方がない。
長い歴史の「空白」に漂っているうちに、次第に退行し、自ら正しい道を発見する本能を失い、当初は考えてもいなかった思いもかけない方向へ曲ってしまうことが起こり得る。日本の未来は恐ろしい。
すでに確定した真実をも忘れた振りをして、前の嘘をよびもどして、平気な顔で嘘をくりかえすかと思うと、いつまでも昔のパターンにもどって、昔の習慣的思考にしがみつく――今の日本の光景である。
中国の問題、東アジア共同体という妄想も今年は正念場を迎える。男女共同参画の理念委員会が次の五ヵ年計画を7月までに作定するという。そんなものを許していいのであろうか。
平成17年(2005年)は本当に扉を開けて、国家意志を回復できるか、そうならずに一段と後退するか、雌雄を決する一年になりそうである。
Posted by Nishio at 2005年01月04日 19:54 | コメント (3) | トラックバック (0) | Clip!!






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