★ 新刊、『日本人は何に躓いていたのか』10月29日刊青春出版社330ページ ¥1600

日本人は何に躓いていたのか―勝つ国家に変わる7つの提言
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帯裏:六カ国協議で、一番焦点になっているのは、実は北朝鮮ではなくて日本だということを日本人は自覚しているのでしょうか。これから日本をどう泳がせ、どう扱うかということが、今のアメリカ、中国、ロシアの最大の関心事であります。北朝鮮はこれらの国々にとってどうでもいいことなのです。いかにして日本を封じ込めるかということで、中国、ロシア、韓国の利益は一致しているし、いかにして自国の利益を守るかというのがアメリカの関心事であって、核ミサイルの長距離化と輸出さえ押さえ込めば、アメリカにとって北朝鮮などはどうでもいいのです。いうなれば、日本にとってだけ北朝鮮が最大の重大事であり、緊急の事態なのです。
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書評:「史」ブックエンド(11月号)より
外交・防衛・歴史・教育・社会・政治・経済の七つの分野にわたって、歪んだ日本の現状を立体的に解き明かしている。それはまるで推理小説の最終章のごとく痛快明朗だ。そこから導き出された提言は「日本人が忘れていた自信」を回復するための指針。こたつを囲んで優しく諄々と聞かされているようで、この日本の現状をどう捉えたらよいのかがだんだんクリアーになってくる。筆力ある著者ならではの説得力に富む快著。この祖国日本が二度と躓かないためにも、政治家や官僚に読んでもらいたいという著者の意向だが、国民必読の書である。
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書評:アマゾンレビューより
西尾ワールドの全貌, 2004/11/07
レビュアー: recluse (プロフィールを見る) 千葉県 Japan
西尾氏の作品は20年以上にわたって読み続けて着ましたが、今回の作品では、彼は自分の思想の全体像を簡潔な形で、整理することを目的としています。外交、防衛、歴史、教育、社会、政治、経済の順で議論を展開することにより、徐々に現象面から、より深く日本の抱える問題の根本に接近しようとしています。この手法により、彼の考えの基層に接近することが可能となるよう、構成されています。すべての論点で、彼は明確に一貫して変わることのない自分の人間観と歴史観を呈示しています。簡単なことですけど、これは稀有なことです。いったい何人の日本人が、自分が20年前に書いたことを一点の恥じらいもなく振り返り再提示できるでしょうか。また、本質を捉えたアフォリズムと西尾節も満載です。特に熟読すべきなのは、第三章の歴史の部分です。続きを読む
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講演「正しい現代史の見方」 (六)
ま、その話をしだすときりがないから、よけておきますが、とにかく国民はそこで、A級戦犯もB級戦犯もない、戦犯は勝手に勝者が作った裁きなんだから、それにとらわれる必要はないんだと認定した。それには、理由がありましてね、わが国の戦争というのは、今私は天皇陛下との運命共同体と申しましたが、一握りの指導者が、民衆をたぶらかして戦争に走らせたと言う話ではないんですよ。共産党はそんなことを言いますが、共産党とその影響下にある人だけですよ、そんなことを言うのは。戦争に突入していった日本人は戦争の行く末がどうなるか誰にもわからなかった。やったことがまちがっていたか、正しかったか、悲しかったか、愚かだったか、賢かったか、それも誰にもわからなかった。
ここに私はそのことを証明する二人の作家のことばを皆さんの前で読み上げてみたいと思います。
この二人の作家は、戦時高揚を発奮する方々では全くありません。昭和16年12月8日、あの開戦の日ですね。もちろん戦意高揚を詠った詩人もおりました。高村光太郎、それにまた佐藤春夫、あの有名な詩人が国民を鼓舞する高潮した詩を新聞に掲げましたが、これからのべる二人の作家は、どう見てもそういうタイプではない。皆さんも知っている一人は武者小路実篤さん。
「十二月八日はたいした日だつた。僕の家は郊外にあつたので十一時ごろまで何にも知らなかつた。東京からお客がみえて初めて知つた。『たうたうやつたのか。』僕は思はずさう言つた。それからラジオを聞くことにした。すると、あの宣戰の大詔がラジオを通して聞かへてきた。僕は決心がきまつた。内から力が滿ち溢れてきた。『今なら喜んで死ねる』とふと思つた。それほど僕の内に意力が強く生まれたのだ。」
もうひとりは、昭和16年12月8日の開戦のラジオの報道を聞いた太宰治です。太宰治がどんな作家か。最後に女と情死したあの作家ですよ。
「しめきつた雨戸のすきまから眞つ暗な私の部屋に光がさし込むやうに、強くあざやかに聞こえた。二度朗々と繰り返した。それをぢつと聞いてゐるうちに、私の人間は變はつてしまつた。強い光線を受けて、體が透明になるやうな感じがした。あるひは精靈の息吹を受けて、冷たい花瓣をゐちまひ胸の中に宿したやうな氣持ちだ。日本も今朝から違ふ日本になつたのだ。」
この二人の戦争協力などとはおよそ縁のない作家の言葉は、国民の普通の受けとめ方であったということです。国民は英米との大戦を容易ならざることと受けとめたことは事実ですけれども、これをマイナスの記号で判断した人は誰一人もいなかったんですよ。そういいだす人が出てくるのは、戦後になってからです。当時一高教授であった竹山道雄氏は
「われわれが最も激しい不安を感じたのは戦争前でした。戦争になって、これで決まったと、ほっとした気持ちになった。そういう人も少なくありませんでした。」
これも今の二人の作家にどこか繋がってくる言葉だと思います。
Posted by Nishio at 2004年12月10日 13:14
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西尾幹二先生の「日本人は何に躓いていたのか」読了させていただきました。
また、講演「正しい現代史の見方」も胸がすく思いで読ませていただきました。
先ずは心から御礼申し上げます。この数年、私の戦中派の伯父や、その戦友達が
書いた自伝や従軍日記、回顧録を読む機会があり、戦後社会で野方図に生きて来た
私にとって、まさしく心の曇りを取り払ってくれるものでした。そして
それは大東亜戦争に青春を命を捧げ戦った余命幾ばくもない先輩の悲痛な叫びで
あり、我々に託された遺言であると思います。
心ある、西尾先生の信望者にも読んで頂きたく一部を紹介させていただきます。
「靖国神社を守ってください。」
私は自分の死ぬことには、特別何の未練もありませんが、ただ一点だけこの世に残るみなさんに是非お願いしたいことがあります。それは靖国神社の存続維持についてです。靖国神社には現在、明治維新前後の殉教者から今日まで二百四十万余柱が合祀されています。そのうち大東亜戦争戦没者は二百十三万七百余人。尊い命を国に捧げました。私達大正世代は国家に忠節を尽くすことが国民の安寧と繁栄に寄与出来ることを信じて喜んで危地に飛び込んだのであります。それがどうでしょう、敗戦と共に民心はガラリと急旋回、先人が営々と築いた世界に冠たる二千年の歴史はことごとく崩れ去ってしまいました。
日本人でありながら祖国を誹謗し貶める言論で世論を混乱させる学者、政治家、評論家、一部のマスコミ、さらには君が代、日の丸を否定し児童に教えない教員・・・・。我が国の歴史をことごとく侵略、悪逆と一方的に歴史を改竄し犠牲となった先人を犬死にと決めつけるなど、彼らは日本人の仮面をかぶった似非日本人ではありませんか。今さら世論を統一すべきだとは申しません。しかし少なくとも素直に先人に敬意を払うマトモな国家国民でありたいと思うのは欲張った思いでしょうか。靖国神社はA級戦犯が合祀されているから、参拝するな。合祀からはずすべきだ。代替え施設を作れ。総理大臣の参拝は違憲だ。政教分離に反する。戦争礼参につながる。など国民の一部にいろいろな意見があります。民主主義国家ですから何を云ってもかまいませんが政治的な意図もなく本心で思っているなら何と悲しいことでしょう。祭神の方々は生れ育ったお国の為、家族を守り将来の繁栄を願って犠牲になったのです。だいたい戦犯などという言葉を軽々しく使ってはなりません。占領軍が勝手に日本国民の民心撹乱の為につけた戦略的呼称です。それを日本人自身が使って恥じないとは情けない限りです。A級はもとよりBC級戦犯として、ろくな裁判も受けられず問答無用の報復処刑をされた無実の戦友及びその御家族の無念をを思うと口惜しさとともに涙を禁じ得ません。連合軍にとっては戦犯であっても、我が国にとっては国の為に亡くなった忠死者ではありませんか。外国の元首が一般的な儀礼として靖国神社の参拝を申し出ても断るとは、世界の非常識と笑われても恥ずかしくないのでしょうか。
私は先年自費出版した「消して書いて五十年」の巻頭に日の丸を掲げ「この旗と共に生きる、私は自分の生まれた国日本をこよなく愛する、我が国の歴史を築き護ってくれた先人達の努力・献身・犠牲に対し、心からの尊敬と感謝を捧げる。次の世代を背負う若者達が無責任と怠惰に濁った現状を憂え栄光と希望に満ちた国家への再建の途を力強く歩んで欲しいと祈る」と書き、次のページに白い鳩の遊ぶ靖国神社の写真を載せ「五十年後、この社を誰が守る」と訴えました。しかし、このまま推移すれば五十年後は靖国神社どころか日本国そのものの存在すら危ぶまれる状況となってまいりました。
戦後六十年、我が国はもはや敗戦国でも保護領国家でもありません。立派な独立国ではありませんか。国家の主権に属することについて他国から文句を付けられ、恐れたり気兼ねして右往左往する問題ではありません。重ねて申し上げます。靖国神社は国家のために命を捧げた方々が祀られているのです。祭主は国家です。国家が創設者の責任を持って守護管理するのは当然ではないでしょうか。このような施設は他国でも例外なく国民の尊敬を受けて丁重に保護されています。我が国も真の独立国家としての尊厳と主体性を確認するよい機会ではないでしょうか。総理大臣をはじめ腰抜けの政治家に任せておけません。今こそ国民一丸となって国家を守り靖国神社を守って欲しいと心からお願いする次第であります。<了>
Posted by: 銀一 at 2004年12月16日 12:47
12月25日、所用があって神戸へ日帰りで行って来た。
神戸の街も若い人達や観光客があふれてはいたが伯父や叔父達によると、昔の栄華は無くなり
中国、韓国、北朝鮮の人達が進出し占拠していることを嘆いていた。
伯父達との所用を済ませ新神戸駅に戻る。送ってくれた戦中派の83歳の伯父が車の中で
しきりに今の国情を嘆いていた。諸勢力に金玉を握られてしまい命懸けで国政を司る
政治家がいない、国家意識の欠如した官僚、保身に努める役人・・・
あの戦争で20歳から25歳の青年期を国の為に戦い戦後復興に心血を注いだ
彼にすれば、いまの国情に情けないと憂れう気持ちにやり場のない憤りを感じた。
思わず新幹線で読み直していた西尾幹二著作「日本人は何に躓(つまづ)いていたのか」を
突き出したら、頷いていた・・・・
高齢の伯父と別れる度にこれが最後か、といつも思いながら車で走り去る伯父貴の姿を
目に焼きつける・・・・途中の日本が誇る新幹線で眺める東海道沿線の風景に思いをよせた。
夕暮れで陽が沈む山々を背景にPANASONIC、東洋水産、資生堂、各種大メーカーの工場、
そして集積回路のように立ち並ぶ家並み、その空いた部分は綺麗に開墾された水田や畑。
・・・日本の人々の過去から営々と引き継がれ、築かれた日本の風景である・・・
以前スペインマドリッドからグラナダまで列車で旅した風景を思い出し、その荒涼とした
砂礫の国、時折現れる教会の尖塔を中心にした白壁の集落や広大なオリーブ畑、さして木も
生えていない山脈に感動したものだが日本の1.5倍の国土で人口3.900万人、
オリーブ油の輸出や観光が主な収入源と聞いたが、その風景に納得した。
スペインの1.5分の一の国土に1億2千万人の人口、この山紫水明の島国にあって世界有数の
経済力を持つことが出来たのも、この風景を眺めていたら納得した・・・が
・・・現状の国情は・・・以前、身延山久遠寺へ輪番給仕で行った際、書院の欄間に飾って
あった書に『天晴地明』とあった。随行の上人いわく「天が晴れれば地上は明るくなる。」と
ちょうど雨の降る日であったが帰路、雨があがり明るくなったので納得^^
人間社会も上が暗いと社会も暗い、政治家も官僚役人も明るく強い人間を輩出しなければ
と思いました。当たり前のことが当たり前で無くなった時、亡国となるのでしょう。
Posted by: 銀一 at 2004年12月28日 11:48
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